第26話 アレックスとの出会い(レオンside)


 最後の一人に向かって、男児が声を掛けた。


「おじさん達、神獣様のこと、何も知らないんだね。良い大人が神獣様をどうにかしようなんて、どうかしてる。この国が滅んでもいいの? それとも、そうするつもりで居たの?」


 可愛らしい声ではあるが、随分とはっきりとした口調で男児は言った。


「な、何を言っているのかな? おじさん達は、怪我した神獣様を手当てしてあげようとしていたんだよ? さぁ、君も危ないから、早く結界の中へ戻るんだ」


 諭す様に言うその声を、男児は感情の無い瞳で見つめている。


「……嘘つきだね、おじさん」


 そう一言いうと、男児は俺に近寄って来た。


 それを制する様に、最後の一人が手を伸ばしかけると、男児は右手をクルリと捻り、何かを呟いた。


 三人の大の大人が勝手に宙返りをし、腰を強く打ち付けて起き上がれないでいる姿は、何とも滑稽で、俺は動かない身体で笑いを堪えていた。


「大丈夫? 今、助けてあげるね」


 男児がそっと俺の後脚に触れて、魔力を流し込んできたのだ。


 それは今までに経験のない、柔らかで温かな水に浸かるような、そんな感覚だった。


「こんなもんかな……。あとは、首だね。もう少し待っててね」


 男児は俺の立髪をゆっくりと摩ると、何か呪文を唱えた。


 俺の中から、不快な物が抜けていく感覚がある。横目で男児を見つめていると、ふと目があった。


「大丈夫、もう少しだよ。……ほら、毒が全部抜けたよ。もう動けるでしょう?」


 その言葉に、俺は恐る恐る身体を動かしてみると、何の違和感も無く動くことができた。

 すると、倒れていた男共がよろよろと起き上がり、男児に襲い掛かろうとしたのだ。

 俺はすかさず起き上がり、男児を守る様に寄り添うと、低い声で威嚇する。


「こうなったら、子供もまとめて連れて行くか」

「見目もいいし、奴隷商にでも連れていけば高く売れるだろ」


 男達の会話に、男児が小さく息を漏らした。


「おじさん達、僕がランドルフ侯爵家の人間だと知っても、それを言える?」


 男児の言葉に、二人の男は「そんな子供騙し」と嘲笑ったが、一人の男が息を呑み込む。


「お、おい! このガキの言ってることは、本当のことかも知れないぜ。よく見ろ、青紫の瞳だ!」


 男児の瞳を見たのか、男達は最初こそひどく動揺していたが、リーダー格の男が「いっそガキを連れて行った方が金になるかも知れん」と言い出した。

 それを聞いた男児は、少し悲しげに「なら、僕も本気を出さなきゃね」と呟いた。


 すると、男児は俺の前に出て高速詠唱をした。さっきまで風一つなかったこの場所に、旋風が生まれた。その旋風は次第に大きくなりだし、男達を巻き込む。男児は自分と俺の周りに結界を張り、無表情のまま指先だけを動かして旋風をコントロールしている。


「おじさん達、もう二度、この森へは入って来ないでね?」


 旋風の中を高速で回り続ける男達に向かって言う。そして、右腕を大きく回すと同時に旋風は宙に浮き、その勢いのまま森の外へ飛んでいった。

 あっという間に、男達の姿が空の彼方へ見えなくなると、男児は俺に向き合った。その顔は、さっきまでの無表情とは異なる、どこか安心したような、穏やかな表情だ。


「さぁ、もうお行き。もうここへ来ては駄目だよ?」


 俺はじっと男児を見つめた。お礼が言いたかった。


 でも、あの時の俺は、念話の仕方を知らなかったんだ。


 いつまでも動こうとしない俺を見て、男児は「あぁ!」と、小さく声を上げ、木に咲く花を数本手折ると、それに魔力を込め始めた。青白く輝く光がキラキラして、俺はその魔力の色に見入っていたら、魔力込め終えたのか、それを俺に差し出した。


「元気が出る、おまじないをかけたから。食べたら、お帰り」


 俺は何故か警戒もせず、その青白く輝く花をペロリと舐めた。


 甘い。


 元々の花の蜜に更に甘さが増していて、瑞々しい。喉が渇いていたのだと気付くほど、その蜜は喉を潤した。

 俺は夢中で花を食べ、それが無くなると男児の手のひらをペロリと舐めた。


「ふふ。くすぐったいよ。さぁ、もうお行き」


 俺は一度だけ振り向いて、男児を見た。男児は、にっこりと微笑み手を振っていた。



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