四十二話 到着

 商店街の中央から少し右にズレた所では、数々の建築群に何か切られた跡が多く刻まれていた。

 それらの内の一つ、比較的切り傷が少ないその建物の壁により掛かるように誰かが座っている。

 力なく足を広げて地面に腰を付けた人物は、ウルフカットの獣腕だ。

 獣腕は腹のど真ん中や左肩に大きな穴を作っており、そこから血を垂れ流している。

 吐血も酷く、息も絶え絶えで、もう先が無さそうな状態だ。

 そんな彼を見下すように眺める男がいる。オーラが迸る男、不動だ。

 不動はまるで彼を嘲笑うかのように肩を震わせ、獣腕へとゆっくりと歩み寄る。

 満身創痍の状態の獣腕はそんな彼を鋭く睨みつけ、血混じりの唾を彼に向けて放った。

 唾は不動の足元へと落ち、小さな小さな血溜まりを形成する。

 不動はそれを踏みにじると、首を鳴らしながらじっくりと獣腕へ近づいていった。

 もう終わりだ、そう言わんばかりに不動が腕を振り上げようとした瞬間、轟音と共に横から銃弾が飛んできた。

 右の側頭部へと吸い込まれて行くそれを、不動は不透明なオーラで防ぎ、飛んできた方へと視線を向けた。


 ――――そこには、黒光りするアサルトライフルをしっかりと構え、ジリジリと歩み寄るデイヴィッドの姿があった。


 彼は十数メートルの距離から鉄の嵐を浴びせている。銃の引き金を引く彼は迫力ある表情を二人に見せた。


「暴れすぎだ! お陰で介入出来なかったじゃねえか!」


 緊張してるのか、デイヴィッドが思わず悪態までついてしまう中、不動は放たれた弾に対しオーラを展開し全て防いでしまう。

 だがそんなことはお構いなしにデイヴィッドは銃弾を撃ち続ける。それもしつこいくらい。


「まだ動けるだろ! コイツ殺れ!」


 そう叫びながら執拗に銃弾を放つ彼に対し、獣腕は素っ頓狂な面で「出来ねえ、出来ねえ」と首を横に振る。


「ヴぇ゙ァ゙ア‼」


 しかしデイヴィッドは言語化出来ない叫びと共に、あるものを取り出した。

 何の変哲もないリモコンだ。だが獣腕はそれを視界に収めた瞬間、血相変えて自身の貞操へと視線をおろした。


 そこには股に取り付けられた爆弾が、全く無傷のまま取り付けられていたのだ。


 一方不動は苛立ちながらも、座り込む獣腕を直ぐ様葬り去ろうとした。

 だがそうはさせない、させてたまるか。デイヴィッドは銃弾を撃ちつつも手榴弾を容赦なく投げつけた。

 ピンが抜かれたそれは展開されたオーラに当たり弾け飛んでいく。

 煙が舞い上がり、数秒後晴れていくが、そこには無傷のオーラを展開したままの不動がいた。

 この時点でデイヴィッドの攻撃は不動に全く通じないことが判明した。

 それでも尚彼はしつこく銃弾を放ち、残りの手榴弾を投げつけていく。

 それらも難なく防いでいくが、しつこい攻撃に不動のストレスは遂に頂点に達した。

 だからか、だからなのだろうか。

 彼はオーラを展開しながら獣腕からそっぽを向き、デイヴィッドを殺しに向かってしまったのだ。


 その判断は不味かった。


 デイヴィッドを攻撃しようと体を向けた不動へ、獣腕は死にものぐるいで立ち上がると、彼へと襲いかかった。


――――――


 ショーンは目を大きく見開いた。眼前ではリコが自身の腕で必死に瘴気を吸い込んでいる。

  息も荒く、意識も朦朧としているが、その目はジャックへとしっかり向かれていた。

 傍目から見たら暴力装置を止めた、傷だらけの英雄である。

 だが実際の彼はあの時ゴブリンの警官を殺し、脅しではあるが狙撃銃でショーン達を狙った、全身黒ずくめの男だ。

 確実に言えることは奴はケースを狙ってる奴等の手先の一人である。


 そんな奴が今まで、ずっと、彼の傍にいたのである。


「…………」


 ショーンは何も言えず、困惑やら驚愕等が混ざりに混ざりあったような表情になっていた。

 キーラも彼と同様の表情で肩を組んでるリコを見つめた。

 そりゃそうだ、彼女もまた黒ずくめの件を直接体験した者の一人だ。そんな表情になるのも当然である。


「……リコ」


 ようやく重たい口を開き、震える声で呼び掛けるショーンに対し、リコは何故か彼等と同じようなツラを見せた。


「一体全体どう言うことだ」


 その疑問はあの時のことだけでは無い。今までの共闘、朗らかな笑み、そしてコミュニケーション、全てに向けられた物だ。


「……」


 問い詰められたリコは視線をゆっくりと下げ、だんまりを決め込む。

 そんな彼にショーンは鈍重な歩みで近付くと、彼の胸倉を両手でむんずと掴み、強く揺らした。


「言え」

 

 端的に命じるショーンの顔には、深い哀しみと激しい怒りが顕になっていた。

 そんな彼の迫力に押されたのか、キーラは思わず肩を組むのを辞め、一步後退ってしまう。

 そのせいでリコの体は膝から崩れ落ちるが、胸倉を掴まれたせいか、崩れたままの姿勢でショーンと向き合ってしまった。


「……俺ハ」


 彼の剣幕で、リコは遂に口を開いた。だがそれは彼よりもずっと、ずっと重そうだった。


「お前と同ジ……」


 そう言ってリコが話を紡ごうとした瞬間、向こうから何か空を切る音が聞こえた。

 最初は小さかったものの、その音はあっという間に大きくなっていく。

 だが瓦礫や半壊した建物、そして砂煙のせいで二人ショーンとキーラは音の主の全容がつかめずにいた。

 流石のショーンも突然耳に飛び込んできた音に驚き、何だ何だと辺りを見回す。

 そんな中、遂に音の主が上空から堂々と、それも縫うように現れた。


 真っ直ぐに伸びたオタマジャクシのような胴体


 その上で砂煙を吹き飛ばす程に回る二枚羽。


 ――――UH-1イロコイに酷似したそのヘリコプターは、彼等の上で留まり始めた。


 煙のや小さな瓦礫が風圧で吹き飛び、地に伏したジャックの短髪がなびく中、ショーンは真上を見上げたまま面食らった表情をした。

 キーラも彼同様に上を見上げ突然現れた浮遊物に困惑の色を見せる。

 そんな彼等だが更に困惑することが起きてしまう。

 ショーン達の真上を飛ぶヘリコプターの上を、同機種達が通過していったのだ。


――――――


 ショーン達の上で止まったものを除く、合計六機のUH-1がニューコランバスの上を勢い良く飛んでいく。

 彼等は横一列に隊列を組んでいたが、商店街の真ん中辺りへ差し掛かった瞬間、蜘蛛の子を散らすが如く、各地へ展開していった。

 ある一機は鉄男が哀れに腹ばいになっている所へ、またある一機はどこかへ逃げる警官達の前に飛んでいく。

 その内の一つが獣腕達の所へと現れる。不動は未だにデイヴィッド達とドッロドロの泥試合を展開していた。

 しつこいくらいライフルやらなんやら攻撃しながら、煽りに煽るデイヴィッド。

 金玉破裂への恐怖によって起こる火事場の馬鹿力で、数々の攻撃が底上げされた獣腕。

 そんな彼等に対し、不動は一進一退の攻防しか出来ない。

 獣腕に攻撃すればタガの外れた能力で、全てギリギリでいなされてしまう。

 ならばデイヴィッドに攻撃しようとすると、獣腕が決死の思いで止めてくる。

 改めて言うがこれは泥試合と言うしかない。


「――!!」


 そんな醜い争いで、現在の不動は獣腕に背中に組み付かれていた。

 必死に組み付く彼に対し不動は抵抗していく。オーラはデイヴィッドの弾丸を防ぐべく使っている為、徒手空拳しか頼りにならない。


「頑張れぇ! 頑張れぇ! 頑張……エ?」


 獣腕に対し励ましの怒号をぶつけるデイヴィッドだったが、ここでようやくヘリコプターの存在に気付き素っ頓狂な声をあげた。

 獣腕も不動もそれに気付き、音の主へと視線を上げる中、突如ヘリコプターのドアが開き中から一人の男が現れた。

 比較的ラフな格好をしたサングラスの男だ。だが彼は両の手で何か物騒な物を構えていた。

 一見すると普通のライフルだが、よくよく見れば近未来的な外観をしており、銃口がらしき所には電極がついた投げ矢が二つ付いている。

 それで不動へと狙いを付け、引き金を引いた瞬間、布を叩く音と共に電極は彼の脇腹へと放たれた。

 不動は避けようとするも、獣腕のせいで動けず、なすすべなくそれを脇腹へ受けてしまった。

 電極の尾には、黄色い魔石がついており、他の弾丸とは一線をかくしている。

 不動はその弾丸を知っているのか、強引に取り外しに行こうとした。


 その瞬間魔石から金色こんじきの電撃が迸り、不動の体へと強く流れていった。


 不動は電撃で体を震わせ、ヘルメットから漏れ出る程に泡を拭きながら、ゆっくりと地に伏していった。

 獣腕は電撃が走る瞬間彼へと離れており、共に戦っていたデイヴィッドと共に困惑の表情を浮かべた。


――――――


 上を見上げるショーン達は怒涛の展開についていけず、少々呆けた表情をしていた。

 そんな彼等に対し、空中で静止したヘリコプターからドアが空き、四つの細いロープが垂れ落ちて来た。


「なン……え?」


 そのロープが希望なのか絶望なのか判別がつかず、ショーンは間抜けに口を開けたまま困惑の様子を見せる。

 だがリコは、リコだけは神妙な面持ちで下を向き続けロープに見向きもしなかった。

 そんな中、ヘリから四人の男が現れ、リペリング降下で彼等の元へと降り立った。

 ショーンは降り立った者達の正体が分からず、リコの胸倉を離すと直ぐ様ライフルを構えた。

 横でリコがへたり込んでいるが、そんなことはどうでもいい。

 今は彼等がどういう者達か判断しなければならないからだ。


 ……彼等はテロリストとは違いラフな服装ではあるものの、防弾チョッキを付けて武装している。

 それだけでは無い。テロリストとは違い男達の胸元には何かバッジが取り付けられていた。

 ショーンはその胸元を凝視していく。バッジは鷹をかたどっており、下には何か文字のような物が――――


「……!」


 それのバッジを見た瞬間、ショーンは先程とは打って変わって驚愕の表情を浮かべ、銃口が力無く垂れ下がっていった。


「ショーン・マイラーズだな」


 目を開けたままの彼に対し、男達の内の一人が名前を呼びながら近づいて来る。

 紅い短髪をスキンフェードにしたガタイのいい男だ。

 黒い半袖シャツや防弾チョッキからはおどろおどろしいタトゥーが見え隠れしている。


「イーグルだ、助けに来たぜ」


 男はそう言うと快活な笑みをショーンへ見せた。

 

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