二十七話 防衛戦 Ⅱ

 ーーーー合計にして6箇所程だろうか。蜂の巣を開けるが如く商店街の汎ゆる所に着弾した金属の物体は、業火と噴煙に満ち溢れた凶器と化し、商店街の全てを飲み込んで行く。


 汎ゆる所に立ち並んでいた屋台は、全員何の反応も示す暇も無く、その脆い木製の身体全てを一瞬で吹き飛ばされていき、


 石造りの二階建ての建築群は、頑強な作りにも関わらずものの見事に砕け散り、その姿の大半を彼方に飛ばして行く。


 時間にして10秒、汎ゆる建築が立ち並ぶ商店街は、たった一瞬で爆心地と化したのだ。


ーーーーーー


 ミハイルは呆気に取られた目でそれを見つめる。彼と商店街の間を挟む繁華街越しからでも、その爆炎は酷く目立っていた。

 爆炎は山を飲み込みそうな勢いで上へ上へとその背を伸ばす。そして自身の体をくねらせると、煙の手を天へと掲げた。無論、その手は大きく広がって霧散していく訳だが。


『ユニティアのミサイルは他国より威力があるなぁ、ハハ…さすが我が国の誇りだ!』


 遠くからでもそれが見えるのだろう。男はその声に含み笑いを含ませながらミハイルに語りかけた。 

 魔石からはそれに加えて拍手まで巻き起こっており余計にやかましいが、それを言及する権限は彼には無い。


「軍曹」


 そんな中部下の一人が彼へ声を掛ける。彼もまた霊峰の如き爆炎を見つめ只々呆けていたが、流れるように空気を切り替えミハイルの方へ向いていた。


「攻撃を再開してもよろしいですね」


 彼はゆっくりと霧散しつつある爆炎から視線を外し、はつらつとした声の方へ振り向いた。ミハイルの表情からは事態をやや飲み込んだように見える。

 しかし、まだ信じられないと言わんばかりの感情が、彼の目から読み取れた。


「構わん、突撃しろ」

「ハッ」


 その命令にはどこか芯のような物が感じられない。だが男はその命令に直立不動を少し崩した姿勢から素早く踵を返し、集団の方へ戻る。

 途端に停まっていた軍用車両が動き出し、金属の唸り声が重い地響きを上げるが如く上がり始めた。


『あと数日で辞めるからねぇ、最後位パーッとね、パーッと』


 余りの惨状にも関わらず、魔石から聞こえる声は明るい。まるで民衆の命、そして文化なんぞどうでもいいと言いそうな程に。


「…辞める?」

『辞表を置いてきたんだ。見つかーるまでーーには色々出ーーー来るーと踏んでる…さて』


 ミハイルが未だに芯の抜けた声で返すと、男はまるでそれが常識だと言わんばかりに返答する。

 だがその返答には少しノイズがかかり始め、加工された声が元に戻り始めていた。


「…」


 彼からの司令を待つミハイルの後方で、また空気を切り裂く様な音が聞こえる。だがその音は先程とは違い雨の如く連続して聞こえていた。

 振り向くと、そこには黒に近い緑色一色のヘリコプターが一台、それよりも遥かにデカくそして引き伸ばした様な輸送用のヘリコプターが三台が堂々と空を歩く姿が見えた。


「トミーさん、これは一体」


 ヘリコプター達は階段を一歩一歩しっかりと降りる様に地上へゆっくりと降り始める。


『謝罪と〜あとつまらない物だ、イーグルの工作本部長からのな』


 魔石の男、いや国際治安維持連盟イーグル工作本部長、トミー・ビッゲストサイズがそう返答すると、着地し終えた輸送ヘリから続々と特殊武装に身を包んだ兵士達が現れる。

 その黒光りする服装の上腕にはイーグルの紋章が刻まれていた。


ーーーーーー


 商店街が濃度の薄い砂煙に包まれる。どこもかしこも多少見える程度に覆われているが、その範囲は広い。

 その商店街の内の一つ、ジャックが寝かされているレストランは半壊しているものの、かろうじて原型を留めているように見える。だがあと一つの衝撃でものの見事に崩れ落ちそうだ。


「生きてるか!!」


 デイビッドの声が響く。彼は所々砂煙を被ってたり傷を負ったりしていたものの、幸い命に別状は無さそうだ。

 そんな彼の呼びかけに応え、各所から続々と無事であると声が上がる。

 ほとんどがデイビッドと同様の状態で爆破を何とか免れた様だーーーー" ほとんど "、が。


「デイビッドさん」


 彼等の中で最もハリの無い声が上がる、ショーンからだ。彼は他の奴と同様の状態なものの、暗い表情をしながら何かを見下ろしていた。

 デイビッドが何だと思い駆け寄る。砂煙で全貌は分からないが近づくに連れて "それ" はハッキリと見え始めた。


 それは浅黒い肌の男、ベティスが背中のありとあらゆる所に建物の破片が刺さり、息絶えてる姿だった。


 ……遂にショーンの近くへと駆け終わったデイビッドは、彼の哀れな姿を見て一瞬だけ息を詰めらせる。


「ジャックは?」


 気を紛らわせる為か、気が付けば話題を変え始めていた。その質問にショーンは少し暗めの表情で辺りを見回しながら答える。


「どっかに吹っ飛んだ」


 寝てる状態とは言え、言わば戦力が減った訳だ。デイビッドは二つ同時に襲って来た悲報によって、恐ろしく顔を顰めかける。

 だがここはもう既に半分戦場と化しており、悲観する暇が無い。そんな事を続けたら次に命を失うのは誰だろうか。


「……」


 デイビッドはそれに気付くと武器を取り前線へ赴きにいった。ショーンもそれに続き、足元にあったケースを取ると警官達の元へ向かう。

 レストランを出た先では既にキーラが警官達と状況を確認しあっている。

 第二班の二人も取り敢えず戦力として使われるのか、お互いの武器出して不安な表情になっていた。


「畜生〜逃げてぇなぁ」


 そんな中恐怖に顔を歪ませたホセが、ご自慢のマシンガンを前方に向けながら情けない声を上げる。

 手の震えのせいで銃身が凄い位にブレており、いの一番に死にそうな雰囲気を感じた。


「辞めとけ、逃げたら被害が増すし、あと金が貰えん」

「金?」


 少々まくし立てる様に言うショーンに対し、ホセが最後の言葉に引っ掛かりを持ってしまっている。

 まあこんな奴に教える筋合いなんぞ無い訳で、ショーンはホセを無視して状況を確認し始めた。


 ーーやはりレストラン同様、ほとんどの建物が半壊、または全壊にまで追い込まれている。

 それに加えて辺りを砂煙が包んでいる為、この地域一体は世紀末の荒廃した世界と化していた。


 皆が皆一瞬にして変わった世界に困惑し不安になりながらも、取り敢えず作戦で伝えられた通りに準備を取って臨戦態勢を取りに行こうとする。


「いくら貰えるんだよ、なあ」


 ホセも準備をし始めるが、ショーンが言った内容が気になる様でしつこい位に聞いてきた。


「たっぷりだ、この状況を切り抜けたら貰えるらしい」

「…マジか」


 ウンザリした表情で返答するショーンに対し、ホセは半信半疑ながらも少し表情が明るくなり始める。

 そんな中全員がガレキや建物だった物へ移動し終わる。ショーンも近くのガレキで屈むと、そこから少しだけ顔覗かせ始めた。

 目視だと敵勢力の姿が見えない。ショーンは昨夜貰った物の内の一つ、双眼鏡を使うと素早く目に当てた。


 煙のせいでハッキリとは判別出来ないが、テロリストと思われる男達が軍用車に乗ってやって来ている。

 彼等は汎ゆる所に素早く展開して、狙いのケースを探し始めた。


「アレを持ってきてくれ」


 デイビッドがそう言うと他の警官達がレストランからあるものを持ってくる。

 一昨日渡された重要なケースとは違う、偽物のケース合計7個程だ。彼等はそれを一層大きなバッグに入れる。本物を入れたのと同じ奴だ。

 付近では「急げ」だと言った静かな怒号が聞こえる中、手に取った一人を中心に数人の組が組まれ全6組が各方面に散らばって行く。残りの偽物はデイビッド達にしっかりと渡されていた。


「…………」


 彼らが散らばるのを見届けたショーンは本物のケースを固く握りしめると、リコやキーラと共に向こうへ駆け始める。

 そしてショーンはレストランの前に残ったデイビッドをリーダーとした大部隊へ視線を向けた。

 

「後は頼みます」


 切実な頼みだ。未だに不安である事を顔に張り付けながら言うショーンに対し、デイビッドは覚悟を持った表情でサムズアップして応えた。

 周りの男もやけくそのような覚悟が決まっているようで、その雰囲気が表情からも見て取れる。ショーンはそれを見て徐々に覚悟が決まり始めた。


「ショーンさん、行きましょウ」


 リコから声がかかる。彼もベティスが死んだのを知ってるのか少し空気が重い。だが「やるしかない」と言わんばかりの表情をしていた。

 キーラが妙に落ち着いているのが気になるが、ショーンはデイビッドから視線を外すと二人と共に一斉に走り始めた。

 直ぐ近く建築物の中へ入り、辛うじて体を成している階段で屋上へ上がると、そこから建築または建築と連立して建物を飛ぶように駆けて行く。

 暫くして銃声がなり始めた。ショーンは駆けながらも後方へ少しだけ視線を向ける。

 彼は理解していた。その音が始まりである事を。


 


 


 


 

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