二十六話 防衛戦 Ⅰ

 午前6時、朝日が顔を覗かせる今日このごろ。


 一人の女が吐瀉物を撒き散らしながら、その身を付していた。服装と化粧からしてもガラと知識が悪い事が分かる。

 そんな彼女は意識はおろか命までも失っており、体からは何か薬の様な異臭が漂う。おそらく薬の過剰摂取で死んだのだろう。

 その彼女の直ぐ側を一人の男が通り過ぎる。着慣れた軍服と装備に身を包んだ男だ。銃の使いこなしと言い、かなり熟練者だろう。

 彼は彼女の匂いがキツイのか空いた手で鼻の辺りを防ぎ、そのまま辺りを見回し始めた。


 そこには数多のチンピラ共の躯が、開けた大地全てにゴミ山の如く積み上がっていた。


 ここは北の住宅街の開けた大地。昨晩ジャックと犯罪者達が大立ち回りを繰り広げた、即席のクラブ場である。

 至る所で薬の匂いが立ち込める中、ゴミの山を塗って同じ様な装備の男達が歩いてきた。

 その遥か向こうからは軍用バキーや車が十数台程列をなして止まっている。彼等は道が薬中の死体の束で塞がっているせいで通ることが出来ない。

 男は深い溜め息を吐くと魔石を取り出し交信を始めた。


「こちら第一軍、少し手間取っている為遅れるかもしれん」

『大丈夫だ、第ニ、第三軍で落とせる、気長にやっててもいいぞ』

「……そりゃ無理な話だ、すまんが後で合流する」

『了解』


 彼は手早く簡潔に伝え終える。そして目の前で行われてたいた除去作業を手伝う為に、持っていた銃を脇に移した。

 直ぐ側で野垂れ死んでた女の胸倉を掴み、乱雑に引きずる。キツイ匂いと共にいい香水の匂いがする。顔も割と整っており、彼女の光無き瞳孔が男を捉えていた。

 だがそんなので彼の心は動かない。そのまま彼女は向こうの方へと投げ捨てられた。


「惨いな」


 男の後ろで声が響く。ミハイルの声だ。慌てて男が振り向くとそこには見慣れた軍曹の姿がそこにあった。

 ミハイルは彼等と同様の装備を身に着けている。一つだけ違う事と言えば、左拳に酷い痣がついてることくらいだ。


「他の部隊は順調か」

「順調です。かなり息巻いているようでした」


 ミハイルは「そうか」と一言だけで返すと視線を遥か向こうの繫華街の方へ向ける。そこへ向ける目には呆れと悟り、そして怒りが込められていた。


ーーーーーー


 デイビッド達は建物の入口にて、何かを待ち続けている。明朝六時にも関わらず、彼等の表情からは焦りを隠すことが出来ていない。

 そこへ1台のピックアップトラックが走ってくる。昨夜襲撃作戦で使っていた奴だ。それを目にした瞬間、デイビッドの肩がかなり軽くなった様に垂れ下がった。

 トラックが入口の前に勢い良く止まると、彼等は荷台の方へ一目散に向かう。


そこにはある程度の量の警察署の武器が詰め込まれていた。


 昨夜もオールバック達が持っていってたが。それでもある程度の量は残っているようだ。しかし、どれも拳銃とセミオートの小銃ばかりで心許ない。


「心許ねえなあ」

「仕方ねえよ、こんな片田舎じゃ予算が出ねえ」

「……でも国境警備の奴等は軍隊みてえだぜ?」


 やはり周囲で愚痴が漏れ始める。あの二人への拷問で得た情報だと、敵はアサルトライフルにバズーカとなんでもござれなのだ。

 これらの武器で抵抗するのはかなり困難であると考えられる。


「上手く立ち回ればいいでしょぉ」


 そこへ運転席のドアを開けて出て来たベティスが待ったをかける。彼は自身の役割を果たした結果がこんな言われようで、割と頭に来ているようだ。

 彼の額には青筋が立っているようだが、逆もそうだ。警官達はベティスの発言で彼以上に額に青筋を増やしてしまった。


「じゃあどうすんだよお前」

「ゲリラ戦ですよ、ゲリラ戦」


 一人の警官が食ってかかる。それに対しベティスも意気揚々と張り合ってくるが、そこへデイビッドが「落ち着け」と朗らかな声色で仲裁に入りに行く。

 後からショーンやキーラが日の出で蒼く染まった空を見ながら、入口からヌッと出てきて荷台へ向かった。

 黒光りする拳銃や小銃、その中に紛れて樺茶色に鈍く光る何かが紛れ込んでいた。


「お」


 驚いたショーンがそれを掴み引き上げる。それはおとといの酒場襲撃時にユミールが使っていた警棒だ。ショーンは少し目を見開きベティスの方へと振り向いた。

 彼は先程とは違いやや落ち着いた表情でショーンへサムズアップしていた。


「よし、みんな入口の方に集まってくれ! 大まかな内容を伝える!」


 デイビッドは荷台から武器を取り出しながら、真っ直ぐな意志のある声で他の警官を呼びかけた。


ーーーーーー


『おはようミハイル君、どうだい? 作戦の方は』


 場所は変わって北の住宅街、やっと道が出来始めた頃にミハイルの魔石から声が流れてきた。その主は昨日の男からである。

 未だに声が低い事から、まだヘリコプターで向かってるのだろう。


「順調です、第二軍、第三軍も万全の状態な為、直ぐに仕留められます」

『そうか…ミハイル君』


 突如男の雰囲気が魔石越しでも分かる程変わった。昨夜とは違い酷く、落ち着いた穏やかな声色で。


『あの時は酷く当たってしまい申し訳ない…』


 昨夜の事に内容についてなのだろう。ミハイルが突然の謝罪に少し戸惑う中、彼の向こうでバギーや軍用の車両が金属の唸りを上げて通っていく。


『色々忙しくて頭に来てたんだ、これからは気をつけるよ…所でだが』


 ミハイルが返す暇も無く、声の主は勝手に主導権を握ったまま話題を変える。恐らく今の謝罪も取り敢えずやった奴なのかもしれない。


『第二、第三軍に今何処にいるか連絡を取ってくれるか?』

「…? はい」


 流れる様に来た命令に戸惑いながらもミハイルは従い、近くの部下に交信を促す。

 彼も二人の会話を聞いてた様で、素早く魔石を取り出すと。男が言ってた内容を掻い摘んで他の部隊へ伝えた。


「双方、共に住宅街辺りにいるようです」

『ーーーーそれは良かった』


 遥か向こうから何か切り裂くような音が聞こえる。それに気付いたミハイルが見上げると、紺色の空を一筋の光が何本も何本も引き裂いている。

 光からなにか煙のような物が見え、近づくにつれてその音が金属の轟音へと変わっていく。


『待機命令を出してくれないか? 大丈夫だ、君達を巻き込まない』

 

 幾つもの光が徐々に屈折し、ニューコランバスのど真ん中へと突っ込んでいこうとする。

 光はより近くなり、先方に何か金属製の尖った物体が火を蒸しているのがハッキリと捉えれる……ミサイル弾だ。


「…! 全員待機だ!」


 ミハイルは血相を変えて向こうの魔石へ怒号を飛ばす。それと同時に光はニューコランバスの商店街へ吸い込まれていった。


ーーーーーー


「商店街を活かしゲリラ作戦をすれば、敵の戦力を徐々に削る事が出来る」


 商店街のレストラン内ではテーブルに街の地図を広げながら、デイビッドが今回の作戦の説明をしていた。

 その周りを警察官達やショーン達が、緊張の糸を隠せぬまま囲んで聞いているが、リコの姿がいない。

 彼等の他にもホセや第二班が混じって聞いている。ホセは縛られている二人を見て怯えている様で、逃げたくてたまらない様子だ。


「戦力差はどうしようも無いが、地の利は私達にある…やるぞ!」


 地の利はあるにせよ、どうも信用できないスピーチだ。ホセはもう自分が死ぬんじゃないかと思い、それに呼応してか同時に尿意が襲って来た。


「あの…トイレ行っていいですか?」


 手を上げて答えた彼に多数の視線が向く。怪しむような視線だ。暫くして周りから散発的な議論が静かに巻き起こった。


「トイレ今誰行ってる?」

「リコだな」

「え、行ってたの?」


 デイビッドはどうやら彼がいない事に気付かなかったようだ。彼が申し訳ない表情をする中、ベティスは一瞬顎に手を添える。


「我慢出来る?」

「…多分」


 ホセが空気を軽くしたせいか、周りの緊張の糸が解れる中、急に向こうのドアを開けてリコが駆けて来る。その表情はかなり慌てている様で、目も見開いていた。


「全員伏せテ!!!! 早ク!!!!」


 突然の事に皆が戸惑う中、何か空気を引き裂く様な甲高い音が聞こえた。皆が戸惑いながらも伏せる中、ベティスがその音の主を見ようと、ちょうど背後にあった入口へ行きドアを開けた。


 ーーーーそして彼は見た、多数のミサイルが我らの商店街を狙って落ちて来る所を。眩い煙の弧を描き、今まさに命を豪快に刈り取ろうとする所を。


 ベティスが血相変えて伏せようと、レストランの方へ飛び込んで行く。その一瞬後に入口の前にミサイルが着弾し。


 地獄の幕が開けた。


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る