十二話 意思疎通 Ⅰ
ショーンは彼等をさっきの酒場へ連れて行った。
相変わらず真昼間に酒を飲む不埒な輩がいたる所にいる。
警察官とショーン達全員にテーブルが割り当てられており、彼等に向かって警察官全員がジッと見つめていた。
一部シレっと酒を頼んでいる奴がいるが、まあ許してやろう。
「まず、何で警察署が閉まってるんだ」
開口一番に口を開いたのはショーンだ。彼の質問にデイビッドはイノシシの様な顔を顰める。
「……実は私達も分からないんだ」
「分からない?」
デイビッドは「あぁ」と言うと頼んでいた酒を、少し位飲んだ。
「俺達になんの報告も無く閉まっていた……署長に聞こうと思ったが全員消えたよ」
「ゴブリンの人が知ってそうだったが」
ショーンの発言にデイビッドは少し目を見開き、彼の方へ驚く様な表情を向けた。
「隊長が知ってたのか……! それでどうだったんだ」
「口封じに殺された」
彼は悲しそうな表情に変わると、「そうか」と一言だけ言って、酒をチョビチョビと飲んだ。
そして数秒後、彼は「よし」と気持ちを切り替えて、話の話題を変えた。
「
デイビッドの発言を皮切りに、警官達が少し誇らしげに腕を組み始める。それをショーンは値踏みする顔で見つめていた。
「君達は何を?」
「……特には」
「格闘技ヲ少々」
ショーンは口を開かず、未だに値踏みするように見ている。
そして「ホォ」と一言だけ呟くと、ようやく口を開いた。
「俺はケンポーだ」
「「「「????」」」」
彼の言葉に警察官の殆がポカンとすると、ショーンは「なんだ知らねぇのか」と一言置き、体を少し前のめりにした。
そして顔を差し出し、頬を指で指す。急な挑発に一同は戸惑っていた。
取り敢えず彼の近くにいたガタイのイイ男が、彼の面へ、岩程の拳を当てに行った。
空手で鍛えているからか、十分な威力と速さだ。しかも予備動作もない、強い拳である。
ショーンはそれに対し体全体を横に捌き、左の手首で止め、そして男の喉元へ手刀を入れた。
余り一瞬の出来事である。彼の体がイスごとズレたと思えば、次の瞬間肉を叩く音が聞こえていた。
威力は抑えてる物の、男は痛みと共に息が出来ず、困惑していた。
「正式名称ケンポー・カラテ、お前らが習ってる空手を起源とした、れっきとした武術だ」
ショーンの説明に、警察官達は軽く驚いていた。彼の手の動きを、目で捉える事が出来なかったからだ。
「……一応は安心出来るな」
彼等同様に面食らっていたデイビッドは、そう言ってキーラの方へ視線を向けた。
「転生者だな」
「エェ」
「何処の国だ」
元からの端正な顔立ちに加え、転生者という出自から、彼女は注目を集めていた。
キーラは連中からの好色な視線を浴び、さっきの雰囲気と違う態度に眉を潜めながら、口を開いた。
「アイルランド」
周りが沸き始める。
彼等はアイルランドがどういう国か、彼女がどういう前世を送ったか等、勝手に議論を始めた。
挙げ句の果てには「趣味は?」と直接ナンパしに行く者まで現れ、悪い意味で盛り上がりを見せていた。
その時、突き刺す様な視線をデイビッドは感じた。
それを身近に体感したデイビッドが、感じる方へ視線を向けると、ジャックが失望するようなな表情で彼等をジッと睨んでいた。
「どうした?」
デイビッドは彼へ、少し心配する様な表情をした。
ジャックは呆れた目で彼等を見ながら、いつの間にか頼んだ酒を飲み始めた。
「……お前らは宴会をする為にここに来たのか」
彼の発言と圧力に、彼等の勢いは鳴りを潜めた。デイビッドが彼を落ち着かせようと、席から立とうとした。
「仕方ねえだろ」
だが、違う男がゆっくりと立ち上がり始めた為、彼はその足を止めてしまった。
「広場でずっと睨まれ続けて疲れてたんだよ」
男は立ち上がり腕を広げ、同意を求め始めた。
人間の男だ、長身でしっかりと鍛え上げられている。浅黒いその風防は、男勝りな系統の顔立ちだ。
先程まで酒を飲んでたようで、頬が少し赤らんでいる。
男はスポーツ刈りの頭を擦りながら、申し訳なさそうな笑顔を見せる。
その表情の中には、小馬鹿にする様な感情も含まれていた。
「俺達は楽しい事をして、誤魔化さなきゃなんねえんだよ……なぁ?」
穏やかながら、挑発する様な声色も含めた彼の発言に、警察官達が徐々に同調し始める。
「何が言いたい」
「……水差すんじゃねえよ」
男はそう言って額に青筋を立て、ゆっくりと近付き始める。
ジャックも座ったままであるが、彼をジッと見つめて一歩も動かない。
一触触発の空気の中、一人の男がなだめる様に止めに入った。
「まあ落ち着いテ」
転生者だろうか、日本とはまた違う、東南アジアの顔立ちをした男だ。中肉中背ながらも、浅黒の男より体が鍛えられている。
彼はキーラ程ではないが、訛りのある話し方で男を止めに入った。
「勝手に盛り上がっタ俺達が悪いんデス、今はそんな事してル場合じゃ無イ」
男は止めに入った彼を睨み付けるが、渋々席に戻っていった。
空気は冷え切っている。周りで聞き耳を立てる客は、全員知らぬ存ぜぬで必死に無視しており、盛り上げる者が誰もいない。
「ほ、本題に戻ろうか」
重い空気の中デイビッドはそう言い、まっさらな紙とペンを取り出した。
「そちらの状況を教えて欲しい」
「分かった」
ショーンは彼が出したペンを取ると、あの時と同じ様に大きな丸を書き始めた。
――――――
夕日が差し込む繁華街はもうもぬけの殻である。例の騒動のせいで、住んでる人も店の人も全員逃げ、街は閑散と仕切っていた。
その街の真ん中辺りにあの警察署は点在する。
治安維持が崩壊した為、看板はもぎ取られ、卵や何やらが門に投げつけられた跡がある。
辺りは誰も居らず、虚しい空気が流れる中、二人の男が歩いて来た。
一人は深緑のソフトモヒカンの男、もう一人は黒のウルフカットの男。
双方の人相は悪いが顔は割と整ってはいる。ソフトモヒカンの男は、固く閉ざされた門を見上げた。
門は誰一人として通す気配が微塵も感じられない。にも関わらず、彼はふと笑みを浮かべ、虚空へ手を差し出した。
空間が歪み、霧が生まれる。霧は棒状へと徐々に形作られ、数秒には槍が握られていた。
それは見覚えのある風の形を象った刃先である。
彼等はジャック達を襲った第2班の男達である。
ソフトモヒカンの男……槍男は風の槍を持ち、独特の構えを取ると、固い門へその槍を振るった。
門は槍の一撃で呆気なく粉々に吹っ飛び、煙を撒き散らしていく。
槍男は高く舞い上がる煙を見て、静かに、そして残忍な笑みを浮かべる。
ウルフカットの男……獣腕も彼同様に笑みを浮かべる中、煙が晴れていった。
原型を留めずに吹っ飛んだ為、門の向こうにある建物には、ほぼ傷一つ付いていない。
警察署本体は少々堅牢な作りの3階建てである。勿論周りには人も居らず、心許ない入口の門が閉ざされてるだけだ。
槍男はその門もアッサリと破壊すると、中へ入って行った。
――――――
「噴水で聞いた話何だがな、東、西、北の住宅街が完全にチンピラ共のアジトと化していた」
紙にはサッカーボール位の大きい丸が書かれており、南を除いた東、西、北、の端っこに三角が書かれている。
デイビッドはその丸の、やはり南を除いた3つの方角の部分に、拳程の二重丸を書き込んだ。
「チンピラ共は奴等の存在に気付いてるらしく、バリケードまで作ってる」
そう言って彼は三角と二重丸の間に、極太の線を他よりも濃く書いた。
デイビッドは「フゥ」と一息付くと、ショーンの方へと視線を上げた。
「襲撃者は今何人だ」
彼の質問に、ショーンは北の住宅街辺りに、✕印を二つ書き込む。彼等はその✕印を、まじまじと見つめていた。
「もう一人いるが多分能力者だ、捕まえるのは難しい」
どうやら彼は、あの時ドロップキックを喰らわせた二人と、ゴブリンの警察官を殺した襲撃者の事を差してるようだ。
割と空気は落ち着いており、浅黒の男もイヤイヤながらも真剣に聞いていた。
「だがこの二人は普通の人間だった」
「じゃあ大人数で襲えば……」
「あぁ」
ショーンはデイビッドに対して、ゆっくりと頷いた。彼は笑みを溢し、もう一度その紙を吟味し始めた。
ショーンは安心している様だが、そこで誰かに肩を叩かれた。
何だと思い後ろを振り向くと、そこには心配する様な表情のキーラがいた。
「アノバイク乗リハ?」
「……?」
「ホラ、獣ノ腕」
彼は「あいつらか」と言い唸り始めると。悩ましい顔で彼女へと向いた。
「…………多分塵一つ残さず死んだんじゃないか?」
――――――
残念ながら二人は生きている。彼等は夕日だけが頼りの、薄暗い警察署の中を歩いていた。
事務室も食堂にも明かりは付いてないが、何処からか声が聞こえる。
歩いていくに連れてその声は、大きくなって行き「出してくれ」だとか「腹が減った」とかがハッキリと聞こえてきた。
夕日の明かりで照らされる廊下を進み、声のする部屋の扉を開ける。
そこは地下へ続くような階段が真ん中にポッカリと空いてるような部屋だ。
穴から怨嗟の声が何度も響き渡り、それを聞いた彼等は見合う様に笑みを浮かべた。
――――――
「住宅街には放火魔、空き巣、チンピラがそこら中にいる」
デイビッドは仲間の警察官に、今回の計画を達成出来る様檄を飛ばしていた。
彼はペンを北の住宅街辺りに勢い良く刺す。威勢のいい音が鳴り響いた。
彼等以外の客は、彼の檄にビビり、そそくさと会計を済ませ逃げ帰ろうとしていた。
「だが所詮、奴らは警察が機能してなけりゃ動かない臆病者だ!」
彼の口調はドンドン勢いづき、それに触発されたのか、警察官達は聞き入っていた。
「警察がいるにも関わらず、犯罪を起こすイカれた奴等は全員ムショの牢屋に叩き込んだ! だが油断するなよ……!」
彼は紙に刺したペンをグリグリと回し始めた。
――――――
二人が地下へと降りていく度に、夕日の明かりが届かなくなって行く。
それに比例して地下からの声が大きくなり。怨嗟の肌に刺す感覚も強くなって行った。
さすがに暗すぎたか、獣腕が虚空へ手の平を差し出すと、そこから光の玉が浮かび上がって来た。
「……! 誰か来たぞおおおお!」
「「「「ウオオオオオオオ!!!!」」」」
玉が辺りを照らすと、その光に気付いたのか、男達が歓声を上げ始めた。
彼等は黄色い声援を一心に受け、狭い階段を降りていく。
数歩程だろうか、辺りが少し開け、暗い廊下が奥まで続き始めた。
ドアの部分は鉄の牢に変わり、それに男達がしがみついて、彼等を歓迎していた。
そう、ここはニューコランバスで捕まった犯罪者達を、一時的にぶち込む牢屋である。
「速く出せぇ!」
「女をヤラせろぉ!」
「ウヒャ~ハハハ、ウヒヒヒヒヒヒ」
彼等は多種多様ではあるが、どれもカタギとは思えない発言をしていた。
槍男は彼等を見定める様に見つめる。どれもクズの顔をしてるが、警察を撒くためか、やたら鍛え込まれている。
彼等を見た槍男はゆっくりと上を指差し、光の玉が後ろから彼を照らした。
それはさながら救世主が来たように見えてしまい、男達は牢屋から笑顔で涙を流した。
二人はそれを見て、更に残忍な笑みを浮かべた。
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