第2話 人が何かを作る時
三月上旬。とある高校にて、一人の青年がテストを受けていた。
クラスメイトが真剣に勢いよくシャーペンを走らせる中、青年は早々とテストを切り上げ頬杖を突いた。
「………」
カリカリ… カリカリカリ…
芯が紙を走る音はやたらと大きく聞こえた。
だが青年は6割ほどの問題を解いたきり、見直すこともしなかった。
冷めた瞳で窓の外の空を眺めても、どこか空虚な感覚は消えてはくれなかった。
だが高校卒業間近にクラスメイトが抱いているような将来への不安も感じていなかった。
それと同じ様に、希望も存在しなかった。
「………」
ただ、『何のために生まれてきたんだろう』と、それだけをぼんやりと考えていた。
俺には親が居ない。
8才の頃に二人とも亡くなった。
理由? …なんてことはない、事故だ。
テレビで見たことがあるだろう?、『親子三人が乗る車に後ろから大型トラックが…』『8才の息子だけが奇跡的にも生還し…』ってやつだ。
不思議なことに、そういったドキュメンタリーでは息子のその後は大して取り上げられない。
まあそうだろうなと思う。
だって、『両親の死から立ち直ろうと必死になるが更なる不幸が…』だの、『その死をきっかけに立派な人間になるべく、立派な職に就くべく奮闘し…』なんてエピソード、常人の枠を超えているんだから。
こんな子供は身寄りがあれば引き取られ、身寄りがなければ施設に入り、そして淡々と、一人きり傷を癒し、どうにかやっていくものだ。
そんなのトピックにしても面白味もなけりゃ視聴者の気分を害するだけ。
そんなの、世界はお呼びではない。
世界が求めているのは刺激的な感動や悲劇だ。
…少なくとも俺はこれに該当しない。
(…… …時間なが。)
両親を事故で亡くした俺は母方の叔父夫妻に引き取られた。母より五歳下の弟だ。
父方は親戚が居なかったのでそうなったらしい。
叔父さんはエンジニアで、しょっちゅう出張に出るし毎日の帰りも遅い。
酒も煙草も嗜まず、ひたすら真面目の一言だ。
だが真面目すぎて面白味が無い人間なのかというと、それは違うらしい。
彼は真面目ながらもなかなか辛口なユーモアを持ち合わせているようで、叔母さんがよく笑いながら話し聞かせてくれた。
この夫婦には、本当に感謝している。
俺が夫婦の家に入ったのは、彼らに子供が産まれる前だったんだから。
彼らは自分達の子供より先に、俺を育てなきゃならなくなったんだ。
それなのにいじめられもしなかったし、勿論飢えた事もない。
部屋をくれて、満足のいく美味しい食事をくれて、小遣いまでくれて。
高校まで行かせてくれて、あまつ大学に行けとまで言ってくれた。
そんな人達に感謝の一つも出来なかったとしたなら、人間性が終わってると思う。
「はい終わり!、テスト用紙後ろから回せー?」
「あ~時間足んなかった…!」
「俺はギリセーフだけど…ヤバいかも。」
「ああ終わったあ!!
なあ帰りファミレスいかね?」
「いくー。」
(やっと終わった。…帰ろ。)
…でも俺は大学には進まないと決めた。
行きたい大学はおろか、好きな学科も無し。
将来の夢も特に無いのに、わざわざ大金はたいてもらう気にはなれなかったんだ。
叔母さんは何度も俺を説得してきた。
何度も何度も『お金のこと気にしてるの?』
『いつまで他人のつもりなの!』
『貴方はうちの立派な長男なんだからね!?』と。
俺を引き取った二年後には第一子が誕生し、更に年子で第二子が産まれたというのに、叔母さんはずっと俺を長男と言い続けてくれた。
ありがたいよ。本当に。
下の弟達も俺を本当の兄として慕ってくれている。
…というより、ある程度の歳になるまで俺が本当は従兄弟だと知りもせず育った。
それ程、叔母さんは俺を本当の子供のように、隔てなく愛してくれたんだ。
…だが、叔父さんは違う。
あの人は俺の前では笑顔を見せない。
だから先に言ったようなユーモアを発揮する姿を、俺は見たことが無い。
弟たちも気付いているだろう。俺にだけ態度の違う父親に。
「……」 カタン…
だが別に…、俺は気にしていない。
俺を嫌いだろうが煙たがっていようが、叔父さんは俺に金を使ってくれた。
自分が必死に働いて稼いだ金を俺に使う事を容認してくれた。…それだけで充分だろう。
文句を言われた事など一度もないし、例えば過剰な体罰だとか…?、そんなのも受けた事は無い。
ただ、お互いに話すことが無いだけ。
『叔父と甥っ子』。…その関係が崩れなかっただけだ。
それでも間の繋ぎに見ていたテレビで分からないことがあり質問したりすると、それはしっかりと答えてくれた。
そして時折だが、教えてくれた。
例えばこんな会話だ。
ニュースを見ていた俺はふとこう溢した。
『またSNS関連の事件か。
だからSNSなんてやる気にならないんだよね。
直で顔を合わせて話す度胸も無い奴がSNSだと声高らかに馬鹿みたいな主張してさ。
クラスメイトでも居るよ。ネットではそれはそれは流暢に喋る癖に対面じゃ口ごもって何も話せないんだ。』
…と俺が皮肉を込め口にしたんだ。
俺はこの主張の通り、一切そちらには手を出していない。
ゲームはするが、ネット対戦など人と絡むゲームはやらないし、むしろ人と話す事に恐怖さえ覚える。
だって対面では『大変だね』『誰にも言わないよ』なんて言っておいて、五分後には『知り合いがこんなこと言ってた』『マジ不幸』…だのと言い出すんだから。
人の良心や偽善がもろに浮き彫りになる現代ツールに、俺は嫌悪感を抱いていたんだ。
だが叔父さんは思春期爆走のこんなひねくれた思考に、実に真摯に応えてくれた。
『SNSでもなんでも、初めから悪用を目的に開発されたのではない。
人が何かを作るとき、それは必ず良心の元に生まれ来る。例えそうは見えなくとも。
だがそれらをどう扱うかは個人に委ねられる。
そして悪は、人となりを外れた声は、善良な声より大きく騒がしい。だから耳に煩く、耳障りなんだ。
だがそこにばかり気を取られ善良な声など存在しないと思い込むのは早計だ。
何故なら善良な人間は大きな声を出さない。
優しい笑顔で人を見守るタイプ…と言えば分かるか?
それは向かい合わねば気付くことが出来ないだろう?
だから、遠くから聞こえる煩い耳障りな声に耳を塞ぐよりも、しっかりと辺りを見回してみることが肝心なんだ。
そこには必ず、笑顔がある。』
ガヤガヤガヤガヤ…!
カツン… カツン… カツン… カツン…
帰ろう。あと少ししか帰れない家に。
誰かに遊ぼうと声を掛けられるより先に帰ってしまおう。
いつもいつも断って申し訳ないし。
けれど誰かと親しくなる気は無いんだから無理に誘いを受けることは出来ないし。
…コミュニケーション能力はある方だ。
だがわざわざ乱発したりはしない。
あと一ヶ月もしない内にこの学校ともお別れだし、皆すぐに俺のことなんか忘れる。
きっと俺だって皆のことを忘れる。…それでいい。
高校を卒業したら、俺は家を出る。
金ならバイトしてこつこつ貯めた。
今働いてるとこでも正社員に勧誘されてるし、何も問題は無いだろう。
…職場での人間関係?、至って良好だ。
学校では無口な俺だがバイト先では元気印で通ってる。
…どっちが本当の自分? 決まってるだろ?、両方さ。
「……綺麗な桜。」
…家を出たら、俺はやっと安堵出来る気がするんだ。
長年我慢させ続けてしまった叔父さんを解放出来たなら…、少しは自分を誇りに思えるような気がするんだ。
彼は本当に出来た人だから。
…俺とは違って。
◯ 冷めてますね~。それにちょっと無気力に感じますね~
さて、今回と次回は青年の心の背景となります。
少々鬱傾向な青年なので笑い少なめですが、これもファンタジナにとって大切な要因なのでどうかお付き合い下さいませっ!
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