冬の戦い

ウクライナ 二年目の冬

「退避!」


 分隊長の言葉が届く前、砲弾の飛翔音を聞いてウクライナ軍の兵士達は塹壕の中に隠れる。

 待避壕に入れる者は待避壕へ無理な者は塹壕のそこに這いつくばる。

 これが一番、生存しやすい生き方である事を、身体で、戦友達の命で学んだ。

 結果は、彼等の行動が自身の命を救った。

 砲弾が塹壕の周囲に着弾する。


「被害報告!」


 激しい轟音が止んだ後、分隊長が叫ぶと全員分の返事が来た。

 一斉射を受けて、損害ゼロ。

 素晴らしい事だ。

 生き残るという最重要任務を完遂した。

 二年に及ぶウクライナ戦争は、一般人だった彼等を歴戦の兵士に変えた。

 だが、彼等に課せられた義務はまだ終わっていない。


「警告! 駆動音が聞こえます! 車両多数接近」


「ロシアの連中、今日はやけに勤勉だな! 総員配置へ!」


 号令をかけた時には、全員が配置に就いていた。

 待機して、準備していると、前から兵士の集団が現れる。

 だが、誰もうと撃とうとはしない。

 機関銃でも有効射程内に入らなければ無駄玉を撃つだけだ。

 補給が厳しい、何時終わるか分からない敵の攻撃を受ける時は、無駄撃ちしない。

 これが彼等が戦争で得た教訓であり、生き残れた理由だ。

 徐々に向かってくる歩兵の姿が見える。


「酷え姿だ」


 一応軍服は着ているが、小銃を抱え、ジャケットを着ただけ。

 ヘルメットも不揃いで、被っていない兵士もいる。

 損害が多いロシア軍が各地から集めた寄せ集めの兵士、捨て駒だ。

 ロシア軍の損害の殆どを彼等の戦死が占めている。

 人命を無駄にする行為だが、ロシア軍上層部にとって彼等の命など無いに等しいし、碌な戦闘技能がないため、捨てても惜しくない。

 それでも投入されるのには理由がある。

 そして、ウクライナ兵にとっても弱いが銃を持っているだけに無視できないし数が多すぎる。

 応戦しなければならない。

 その前にひどい目に遭って貰うが。


「ぐはっ」


 先頭の敵兵が突如爆発した。

 ウクライナ兵が予め仕掛けておいた地雷だ。

 こうやって減らすと共に、前に進んだ瞬間に足下が爆発する恐怖をロシア兵に与える。

 実際、爆発が起きた瞬間ロシア軍の前進が止まった。

 しかし、後ろから銃声が聞こえると、再び前進を始める。


「ジューコフ戦術かよ」


 ウクライナ兵は、吐き捨てるように言う。

 使い捨ての歩兵に地雷原を歩かせて処理するのはロシアの伝統戦術だ。

 第二次大戦で多用したジューコフの名前が有名だが、その前からやっていた。

 嫌なものだが、正面対決すると脅威だ。

 損害に構わず自分たちを飲み込もうと大勢の兵士が、自分たちを殺す存在、死が向かってくるのは恐怖だ。

 やがて、距離の指標にしている砲弾痕を彼等が越え――機関銃の射程内に入ってきた。


「撃てっ」


 隊長の号令と共に兵士達は銃を一斉に放つ。

 巧みに構築された陣地は迫るロシア兵に十字砲火を浴びせ使い捨ての兵士達は次々と倒れていく。

 一連射が終わり弾丸を使い切ると、ロシア兵の半数以上が雪で覆われた大地に倒れ血を流していた。

 だが、ウクライナ兵も勝利に浸る余韻はない。


「退避! 陣地変換!」


 大声で隊長が言う前に兵士達は飛び出した。

 続いて飛翔音が聞こえてきて、ウクライナ兵士がいた陣地に降り注ぐ。

 使い捨ての兵士でも応戦しなければならない。

 撃ってきた陣地を見つけ出し、砲撃で吹き飛ばすのがロシア軍の戦術だった。

 偵察用のドローンが少ないのか、こうした残酷な戦術をロシア軍は多用していた。


「応戦だ!」


 陣地転換すると元いた陣地に入ってきたロシア軍に攻撃を加える。

 元より陣地の位置は掌握済み。

 狙いも予め決めており、たちまちの内にロシア軍は大損害を受ける。


「退かないな」


 だがロシア軍は、撤退しない。

 これだけの被害を受けたら、いつもなら下がる。


「隊長! ロシア軍の陣地から新たな増援です!」


「攻撃に出てきたか。兵士の数が少ないのに無理をしやがる」


 開戦以来三〇万人の死傷者を出しているロシア軍の動きはこのところ低調だ。

 塹壕を含む防衛線を構築したのも、攻勢に出られないのが原因だ。


「プーチンは余程ウクライナが欲しいらしい」


 しかし守ってばかりでは攻め取れない。

 ウクライナを確保する為に戦争を始めたプーチンは、機会を見計らって攻撃に出るように指示している。

 目の前のロシア軍は哀れにも攻撃を命じられたらしい。

 攻撃を受けることになった自分たちも哀れなので同情する。

 だが、容赦はしない。


「一撃浴びせたら攻撃だ!」


 一度反撃して怯ませると、次の陣地へ後退する。

 しかし、今度のロシア軍は反応が良く、すかさず砲撃を浴びせてくる。


「畜生! 腕が良い!」


 二年の間に自分たちも腕を上げたが、ロシア軍も腕を上げている。

 後退中の部隊に砲撃を浴びせてきた。


「全員無事か!」


「ユーリとレーシが負傷して動けません! 生きているようですが」


「収容できるか!」


「無理です! ロシア軍が迫っています!」


「畜生!」


 ロシアに比べ人口が三分の一しかいないウクライナは、一人の兵士の重みがロシアとは違う。

 たった二人でも貴重な戦力だし、助けたい。

 しかし、ロシア軍の攻撃を前に部隊全員を危険に、全滅させては意味がない。


「助ける手段はないか」


『私達が助けるわ』


 隊長の声に応えたのは無線から響いてきた少女の声だった。

 周囲を見渡すと、雪煙、キャタピラが巻き上げる煙が数条自分たちに向かってきた。


『こちら義勇軍独立機甲部隊プラウダ! 救援に来たわ』


 はつらつとした少女の声に戸惑ったが戦車が来たことに安堵する。

 しかし、次の瞬間、驚愕した。 

 やってくるのはT34。

 大祖国戦争、第二次大戦の骨董品だった。

 70年前の遺物で21世紀の戦場を駆け抜ける事など出来ない。

 戦車不足で旧世代のT62やT55も投入しているがT34は更に古い。

 このまま進めば全滅してしまう。

 隊長は危惧したが、杞憂だった。

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