売り込み宣伝企画

「何を考えているんですか課長!」


 会議が終わった後、ミスキーはモーリェに抗議した。


「レオポルト2を破壊出来るような新兵器など我が社には、ありません」


「ウチに開発中の対戦車ミサイルがあるでしょ。それを使おう」


「確かにありますが……生産出来ません」


 戦争が始まり、軍からの膨大な注文は入っているが、納入数は少ない。

 経済制裁により資源も部品も手に入らず、生産出来ないからだ。

 既存の製品でさえそうなのだから、開発中の新兵器の量産など不可能だ。

 少数生産ではコストが掛かる上、ロシア政府の財政が悪化していることもあって支払いがあるかわからない。

 いや政府は代金を支払ってくれるだろうが、そのうちルーブルは紙くず並みの値段になるだろう。

 海外輸出など経済制裁がより厳しくなることが予測されており無理だ。

 どう考えても開発費さえ取り戻せない。


「それ以上にどうして僕たちが危険な前線に出なければならないんですか」


 本来二人はロシア国外への脱出を、徴兵逃れと前線送り阻止を目的に動いている。

 今のところ開発に加わっているのでモスクワにいられる。だが、戦況が悪化すれば、武器の整備兵や会社のサービスエンジニアとして前線へ送られかねない。

 その場合、最前線の後方二十キロほどの整備部隊に配属され守備や突撃に参加することはないだろう。

 だが、現代兵器は精密兵器の固まりであり、技術を持つ専門家でなければ整備出来ない。

 その専門家がロシア軍では不足しており、兵器を失う原因になっている。

 ウクライナ軍もその事を知っており、ロシア軍の整備部隊を狙ってハイマースや奇襲用の特殊部隊を送り込んで熟練整備兵や専門家を殺しにかかっている。

 そんな前線へ赴くのは、とても危険すぎる。

 だが、モーリェ課長はヘラヘラした笑みを浮かべながら答える。


「国外脱出なんて簡単だよ。監視なんて簡単に撒くことができるしね」


 モーリェはこれまでロシア国防企業の技術者としてロシアが行った紛争に参加したこともある。

 シリアなどで巡航ミサイルを撃ったり、地上兵器を整備したりと後方支援が主だが、テロ組織が跋扈する紛争地帯のため、鉄火場も経験している。

 そしてバールコーポレーションの汚れ仕事を引き受ける部署で課長を務めている。

 血を見るのが嫌いで、自分で手を下した事は少ないが、多くの人間を葬っている。

 当然、敵やライバルから付け狙われたこともあるし、外国の諜報機関は勿論、国内の防諜組織から監視されていたこともある。

 故に監視をまく方法を心得ているし、国外へ逃げる事も簡単にできる。


「じゃあどうして?」


「国外脱出に成功したとしよう。その後はどうするんだい?」


 モーリェに問いかけられたミスキーは言葉に詰まった。確かにロシア脱出後のことまで考えていない。


「これまでの経験を生かし、どっか西側の企業に雇われて……」


「コロナで欧米も不景気になってるんだよ。今時いい就職先なんてそうそうないよ。しかも西側には世界中の優秀な人間が揃ってる」


 実際アメリカの大学などには世界中から若者が集まり世界に売れる製品、ITの製品を売っている。

 そこから溢れた人材がアメリカの軍需企業に流れていた。


「ウクライナ戦争で軍事に需要が高まっているとはいえ僕たち程度じゃ門前払いだ。そして西側は弱肉強食の世界で貧乏人への支援策が豊富なわけではない。職があるだけロシアの方がまだマシってことになりかねない。それだと本末転倒だ」


「じゃあどうするんですか」


「簡単なことだ。西側の方から、頭を下げてくるくらいの成果を戦場で上げるんだよ」


「まさか……」


「そう、新たに投入されるレオポルト2を派手に撃破して僕たちの技術を宣伝するんだ」


「新兵器を作り上げて成果を上げるということですか」


「そういうことだよ」


「でも西側は乗ってくるでしょうか?」


「レオポルト2は冷戦時代の古くなりつつある戦車だ。けれど、西側最強の一角でありNATO軍の主要装備だ。これを撃破されたとなれば必ず世界は注目する。当然作り出した僕たちにもね」


「それで戦況がひっくり返せませんかね」


「無理だよ。君の言うとおり経済封制裁されてるんだからさ」


 モーリェはアッサリと断言した。


「前線に送れるものが部品不足で作り出せないんだから。戦争は数だよ。前線に必要な物を数を揃えられる方が勝つよ。この戦争は、物を前線に送れないロシアが負けるだろうね。劣勢な状態だと戦果を挙げにくい。だから西側に僕たちの腕が高く売れるように、この戦争で、今技術を示すしかないんだ」


「売り込み宣伝ですか」


「そうだよ。一種のパフォーマンスだ。ド派手にやろう」


「上手くいきますかね」


「大丈夫だよ。今回は軍のために、全体的に劣勢な中で比較的勝てる戦場で戦えるんだ。無能な連中の指揮下で犬死にする事はない」


 明るく快活に子供のような屈託のなさでモーリェは言う。

 せっかくの新兵器だ。最初は実戦で成果を上げやすい場所を選んで投入し試す。

 徴兵され最前線に送られるよりマシだろう。


「僕たちが勝てる戦場で為に戦えるんだ。こんな素晴らしい事はない。それに」


 だが、次の瞬間には、モーリェの笑みに昏い影が、禍々しい闇が入る。


「それに?」


 堪らず問い返したミスキーにモーリェ課は目を細めて答える。


「負けっぱなしというのも気分が良くないからね」


 鬱屈した感情を吐露するようにモーリェ課長はタンタンと言う。


「T72ほどではないけど僕たちの製品も前線維投入され、真価を発揮せず撃破されている。ここで一勝ぐらいしたいよ。せいぜい派手にレオポルト2を破壊して盛大でセンセーショナルでインパクトのあるショーにして憂さを晴らした後、凱旋パレードのように西側へ行こう」


「……ふっ。そうしましょう」


 ようやくミスキーは、心から笑い同意した。

 ロシアに未練はないが自分の作ったものが、役立たず、やられ役と見なされているのは、気分が良くない。

 華麗なシーンを世界に見せつけたいという思いはミスキーにもある。


「出来るだけ派手に行きましょう。西側とウクライナにはせいぜい、やられ役を、私たちの引き立て役になって貰いましょう」


 眼鏡をかけ直して、ミスキーはモーリェに尋ねる。


「それでどのあたりの前線です?」


「当然、レオポルト2が配備される場所さ。ウクライナ侵攻でしくじったとはいえ腐っても優秀な我がロシアの諜報機関が教えてくれるよ」

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