ヴァールコーポレーション モーリェ課長
フヌートリ・モーリェ
「やっぱり、本物と違うな」
モスクワの大通り一角でハンバーガーを食べて黒縁の眼鏡を掛けた中年、フヌートリ・モーリェは顔をしかめて不満を述べる
いつもヘラヘラと笑っているが、食べ慣れた味が無くなるという不幸を前にしては、笑っていられない。
「撤退して欲しくなかったんだけどな」
モーリェはアメリカのハンバーガーチェーンが好きだった。
だが昨今は外国資本が相次いで撤退。
贔屓のハンバーガーチェーンも撤退し今はロシア資本の店に変わった。
「仕方ありませんよ課長」
丸眼鏡の青年、モーリェの部下であるチェルヌイ・ミスキーは、敬意を払いつつ生真面目な口調で言う。
「経済制裁で出て行っちゃったんですから」
22年ウクライナ侵攻によって西側諸国によるロシアへの経済制裁が行われた。
そのためロシアの外国資本の会社が撤退していった。
ファーストフードも軒並み撤退し、代わりにロシア企業が開業している。
そのためモスクワの大通りの光景は一変し、見慣れたチェーン店はなくなくなり、代わりにロゴが微妙に似ているロシアの店舗が入っている。
チープな作りで、どうしても下位互換に見えてしまう。
店舗の商品も同じで、どうしても品質が落ちる。
ロシア国内で手に入る材料を使って経営させることで「ロシア化を進める」とプーチン大統領は言っているが、質が落ちては購買意欲も、満足感も低下する。
「グローバルな時代なのにな」
資本の独占は気に入らないが、世界中から必要なものを手に入れられるのは良い。
ロシアで手に入れられない良いものを海外から手にいれ、国民が豊かに幸せに暮らせれば良いはずだ。
だが、プーチンのおかげで酷い事になっている。
「友達も出国が相次いでいますよ」
ミスキーは溜息を吐きながら言った。
部分動員令が下り、徴兵される事を恐れた若年層が急速にロシアから離れている。
特に優秀な人間が、海外でも通用するスキルを持っているエリート層が多い。
「僕も逃げ出したいですよ」
丁度、徴兵対象年齢であるミスキーも人ごとではなく、課長の前であるが、冗談ぽく愚痴をこぼした。
本心では出国したい。
だが、ロシアの国防産業ヴァール・コーポレーションの社員では国家機密を扱うことも多く、監視が厳しいので国外脱出など無理だ。
だからこそ冗談ぽく言って本音をこぼす。
「出て行きたいかい?」
課長がいつものようにヘラヘラしながら、口の端を吊り上げてミスキーに話しかけてきた。
「……そりゃ行きたいですよ」
本音を漏らしたミスキーを見てモーリェは歯を見せて笑った。
その笑みを見たミスキーは嫌な予感がした。
モーリェ課長が、何時ものヘラヘラした笑みを、いや、悪巧みを考えている時の笑みを浮かべたからだ。
「じゃあ、この次の会議で一つぶちかましますか」
自信満々に嬉しそうにモーリェは言う。
「やれやれ」
溜息を吐きながらもミスキーは付いていく。
しかし彼の口元には笑みがこぼれていた。
課長は何時もヘラヘラしていて頼りないが、やるときはいかに派手に自分が楽しめるか、後先考えず、手段の為には目的を選ばない享楽主義者だ。
だが手段にこだわる故に、何が何でも実現しようとする。
少なくとも、国外脱出のためには何かしてくれるとミスキーは思えた。
だが、別の不安がミスキーの脳裏によぎった。
課長はやり過ぎるのだ。そしてもう一つ厄介な性癖を持っているのだ。
「なんとしても戦局を挽回しなければならない」
モーリェ達がチェーン店前を去ってから一時間も経たないうちに、ロシア国防省で国内の国防産業企業を集めて会議が行われた。
その席上で勲章を見せびらかすように付けたロシア国防軍の将軍が大声を張り上げ、演説のような司会進行を行う。
「間もなく 前線に投入されると思われるドイツのレオポルト2への対抗策を確立しなければならない。もしレオポルト2を撃破出来なければウクライナの反攻を許してしまう」
ロシア軍の喫緊の課題は、間もなく投入されるであろう戦車レオポルト2への対策だ。
レオポルト2は冷戦時代後期に開発されて配備されて四〇年以上経つドイツの古い戦車だ。
だが、拡張性の高さ、改良が容易なため冷戦後もバージョンアップを続けた結果、未だに西側最強戦車の一角を占めており、各国に輸出されている。
ロシアの攻撃を受けたウクライナは当初からこのレオポルド2を欲しがった。
だが当初レオポルト2の生産国であるドイツは平和国家として、第二次大戦の敗戦国という負い目があり、戦争中の国への輸出に及び腰だった。
またウクライナ戦争前、ロシアからガスの供給を受けていたことも大きく響いた。
戦争後もガスの供給を受けたいという思惑――環境保護政策と原子力放棄という政策的理由もありウクライナへのレオポルト2提供を拒んでいた。
だが、周辺国の説得により、ようやくウクライナへの輸出をドイツ政府は承認。
各国が手持ちのレオポルト2の内、予備にしていた分の輸出を開始した。
その一部が間もなくウクライナに入り、前線に配備される。
ロシア軍はレオポルト2に対抗しなければならない。
だが、緒戦の大損害で戦車が払底している。
しかも T 72ではレオポルト2に歯が立たないことが予想される。
T72はレオポルト2と同世代だが、これまでの戦例――湾岸戦争で同格のM1エイブラムスに撃破され、シリアの内戦ではトルコ軍のレオポルト2に撃破されていることから見ても性能的に劣っている。
その上、ソ連崩壊による軍事費の激減のためレオポルト2のように更新されていないし、拡張性もない。
新型のT90は数が少ないし、T14はもっと数が少ない上、万が一、T14が撃破されたら輸出に響く。
兵器産業は碌な輸出産業のないロシアにとって資源以外の貴重な外貨獲得手段だ。兵器の性能に疑問符が付くのは不味い。
さらに最悪なのは最新鋭のT14が鹵獲されたら西側に分析され、対処法を見つけられてしまう。
とてもT14を投入する事など出来ない。
だが、それでも前線を守らなければならない。
ウクライナの反攻を許したらロシアの敗北になる。
だから、T14以外の対抗手段をロシア軍は求め、自国の国防企業に声を掛けた。
「何か打開策はないか?」
ロシア軍が幹部が尋ねても誰も口を開かなかった。
戦車で対抗しようにもレオポルト2に匹敵する戦車など簡単には作れない。
対戦車ミサイルも同じだ。
経済封鎖により碌に部品が手に入らず、試作に成功しても生産できない。
開発費が掛かるだけで、収入――生産品の納入が出来ないのだから完全な赤字だ。
企業の誰もが二の足を踏み黙り込んだ。
「ありますよ~」
ただ一人フヌートリ・モーリェ を除いて。
「我がバールコーポレーションに一つ提案があります」
「それは有用なのかね? レオポルト2を撃破し戦況を挽回出来るのかね?」
「勿論です!」
半信半疑のロシア軍人に対してモーリェは自信満々に言った。
そしてプレゼンを行い、軍人達を納得させ計画を承認させた。
こうしてモーリェの新兵器の投入が決まった。
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