第17話 手のかかる男
「いった……」
肉体強化の魔法をかけたけれど、そのせいかかなり飛ばされてしまったらしい。あちこち打ち身をしていて少し動かすだけで痛い。でも動けなくはない。覆っていた殿下を見てみる限り、そこまでひどい怪我はおそらくしていない。
「殿下、ミークレウム殿下、大丈夫ですか」
「うっ、一体、何が」
「わかりませんが、おそらく攻撃されたのかと」
「攻撃……?
ほかの人は」
「はぐれたみたいです」
「そ、そうか」
「今はひとまず逃げませんと」
そう言った後に向けた視線の先は、赤。まるであの日の炎をそのまま持ってきたかのような赤が、向こうから迫ってきていた。
その炎に恐怖で体が固まりそうになる。今はそうしている場合じゃない。でも、こわい、こわい、怖い。
「おい、大丈夫か!」
「え、あ、すみません、大丈夫です」
「だが……。
ひとまず火をどうにかしないといけないな」
そう言うと、空に手をかざす。え、ちょっと待って、何をするつもり?
何も言えずにいると、空から水滴が降ってきた。そしてそれは次第に量を増していく。まさか、これを殿下が⁉ 無茶すぎる! 火の手はかなり上がってきている。これでは火が収まる前に殿下の魔力が尽きる。
「殿下、今すぐやめてください!」
「だが、早く火を!」
「無理です、一人で止められるものではありません」
きっともう少しすれば先生方が手を尽くしてくれる。それまで安全なところに行くのが最優先だというのに。このままでは移動もままならない。いつ追撃が来るかもわからないのに。
「殿下!
今すぐドーアを召喚してください」
「え、あ、だが」
早く! とせかすとようやく水滴を降らすのをやめてくれる。ここは森の中。いくらでも燃えるものはある。一度は収まりかけたように見えた炎は再び威力を増そうとしていた。その間にドーアが召喚される。
「ドーア、殿下の足だけでも治せる⁉」
ドーアは白の竜。竜だから4属性操れるけれど、白の竜ならきっと治療魔法もできるはず。ドーアは一鳴きすると、ミークレウム殿下の足元にブレスを吹きかけた。よかった、ドーアを成長させたかいがあった。
「あ、痛みが引いた。
よく気がついたな」
さすがに体格のこともあって、足まではかばえなかった。けれどドーアのおかげで走ることができる。先ほど無駄に魔力を使ったせいもあって殿下の顔色が悪い。はやく先生のところに合流しないと。
「殿下、行きますよ」
「え、行くってどこに」
ひとまず火の手から離れないと。ドーアにはお礼に魔力を分けてから帰ってもらい、後はひたすら走る。追手がいるのかもわからないけれど、念には念に。
「なあ、本当にこっちでいいのか?」
「そんなの、私にもわかりませんよ!」
もう、と殿下を振り返ったとき、後ろから何か光るものが飛んでくるのが見えた。
「危ないっ」
殿下を横に突き飛ばす。その勢いのまま横に倒れこむと、何とかそれからは逃げることができた。だが、すぐに複数の足音が近づいてくる。このままじゃまずい。私も殿下も、戦える気がしない。
「な、なにが……」
「追いつかれそうです。
殿下、水中で息をできるようにしてください」
「は?
そんなの……、いやあれか!」
ちゃんと思い当たる魔法があったようで安心。そのまま、追いつかれる直前、殿下の手を引いて崖下の川へと飛び込んだ。その瞬間、追ってきた人と目が合う。どうして、ここに……。
「……無事ですか?」
動揺を一度押し込めてから手の先にいる殿下に視線を向けると、一応空気を顔の周りに囲っていたけれど、その顔色は悪く、気を失っている様子だ。そうだ、この人今魔力が……! このままじゃすぐに息ができなくなる。ああ、もう、本当に手がかかる!
殿下のわきの下に手を入れて、そのまま水上へと顔を出す。とにかく今は魔力を回復させないと……。そうだ、ちょうどいいものがあるじゃない。迷っている暇はない。
ポーチから復魔草を取り出し、それを殿下の口元へと持っていく。だけど気を失っている殿下は当然自ら食べることはしない。どうすれば……。このまま魔力が枯渇してしまったら。それを想像するだけでぞっとした。この人がいなくなったら……。
「ああ、もう!
本当に手がかかりますね⁉」
復魔草はその汁と一緒に葉を口に含めば効果がある。最悪ちぎって口に入れればいいのだけれど、身動きがほとんど取れないこの状況ではうまくいくとは限らない。それに、汁が水に流れていく可能性だってあった。だから、取れる手段は一つだけ……。
「お願いだから覚えていないでください……」
こればれたら、セキエルト様あたりに本当に殺されそう……。
手に持った復魔草を口元にもっていく。それを口でちぎると、そのままそれをミークレウム殿下の口元にもっていく。薄く開いていたその口の中に復魔草を入れた。
あああ、もう!! どうして私がこんなことを……。
必死に深呼吸している間に、何とか復魔草が効いてきたらしい。大きくせき込みながらも、少しは顔色がよくなった。って、今はこれについて考えている暇はない。早くここから抜け出さないと。
「ウェル!」
すぐに出てきてくれたウェルに魔力を与えて大きくなるように願うと、人2人は余裕で乗せられる大きさになってくれた。その背には大きな羽が生えている。追加で自分に肉体強化の魔法をかけてから、ミークレウム殿下をウェルに乗せて、そのあとに自分が乗り込んだ。
そしてウェルに飛翔してもらうと、まっすぐに先生たちが待つ場所へと向かった。本当は天馬は目立つから隠しておきたかったけれど、この際仕方ない。私の魔力や体力もいつまで持つかわからないし……。
久しぶりに見たウェルの本来の姿は、こんな状況にも関わらずとても美しかった。ごめんね、ウェル。いつもそれを隠させるようなことをして。背をなでてやると、ウェルは嬉しそうに声を上げてくれた。
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