元平民の侯爵令嬢の奔走
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プロローグ・王家の秘宝
「どうして、こんなことに……」
目の前で、ようやく馴染んできた街並みが燃えさかっている。真っ赤な火は建物を、人を、呑み込んでいく。離れた場所にいるはずなのに逃げ惑う人々の叫び声が聞こえてきそうだった。まるで地獄のような画。
「これは君がもたらしたものだよ」
「嘘よっ!
私のせいじゃない、私のせいじゃ……。
全部全部あいつが悪いのよ!」
どうして、そんなに静かな目で見ていられるの。どうしてそんな目で、私を見るの。
「城の者たちももうほとんどが息絶えているでしょう。
これを君一人がもたらしたとは言いません。
だけど、力を持ったなら君はそれをコントロールするべきでした。
悪用してはいけませんでした。
たとえそれが命令だったとしても」
わかったように言わないで。私が好きでこの力を使ってきたわけがないじゃない。家族さえ、無事なら私はどうなっても構わない。周りの人が、どうなったって……。構わない……、わけないじゃない! でも、その家族さえ……。
ボロボロと目からはとめどなく涙があふれていく。泣きたいわけじゃない。早くこの惨状をどうにかしないといけない。頭ではそんなことを考えているのに、体も感情も一切言うことを聞いてくれない。
「……嘆いている暇はないでしょう!
君に、これを。
王家の秘宝です。
これを使えば、全員救われる」
「救われる……全員?
お姉ちゃんも、ステリーも?」
「ええ。
だけど、ひとつ約束してください」
「約束……?」
「次は俺に手をかしてください。
あいつに継承権を譲ってはいけない」
それはきっと誰も考えたことで。でもそれはすでに手遅れなはずだった。だって、悲劇はすでにもたらされた。この人の言う通り王家の秘宝とやらで全員が救われたとしても、あいつが王太子にふさわしくないのはみんなが分かっていること。私がこの人に手を貸すまでもなく、王太子はこの人だ。
「何を言っているんだ、という顔ですね。
いいですか、時間がないので手短に言います。
この秘宝は、時間をさかのぼる力を持ちます。
さかのぼった後、記憶を保持できるのは起動した者のみ。
同じ悲劇を繰り返さずに済むかは君の手にかかっています」
「なに、それ。
なに、なんなのよ、それ……。
何なの、あなたたち。
私の人生を狂わせておいて、最後はすべて私に押し付けるの」
もう思考がついていかない。本当にどうしてこうなってしまったの。ただ何もない、何気ない日常を過ごしたかっただけなのに。魔力なんて……、なければよかった。
立っていられなくなって、しゃがみ込む。ぐちゃぐちゃとした思考で、涙が止まらない。そのとき、不意に体が温かいものに包まれた。それがあの人だと気がつくのに少しだけ時間がかかった。
「ごめんなさい……。
でも、私にはこれを起動できません。
君ほどの魔力を持たなければ……。
お願いだ、お願いだから」
少し痛いくらいの力で抱きしめられる。私に懇願する声は震えている。その様子に、少しだけ心を動かされてしまった。もう状況は最悪。なら、どうにでもなればいい。
「秘宝とやらを、使ってもいいわ」
ありがとう、と小さく声が聞こえる。でも、本当に私にできるのかな。今までずっと言われたことをただやってきただけだから。不安しかない。それでもやるしかない。あれ、でも……。
「私が協力を申し出たとして、それで納得してくれるの?
だってあなたも何も覚えていないのでしょう?」
「あー……、それは……。
秘宝が使われたことはわかります。
ただ、君の言葉を信じるかは……わかりません」
「何それ……」
「でも、やるしかありません。
もう人々を無為に苦しめることはやめましょう。
早く」
結局どうしたらいいのか、明確な答えは得られないまま急かされる。でも、それはその通りで。今目の前で苦しんでいる人たちを早く楽にしてあげたかった。
「どこまで、さかのぼるの?」
「わかりません。
秘宝が必要だと判断したときまで。
たださかのぼる時間が長いほどに必要な魔力が多くなります」
「そう、分かったわ」
とにかくやるしかないのだろう。どうやら私は何も考えずこの秘宝に魔力を注げばいいだけらしい。本当に時間をさかのぼることが可能なのか、いまだに信じられないけれど。そんな魔法聞いたことがない。存在していいわけが、ない。それでも今はその奇跡にすがるしかなかった。
「頼みました」
丁寧に箱に収められた秘宝を手にするその直前。そんな男の言葉が聞こえた。
手が触れると、秘宝はまるでそれ自体が意思を持っているかのように魔力を吸い上げていった。それは私の中にあるすべての魔力を吸い尽くすかのような勢いで。国一番とも言われた魔力の器を空にしかかってしまうとは消費量が異常。
時をさかのぼるとは、やはりそれほど大変なことなのかもしれない。それでも、命の危険があるのならば先に伝えて、ほし、かった……。
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