第14話 希望の一手
「地球を、救う?」
突如姿を現したスケールのでかすぎる発言に、思わず言葉を失ってしまった。なんともにわかには信じ難い動機だが、笠木の発言には覚悟めいたものを感じた。
「そうさ。人類は一世紀以上に渡って環境汚染の改善に取り組んできたが、いっこうに改善されてこなかった!必死に努力しても、金と利権に目の眩んだ奴らがすぐに邪魔をする!こうでもしなければ、永遠に改善されないんだ!」
話すうちに笠木の内側から恨みのようなものが溢れ出てきた。何が彼をここまで駆り立たせるのか理解に苦しんだが、紫音には心当たりがないでもなかった。
2年前、大気汚染が深刻になった時期があり、社会問題に発展していた。その中で笠木は改善に最適だとされる手法を提案していたのだが、尽く却下されていた。代わりに採用されたのは、大手メーカーが提案した手法だった。コストも効率も笠木の方がはるかに優れていたにも関わらず。
後に、そのメーカーは政府へ常習的に賄賂を渡していたことが発覚した。それを聞いた時の笠木は怒りを通り越して絶望の表情に染まっていたのを今でも覚えていた。
「笠木!」
「だから!俺はいろんな時代を巡って、さまざまな菌やウィルスを密かに採集していたんだ!そしてついに、今回のタイムトラベルで全てがそろった。ここで新たなタイム・パンデミックを引き起こし、人類の歴史を終わらせる。そして、本来あるべき地球の姿を取り戻すんだ!」
笠木は熱弁しきると再びモニターの方を向き、ガチャガチャと何かを打ち込み始めた。
「くそっ。あいつを取り押さえるぞ!」
紫音の言葉に応えるように、堀田と金田が果敢に向かっていった。そのまま笠木の体を掴むと、後方に思いっきり倒し、そのまま床に押さえつけた。しかし、当の本人はそんなのお構い無しという風に不敵に微笑んでいた。
「何がおかしい!」
「いや〜実に愉快だよ。もうロケットは発射されるというのだからな!」
「なっ……」
紫音たちは慌ててモニターを見上げる。そこには、煙を噴射しながら上空へと向かい始めるロケットの姿があった。紫音たちは操作盤を触り、なんとか止めることができないかと試みる。しかし、どこを押してもロケットが一向に止まる気配はなかった。
「どうしよう。このままじゃ、ウィルスが……」
なすすべがないと悟った葵は力なく膝から崩れ落ちた。止められる可能性が最も近い場所にいながら、何も出来ないという無力感に包まれていた。
それは紫音も同じだった。何か手はないか、と頭をフル回転させてはいるが、どれも失敗に終わった。撃墜させるという手も考えたが、ロケットには大量のウィルスが入っている以上、それはすぐにできないと悟った。
「ちっ、クソっ!」
こうしている間にもロケットは高度を増していく。それをただ見ていることしかできない歯がゆさに紫音は耐えきれず、操作盤に拳を叩きつけた。
その時、紫音の携帯がブルっと震え始めた。画面を見ると、八雲からの着信だった。思えば、彼と話すのは2日ぶりだった。何を話してたっけな、と考えながら『応答』と書かれたボタンに指を近づける。すると突然、紫音の頭にひとつの単語がフラッシュバックした。思わず指を止めたあと、紫音の頭の中に一か八かの奇策が急ピッチで組み立てられていった。
紫音はすぐさま『応答』ボタンを押し、八雲の声を遮って話し始めた。
「所長!今すぐ無人タイムマシンを稼働させられますか?」
「ど、どうしたんだいきなり。それでロケットを止めろと言うつもりじゃ、ないだろうな?」
「そのまさかです。今、我々が所有している全ての無人タイムマシンをロケットに密着させて、タイムトンネルに引きずり込むんです!」
紫音の無茶とも言える提案に葵たちは絶句した。しかし、これ以上打つ手がない以上、やってみるしかなかった。
「よし、分かった。総員、ただちに無人タイムマシンを起動させ、ロケットに密着させるんだ!」
電話越しに指示をする八雲の声と、急いで対応にあたる研究員の声が聞こえてきた。あとは無事にその策が成功するのを祈るばかりだった。
程なくして、モニターにいくつかの黒い点が光速でロケットに向かっているのが確認できた。そこを拡大してみると、黒いコーティングをされているタイムマシンの姿が映った。
それらがすぐにロケットに追いつくと、下からアームのようなものを伸ばし、ロケットにがっしりしがみついた。すると、タイムマシンの周りにプラズマが発生し、やがてロケット全体を包むほどの大きなものへと成長した。
「おい!あれはなんだ!ちっ、離しやがれ!」
堀田たちに押さえつけられ、身動きが取れない笠木は焦りの表情を滲ませる。紫音たちは意にも介さずに、策の成功を固唾を飲んで見守った。
数秒後、ひときわ大きなプラズマが発生すると、一瞬白い光が空を覆った。その次には、ロケットの姿は跡形もなく消えていた。
「やっ、た?ははっ、やったぞ!」
紫音は喜びを顕にし、ガッツポーズを取った。その直後、携帯からも大きな歓声が届いた。皆も成功を確信できたようだ。
「紫音先輩〜!」
声がする方を向くと、葵が泣きじゃくりながら紫音の元に駆け寄ってきていた。紫音も思わず彼をぎゅっと抱擁し、喜びと安堵を分かちあった。
葵の背中をさすりながら視線を横に向けると、堀田と金田が警察と何やら話をしていた。その奥には手錠をかけられてがっくりとうなだれる笠木の姿があり、警察に背中を押されながら連行されていくのが見えた。
その後、堀田と金田も警察の後をついて行った。一瞬、目が合った紫音は労いの意をこめてひとつ大きく頷いた。それをくみ取ってくれたのか、堀田と金田は親指を立てて見せ、その場を後にした。
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