第13話 笠木の思惑
強い衝撃が再度加わり、紫音と葵は体制を崩した。すんでのところで戻ってきた堀田とそばにいた金田が、身を挺して2人と床の間に入り込み、身体へのダメージを最小限に抑えこんだ。モニターにターミナルの映像が映っているのが分かると、すぐに扉をこじ開けてタイムマシンから脱出した。
すぐにスピーカーから切羽詰まった声が届いた。
「こちらオペレーター。状況を報告してください」
「こちら紫音。第2調査団の失踪に植物学者の笠木貴教が関わっている可能性が高い。彼の身柄の確保を要求する」
そうとだけ伝えると、紫音たちはすぐに消毒ルームへと入っていった。ボロボロになったタイムマシンの姿も相まって、事態が深刻な状況にあることは明らかだった。オペレーターはすぐに所長の八雲につなぎ、状況を説明した。
その間に紫音たちは消毒を済ませながら今後の作戦について話し合った。
「ここからどうする?警察に任せるか?」
「いや、それでは遅い。オペレーターたちの反応を見るに、笠木の乗ったタイムマシンはここに来ていないと考えられる。とすると、あいつは別の場所を行き先に指定した可能性が高い」
「場所は検討が付くのか?」
「いや、そこまでは分からない」
足止めを食らった一同は、何か打てる手はないかと頭を働かせた。その時、館内放送を知らせるチャイム音が鳴り、八雲の声が響き渡った。
「こちら八雲。先の失踪事件について、第2調査団に所属していた植物学者・笠木貴教が本件を意図的に起こしたと考えられる。彼は自身のラボからロケットを発射し、タイム・パンデミック級の混乱を招こうとしている。それを裏付ける資料も手に入っている。研究員諸君には——」
放送が続く中、重要な情報を掴んだ紫音たちは互いに顔を見合わせる。紫音は手招きをして葵たちを近くに寄せ、思いついた作戦を小声で共有した。それを聞いた3人は一瞬、戸惑いの表情を見せたが、すぐに覚悟を決めたという目を紫音に返した。
消毒が終わり、奥の扉が開く。これが作戦開始の合図だった。
「よし。行くぞ」
紫音たちは一斉に走り始め、検疫官の待つ個室を横切った。遠くから茜の呼び止める声が聞こえてくるが、振り向きもせずにロッカールームへと入った。そのまま自分の荷物を手に取るとすぐさまその場をあとにし、ロビーを抜けて駐車場へと向かった。
さまざまな車が止めてある中、ひときわ赤く輝いている1つのスポーツカーが視界に入った。車の持ち主である金田が一目散に駆けていくと、ロックを解除してエンジンを付けた。
「さ、早く乗って」
紫音たちが席に座ると、ドアが自動的に閉まり、安全運転を心がけるよう促すアナウンスが再生される。だが、そんなのお構いなしと言わんばかりに、金田はアクセル踏んで急発進させた。
完全とは行かないまでも、大部分が自動化された現代において、自分の手で最初から運転する人の車に乗るのが実は初めてだった。金田いわく、「自動運転だとスピードが出ないし、柔軟性に欠ける」そうだ。ナビも使わずに紫音が道案内をしながら、猛スピードで車を走らせていった。
笠木のラボはJTSLからそう遠くは離れておらず、ものの2、3分で到着した。携帯には茜からの着信が何件も届いているが、それに対応するほどの余裕はない。扉に手をかけるも、当然鍵がかかっていて開かなかった。
「ここは俺に任せてくれ」
そういうと堀田は車に戻り、上半身をすっぽり覆うほどの分厚い防弾チョッキを取りだした。それを身につけ、庭の方に回ると、ガラス張りになっている扉めがけて全力でタックルをかました。
衝撃に耐えかねた扉は粉々になり、辺りにガラス片が散乱する。周囲の安全を確認した堀田は腕を上げて前後に動かした。突入の合図をもらった紫音たちは植物に溢れたその部屋の中に入る。すぐに上へと続く階段を見つけると、堀田を先頭にして駆け上がっていった。
階段を上ると、突き当たりの方に侵入を拒むかのように大きなドアがそびえ立っていた。堀田と金田がそれぞれタックルと蹴りを入れると、金属製のドアは重々しく倒れていった。
中に入ると、そこには何かを打ち込んでいる笠木の後ろ姿があった。そばには奪われたタイムマシンがあり、正面の大きなモニターには一台の小型ロケットが映し出されていた。
「笠木!いったい何をしようとしている!」
紫音が声を張って呼びかけると、笠木は手を止めて体を振り向けた。不気味に微笑むその様に、思わず背筋がこわばる。
「何って、俺たち人類を滅亡させるのさ。俺が作った特製のウィルスによってな」
「なんだと!?」
笠木の口から出た「人類を滅亡させる」という言葉が、紫音たちの体に重くのしかかる。漠然としているようなその発言には、妙な現実味が嫌というほど込められていた。
「どうして、どうしてそんなことするんですか!?」
「なぜかって?くくっ、答えは簡単だ。この地球を人間の汚染の手から救い出すのさ」
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