恋を叶えたいミミズク

@otyapa

恋を叶えたいミミズク

「岡崎さん、いや、弘子さん。オレの話聞いてもらえますか」

「え、あ、はい、どうぞ」


 1ヶ月前、とある本屋で働くことを決めたオレが、一体どうして岡崎さんに愛を伝えようとしているのか。

 まずはあのミミズクとの出会いから振り返っていこうと思う。



 ガタンゴトン、と定期的な振動を足で受け止めながら、車窓へ意識を飛ばす。サラリーマンのおじさんが持っているバックは電車の振動に合わせてオレの太ももでリズムを刻んでいた。もう少し離れないものかと横目に車内を見るが、まあ難しいだろう。

 エスカレータから近い車両がエアコンの風量が強い車両だったため、立ち乗りだとどうしても顔に機械風が直撃する。外との気温差も相まって、このままでは涼しいを通り越してしまいそうだが、まあ後少しの辛抱だ。

 大学が終わってすぐに帰ればまだ空いていたのだろうが、課題提出が遅れてしまった自分に反省点がある。今後の反省点を頭の中で反芻しようとするが、太ももに刻まれるリズムと頭上で巻き起こる人工台風に思考が乱されながら目的の駅へ着いてしまった。


 川崎駅アトレ改札口を抜けて、エスカレーターを登ると左手にスロープが見えて来る。オレはその手前のトイレに行ってから、我らが有隣堂に入るようにしている。本屋に入るとトイレに行きたくなる、と伊藤さんに教えてもらってから今まで、この習慣を続けている。

 スロープを登って右手にあるレジとその前にある店員さんのイチ押し書籍やグッズを横目にまっすぐ進むと大きなガラス張りのひらけたスペースに出る。買った本を読むことが出来るベンチやカウンターが夕日に照らされている。いつもの左奥の席が空いている事を確認し、今日はどんな物語を旅しようか、と書籍コーナーへ踵を返した。

 タロットカード、きのこ占い、心理をついた恋愛方法、どうも最近は女性客向けの恋愛グッズを推しているようだ。

 お勧めの棚にこそ手を伸ばさなかったが、ここまで愛だとか恋だとかの商品を見ると、どうしてもその手の本を見に行ってしまうものである。恋愛小説のコーナーへ向かう。


 オレは、書痴にでもなりたいのか、と友達から揶揄される程に本を読んでいるので、恋愛とは縁遠い生活をしている。が、書籍上での恋愛はそこいらの女子高生、大学生の比にはならない。最近話題の本は大体読んでいるし、壁ドンだって、やろうと思ったら出来る。相手が居ないだけなんだ。いや、壁ドンなんて下卑た事をしようとは思わない。もっと純粋な恋愛をするべきだ。今日の物語は少し懐古的に、純粋な恋愛を楽しめるような古風な物がいいだろう。


 市川拓司の恋愛寫眞が目に止まった。映画や漫画化されていたので、名前は聞いた事はあるが、読んだ事はない。

 何気なく伸ばした手に、いや、手の甲にモフモフとした感触が触った。

「ああ、すみません。どうぞ、どうぞ」

 そう言って譲った視線の先に、茶色い饅頭に耳を生やしたような物体が浮いていた。

「僕と契約して書店員になってよ。」

「・・・まど」

「魔法使いにはなれないし、君はどう見ても男だ。」

 どうもオレは夢を見ているらしい。

「私の選ぼうとした本を選んだ君は、きっと才能がある!」

 何を根拠にと思いつつ、謎の物体と会話している自分に寒気を覚えて踵を返した。

「僕、R .B.ブッコロー、悪いミミズクじゃないよ。」

 自己紹介を背中にぶつけられながら、「仲間にしない」を選択するべく、なるべく距離を取れるように、且つ書店に迷惑がかからない程度の競歩で先を急いだ。近くにメンタルクリニックがあったはずだ。

「まあまあ、そんなに焦らず、深呼吸しましょうよ。」

 真横で聞こえた声にギョッとして、つい視線を向けてしまった。

「あ、ようやく目が合いましたね。」

「合わせたくて合ったわけじゃない。」

「まあまあ、落ち着いて、とりあえずカウンターで話しましょう。」

「大学生にもなってお人形遊びしているようにしか見えない行動を取れるか。」

「大丈夫。私のことは概ね貴方にしか見えてませんから。」

「おおむね?いや、見えてなかったとしたら独り言ロンリーボーイじゃないか。なおさら嫌だ。」

「確かにそうですね。私あんまりこの時間にフラフラしてないのでその発想はなかった。」

 女性客が、どう優しく評しても不審者を見る目でこちらを観察していた。真横を通る店員さんは優しそうに会釈をしてくれてはいるが、どう考えてもここに居るべきではない。

「話は聞く、わかったから場所を変えよう。」


 アトレ内のカフェも考えたが、結局回りからは独り言を楽しんでいる危ない奴と思われるので歩きながら会話をすることにした。マスクをつけているとこう言う時に便利だな、などと汎用性のないことを思いながらブッコローの言葉を聞く。

「改めまして、私はR.B.ブッコロー。今日は有隣堂に迫っている危急存亡の危機を救って欲しくて、貴方に声をかけました。」

「はあ。オレは管 元輝です。川崎駅周辺の書店にどんな危機が迫るんですか。」

「直接関係しているのは有隣堂が運営しているストーリーストーリー横浜なんです。」

「行ったことないなあ・・・。行きたいとは思ってるんですけどね、どうも横浜は人が多すぎるイメージが。」

「なるほど。まあそこの文房具バイヤーが悪魔に取り憑かれたんです。」

「はあ。オレはこのままメンタルケアを受けに行くので失礼。」

 クリニックへ方向転換したオレの正面にブッコローが先回りした。

「いやいや、もうここまで私と話したんだから悪魔も天使も居たって良いじゃない。」

「そうだね、って言えるほど人間できてない。有隣堂のレジカウンター前に陳列されてたマスコットキャラクターがどうして喋ってるのかも納得しきっていない。」

「中の人は、います!今は内蔵したんですよ、内臓にね。」

 ブッコローを避けてクリニックへ歩みを早めた。

「いやいや、すみません。ウィットに富んでみようかと思ったんです。とにかく文房具バイヤーもといザキさんがヤバいんです。」

「それをオレにどうしろって言うんだ。」

「悪魔は人間のピュアな心に弱いんです。だから、管くんにザキさんを落としてもらいたい。」

「落とす?気絶させる?」

「ピュアな心って言ったでしょ。どうして痛みを伴うんですか。恋に落とすんですよ、フォーリンラブ。」

 急停止してブッコローを鷲掴んだ。

「どうしてオレが知らない人と恋愛しなきゃいけないんだ!」

「まあまあ、とりあえず管くん彼女いないでしょう?歩くの早いし。」

「歩行速度がどうして彼女の有無に影響するんだ。」

「わかってないなー。そんなモテないキミを、私が改革してあげようって話ですよ。」

「バイヤーじゃない人と恋愛させてください。」

「練習相手も必要でしょう?とにかく若い力でザキさんにピュアな心を取り戻してください。」

「はいそうですね、ってフォーリンラブできたら、もっとバラ色の大学生活を謳歌してるんだよ。」

「私のラブスペルを使えば、あっという間さ。任せてください。」



 翌日、大学が終わってから桜木町へ向かった。向かったと言うと語弊がある。なぜかオレの家、そして大学に付いてきたブッコローが何としてもストーリーストーリー横浜に行かなくてはならないと、ほぼ連行されるような形で桜木町へ移動しただけだ。

「さて、これから管くんはストーリーストーリー横浜で働いてもらうんですが。」

「はあ?いつ面接なんて受けた。」

「受けなくても大丈夫なんです、私、偉いんで。」

「はあ・・・。」

 いつも通っていた書店の系列店で働けるとなると、オレとしてもやぶさかではない。

「これからザキさんの様子を見てもらいます。」

「ああ、バイヤーさん」

「ちなみにザキさんは岡崎弘子と言います。」

「そうですか、さようなら。」

「ここ迄来たんだから、まあまあ、ほらほら」

 ブッコローに背中を押されながらコレットマーレの自動ドアを通った。



 エレベータで5階まで移動しながら制服に着替えた。有隣堂のエプロンをつけられると思うと少しワクワクした事はブッコローには秘密である。吹き出しを連ねたような看板の書店、ストーリーストーリー横浜、通称「ストヨコ」へ辿り着いた。書店というより雑貨店というような印象の店内は入り口側の棚が低く全体を見渡せるため、開放的な印象の店舗だった。

 突然、ブッコローがおれの襟首を嘴で引っ張り、店内の棚の影に隠した。子猫はこんな感じに移動させられるのかあ、などとどうでも良いことを考えていた。

「あれがザキさんです。」

 ガラスペンと書かれたデカいポップが貼られた棚の前に岡崎さんはいた。「有」と言う漢字の一画目の部分、右側にペン先のついた何かが棚の四隅に飾られ、その前には畳2枚分程度のローテーブルが置かれ、さまざまなガラスペンが飾られている。その前で目を爛々と輝かせてしゃがみ込んでいる中年女性がいた。

「なるほど・・・。そしてあれが悪魔だと・・・。」

 岡崎さんの右肩に、しっぽの先がフォークのような形の黒猫が乗っていた。耳からは青い炎が出ているように見える。

「ほんと、菅くんは話が早い。あれがガラスペンの悪魔です。耳から火が出てるでしょう。あれでガラスを溶かすんです。」

「はあ。それであの人をどうやって落とすって?」

「私の指導さえあれば、どんな女子もイチコロですよ。」

「それでは先生、まずは何をさせられるんでしょうかね。」

「素直ですねえ。まずは相手を好きになることです。」

「「初めまして」すらしてないですけど?」

「ここで会っちゃうと普通に新入社員と先輩の挨拶になっちゃうじゃないですか。」

「まさにその通りじゃないか。」

「とにかく今日は岡崎さんの好みを掴むことがメインミッションです。」

「どう見てもガラスペンにしか興味がないようだけど?」

「あれはまあ、元から好きだけど、悪魔にやられてて他に興味がなくなっているだけなんです。」

「他に興味がないなら好みわからないじゃないか。」

「・・・なるほど、一理ある。」

 オレは一つため息をついて、やれやれと改めて店内を見回した。「岡崎百貨店」というディズニーに出てくる紋章のようなロゴが見えた。西洋の盾の横に猫が歩いているようなイラストだった。

「これは?」

「そうですよ!岡崎さんが趣味で集めたものを売ってるコーナーです!いってみようっ!」

 高級感のある謎のボールペン、ガラス製品、レトロ系雑貨、よくわからない絵画、統一感はあるような、ないような。趣味を仕事にするってこう言う事なのか、と感慨にふけっていると、小さめのロッカーを連ねたような什器を見つけた。

「なに?これ」

「ああ!これはザキさんの一番好きなものですよ!」

「一番好きなものをロッカーに入れる女子、イヤ。」

「まあそう言わず、中を見てみましょう。」

 ロッカーの中には小さな紙の仕切りに石が並べてあった。小さい頃に公園や海岸で石を拾って帰って親に怒られたことを思い出してしまった。苦い思い出とあいさつを交わしていると、ブッコローが小さなペンライトを持ってきた。

「これで照らしてみてください。」

「おお。」

 ペンライトはブラックライトを照射できるタイプのもので、ライトに照らされた石が薄緑色に蛍光していた。

「なるほど、これはちょっと面白い。」

「管くんイケる口ですね。ザキさんは暗いところで光るものに対して異様な執着があったんです。」

「ところが、今はガラスペンの悪魔のせいで蛍光商品に興味がなくなってしまったと。」

「その通り!何かプレゼントするなら蛍光グッズを使いましょう。」

「了解。了解、していいのか・・・。」

「では、これから私のザキさん陥落ミッションをお伝えします。」

「ここで?店内はマズいでしょう。」

「そうですね、今日はザキさんと職場の見学ですから、近くの公園にでも行きましょう。」



 コレットマーレから少し海の方へ歩くと日本丸メモリアルパークが見えてくる。ストヨコで買ったコーヒーを飲みながら、施設内の手すり柵にもたれてブッコローの話を聞くことになった。

「管くん、恋愛で一番大切な事は何ですか?」

「一番たいせ」

 聞き返そうとしたところで、突然頬を張られた。といっても、ブッコローの翼はモフモフで、痛みはなかった。ただ、コーヒーが少しこぼれたことが気に障った。

「判断が遅い!」

「それはまた、別のキャラの名言を言いたかっただけだな?」

「そこは「ブったね!親にも打たれたことないのに!」じゃないですか。」

「・・・ぶったね、母親にも打たれたことないのに。」

「父親には打たれていたんですね・・・。」

 オレは「はあ」とため息を深く吐いてからコーヒーを一口飲み、改めてブッコローを訪ねた。

「それで?一番大切なことって?」

「そうでした!相手との距離感です!近づかなくては話になりません!」

「今さっき挨拶もせずに退社して来た新人が、オレ。なわけだけど?」

「なるほど、普通はそう見えるでしょうね。」

「普通じゃないのはお前だけだよ?いや、もうオレも良い所まで来ちゃったかな。」

 遠く、海の向こうを見ながら飲むコーヒーは、いつもより少し苦かった、気がする。

「そんなわけでここに水族館のチケットがあります。2枚あるからチケッツ。」

「なるほど、書店役員のミミズクのくせに文脈と脈絡を知らないようだ。」

「役員になった記憶はありませんが、私、偉いので。まずはデートに行くのが一番手っ取り早いわけです!」

「入社初日で先輩職員をデートに誘える奴がどこにいる。」

「任せてください。ザキさんのアポはもう取ってあります。」

「ならさっき挨拶させるべきでは・・・。」

「初対面が水族館で、そのあとジェットコースターに乗ったりしたら刺激的じゃないですか。」

「わかんないなあ・・・。」


 ブッコローの指導 

気になる人と距離を詰める



 翌週の休日、といってもこれは岡崎さんの休日なので一般的には平日である。大学が午前中で終わり、時間的にちょうど良いのでブッコローも含めて3人で、昼食をとりながら八景島シーパラダイスへ行くことになった。

 ブッコローから「女子とのデートにはパンケーキを」と高尚な指導をいただいたので、シーパラダイスへ着いてすぐにパンケーキのレストランへと足を運んだ。岡崎さんが「ここのパンケーキはフルーツがたくさんで可愛いですね。」とか「赤煉瓦倉庫のところにもクリームがたくさん載っていて、どう食べるのかわからないパンケーキ屋さんがありますよ。」とか思ったよりパンケーキの話題が出ていたので、ブッコローの助言も案外間違っていないのかも知れないな、と感じた。

 3人でレストランに行くと言ったが、岡崎さんの方には相変わらずガラスペンの悪魔であるところの黒猫が載っていて、ニヤニヤと様子を眺めているようだった。どうも岡崎さんにはこの黒猫は見えていないらしい。あまり触れない方がいいだろう。

 昼食後、そのままアトラクションに行く方が近いと思ったが、どうしてもジェットコースターに乗せたがるミミズクがいるため、お腹を休ませるために水族館へ入った。

「ところで、ブッコローがこんな所にいたら魚がビックリするんじゃないか?」

「管くん、水族館の水槽は魚側からは何も見えないように光量を調整されているんですよ。だから魚側が明るくて、人の歩くところは暗くなっているんです。」

「へー、そうだったんだ。じゃあ一般人が喋るミミズクに驚かない理由は?」

「私は有隣堂の職員にしか見えないんです。基本的に。」

「便利な身体してるなあ・・・。」

「管さんはどうしてブッコローと一緒に居るんですか?」

「さあ・・・スカウトされた、んですかね?」

「管くんの潜在的な能力に目をつけたんです、この子は、良い子だ。」

「また何かの名言?」

 ブッコローの思惑通りにデートをしている事自体は多少気になるが、水族館は単純に楽しかった。壁面が水槽になっている水族館は多く見られるだろうが、この施設ではトンネル状の水槽があり、イルカや他ではなかなか見られないマンボウなど、様々な種類の魚を見ることができる。水族館に来てテンションの上がらない人間が世の中に居るだろうか?いや、居ない。

 一人水族館を楽しんでいると。

「何を一人で楽しんでいるんですか。デートですよ?」

「3人、いや、2人と1匹でちゃんと魚を観覧してるじゃないか。」

「デートはクラゲを見ないと始まらないでしょう。」

「語感が毎回強い気がするけど、なんでクラゲ?」

「映画化された時に絵を作りやすいからですよ。」

「メタいメタい。されないされない。」

「冗談はさておき、女子はフワフワキラキラしてたら大体好きだからです。」

「そうなのかなあ・・・。強烈な偏見じゃないか?」

「そんなことないです。ザキさんを見てみてください。」

 振り返るとクラゲの水槽に釘付けになっている岡崎さんが居た。どうもブッコローの言うことが正解すると釈然としない。とりあえず岡崎さんが楽しそうなので良しとしよう。黒猫は少し顔をしかめて居るようだ。クラゲにときめいているせいで居心地が悪いのかも知れない。

「岡崎さん、クラゲ好きなんですか?」

「ええ、まあ。ほら、クラゲの端っこは光るでしょ?」

「ああ、そうでしたね。蛍光グッズが好きでしたね。」

 フワフワは置いておいて、キラキラが好きなのは正しかったようだ。


 食休みには十分な時間を魚の鑑賞に費やし、今回のメインイベントとも言えるジェットコースターの前にたどり着いた。ブッコローには水族館をメインに勧めてもらったのだが、オレにとってはこっちの方が重要である。

 なぜか?それは絶叫系の乗り物をこの世から排除したいと思っているからだ。


乗りたくない乗りたくない乗りたくない乗りたくない、逃げちゃいたい逃げちゃいたい逃げちゃいたい、こわいこわいこわいこわいこわい


 現実逃避を試み成功したためか、いつの間にか順番が回って来ていた。ブッコローも乗り気である。施設の職員には見えていないのにどうやって乗るつもりなのだろう。

「岡崎さん、ジェットコースター好きなんですか?」

「あ、私ここで待ってますね。」

「え?」

「仕方ないから私と乗りましょうか。」

 さっきまでブッコローが浮いていた場所に灰色のスーツ姿の男性が立っていた。

「だから中に人を内蔵してるって言ったじゃないですか。」

「・・・もういいや。」

 ジェットコースターから逃れられない事実の方が衝撃的で、もう反論する元気もなかった。

 誰が何のために、こんな車輪が途中で外れたら全滅するような乗り物と施設を作り始めたのか知らないが、呪詛をつぶやきながら何とか終着点へと到着することができた。

 ジェットコースターを降りてみると、ブッコローは元の姿で宙返りをして喜んでいて、岡崎さんはブッコローやオレのげっそりした様子を見て「あはは」と笑っていた。笑いを提供できただけ、身体を張って良かったと言う事にして現実を受け止めた。



 ブッコローの指導

女子とのデートにはパンケーキ

とりあえず、クラゲ、ジェットコースター



 水族館デートはおおむね成功と言って良いだろう。

 デート後にストヨコで働いていても、岡崎さんから話しかけてくれることが増えた。黒猫は相変わらずニヤニヤとしているだけだった。ストヨコのガラスペンコーナーは広がってこそいないものの、棚やテーブルにクリスマスのイルミネーションで使う電飾が設置され、ギラギラ輝いていた。少しずつ悪魔の影響は出て来ているのだろう。

 そういえばブッコローはオレの家に住み着いている。ストヨコ以外にも大学へ付いてくる状態だ。平日は有隣堂や岡崎さんについての話をするが、土日はほとんどテレビで競馬を見ているので大人しい。

 

 競馬番組が終わったと見るや、ブッコローがこちらへ向き直って鳩胸(鳩?)を張り出し、偉そうに話し出した。

「さて、これが最後の指導です。ハッキリと、わかりやすく且つ衝撃的に思いを伝える!」

「衝撃的・・・殴る?」

「どうして痛みを伴いたいんですか。衝撃(物理)じゃないんですよ。驚きですよ、サプライズ!」

「場所とかどうすれば良いんだ?」

「それはもちろん、夜の公園でしょう。で、サプライズについてですけど・・・」


 ブッコローの最後の指導から、その提案に対しての練習のために2週間を費やしてしまった。その間もストヨコでの勤務を続け、雑貨屋なのか書店なのか、それとも喫茶店なのかよくわからない仕事を順調にこなしていた。そして、計画実行の日がやって来た。

 夜の象の鼻パークは街灯が少ないからか人通りが少なく、遠くから波の音が聞こえてくる。オレの隣には岡崎さんが歩いていて、やや後方をブッコローがついてきている。パークに入ってすぐ、カフェテリアに着いてしまったが、どうも決心がついていない自分がいる。

 本当に無事に成功するのだろうかと考えながらカフェテリアの上にある広場で岡崎さんと向き合った。

「岡崎さん、いや、弘子さん。オレの話聞いてもらえますか」

「え、あ、はい、どうぞ」

 岡崎さんの右肩に乗ってニヤついている悪魔を一瞥し、岡崎さんに視線を戻す。

「有隣堂で働き始めて、まだ半年ですけど、オレ、弘子さんにゾッコンっす!」

「え、あ、どうも、はい」

「見ていてください!」

 オレはそう言って海に向かって、カフェテリアの屋上の柵に向かって、駆け出した。

 「あ。」と言う岡崎さんの声が遠くに聞こえたが、今はブッコローを信じて真っ直ぐに走った。

 すぐに柵に辿り着き、よじ登って、飛び降りた。

 何が起こったのか、わかっていない岡崎さんはその場に立ち尽くして唖然としていた。


  パタパタパタパタ


 飛び降りた位置から、ゆっくりとブッコローが浮き上がってきた。そして、ブッコローの足にはオレ、管 元輝がぶら下がっている。ブッコローの案というのは、飛び降りて死んだかのように見せて、名台詞を言うという作戦だったのだ。

 ブッコローに吊るされながら、しっかりと岡崎さんを見つめて、オレは叫んだ。

「オレは死にません!オレは、死にませぇん!貴方が好きだから!オレは死にましぇん!オレが、幸せにしますから!」

 告白の瞬間、悪魔が低くうめき足元から光の粒になっていく姿が見えた。やったぞ!オレ、ちゃんと岡崎さんをときめかせることができたんだ!と、心の中でガッツポーズを決めたのは言うまでもない。

「え、いえ、私結婚してますけど。」

「え?」

「ブッコロー、ご存知ですよね?」

「「え?」」

「でも、懐かしいドラマを思い出して、ちょっとときめいちゃいました。今日は夫を誘って、中華街に行ってみようかと思います。」

「あ、いいですね、中華街、あはは。」

「それじゃあ、管さん、ブッコロー、また有隣堂で。」

「はい・・・また・・・。」

 小さくなる岡崎さんの背中を見送っていると、ブッコローがカフェテリアの屋上に下ろしてくれた。

「いい告白だった・・・。感動した!」

「いや、しねえだろ! さっきちょっと足震えてたけど、落としそうだっただろ!死にますよ⁉︎」

「ザキさん結婚してるの忘れてましたね。」

「普通忘れないよなあ。まあいいか。明日からもしっかり働くとしよう。」

 


 その後、ストーリーストーリー横浜にあったガラスペンコーナーは縮小され、岡崎百貨店の中に収まることとなった。「有」のガラスペンは1本を展示用として飾られ、残りは破格の値段で販売に出されたが、一向に売れる気配はなかったという。

 めでたしめでたし。



 ブッコローの指導

ハッキリと、わかりやすく且つ衝撃的に思いを伝える

相手が結婚しているか、先に確認しておく

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