第16話 鑑定太郎、襲来

 そして。夜が開けた。


「ダイアーが魔術であの錆び付いた鉄の車を一瞬で修理してからの記憶がない・・・。記憶操作の魔術を使われたか?なんて恐ろしい魔術師なんだ・・・」


 チョコレートに含まれたアルコールの魔力は恐ろしい。リーファの身の上に何が起こったのか。五十億いたリョコウバトを百年で絶滅させたアメリカ人何も教えてはくれない・・・。

 ところで、「人間なんて幾らでもいる。好きなだけ食べればいいさ」そう言ってのける怪物ってたまにいるよね?

 気がつけば君が食べることの出来る人間は目の前にいるマーサただの一匹だけになってはいやしないのかい?


「はい。リーファの分」


 ウィンゲートは調子の悪い(少なくともウィンゲートにはそう見えた)リーファに変わって、彼女の分の朝食をテーブルまで運ぶ。

 ウィンゲート達はベルカフェで朝食を取っていた。清潔で暖かい雰囲気の軽食堂は値段も安いこともあり、まあまあ評判ではある。

 向かいの席には新聞スタンドで購入したニュースペーパーを読むダイアー教授の姿。


「御待たせしました」


「御苦労。卑弥呼君。きちんと買い物も出来るようだね。貨幣経済にも対応出来る。これなら問題なかろう」


 タラノフスキーのベーカリーでサンドイッチや焼きがし。コーヒー等を購入した卑弥呼がテーブルにつく。


「割れにくい勾玉で物々交換するとは二千年の間に世の中も随分変わりましたね。お釣りです」


「それはリーファ君にお小遣いとして渡しておいて」


「分かりました」


 ベルカフェ。新聞スタンド(街の北側にもあるが)。タラノフスキーベーカリー。

それらはミニスカトニック河の南イーストチャーチストリートに存在する店舗である。開店時間は月曜日から土曜日迄の午前五時から。日曜日は休み。

 平均的労働者及び学生はここで食事をし、工場へ。会社へ。駅へ。学校へと向かう。日曜日に仕事があるのは警官と泥棒くらいで普通のキリスト教徒は教会で礼拝に行く。

 ウィンゲート達がベルカフェで朝食を取っていると。


「クックック。見つけたぞ・・・」


 ボサボサの黒髪にダサいマント。背中に大剣。どことなく街の服屋で衣装を新調する前のリーファに雰囲気が似てなくもない。

 人種はアジア系。しかし話す言葉は流暢な英語だった。


「何だ。鑑定太郎か」


 鑑定太郎と呼ばれたダサマントは盛大にスッ転んで隣のテーブルに突っ込む。モーニングセットが床に散らばってしまったのでカフェで朝食を取っていた客達はいい迷惑だ。


「迷惑かけてすまないね君達。これでベーカリーで代わりの朝食を購入してくれ」


 ダイアー教授は隣のテーブルにいた客に紙幣を渡す。


「お前の知り合いか。リーファ?」


「一応私の知っている中では最も弱いヤツだ。ヤツの名前は鑑定太郎。戦闘能力も低く、ゴブリンより弱いと噂されているのだ」


「こ、コケにしやがって・・・。だがオレは気づいたのだ!オレこそが最強!この鑑定能力で今までオレを見下していた連中を総て見返してやる!いや違う!マイルズ様。いやマイルズを凌駕し、オレこそがこの世の支配者、帝王となるっ!」


「うむ。若者らしき良い夢だな。関心関心」


「まずは貴様から鑑定してやるクソジジイ!鑑定!」


 鑑定太郎は叫んだ。


「名前。ウィリアム・ダイアー。職業。大学教授。クックッ。解る、解るぞ!貴様の全てがっ!十五年前に大勢の仲間を見殺しにしたな?この人でなし目がっ!!」


「南極探検に行った時の事かな?レイク隊から絶対に来るなという通信があったけど救出隊編成して向かったんだよね。到着した時にはもう全滅してたけど。そのあと化け物の住みかはちゃんとダイナマイトで壊しておいたけど」


 ダイアー教授はタバコを一本取り出し、火をつけ。一服した。

 そして一言。


「君。鑑定、鑑定、官邸、艦艇と言うが。本当に見えているのかね?表面的な物だけ見て、『その本質を理解しようとはしない』じゃあないのかねえ?」


 煙を吐きながらダイアー教授は呟き、タバコを投げ棄てる。


「舐めやがってジジイ!オレ様の鑑定能力を侮ったことを後悔するが良い!殺してやる!!ジジイ!貴様の寿命は!あと、二十、二年!!もっと具体的に言うと千九百六十二年十月二十九日にキューバで死ぬっ!!」


「な、何と言う事だ、私はあと二十二年しか生きられないのか・・・」


 崩れ落ちるダイアー教授。


「うおい!しっかりしろ教授!!」


「私はもうダメだあ。きっとカリブ海のキューバで熱病に冒されて死ぬんだあ・・・」


 逆に考えるんだダイアー、五十才から確定で二十二年生きられるようになったんだと。


「フフン、貴様の運命はもう決まっているのだ。ジジイ!貴様はキューバで死ぬっ!次はお前を鑑定してやるぞ小僧!!」


「や、やめろおおおお!!!」


 鑑定太郎はウィンゲートを鑑定し始めた。


「ウィンゲート。二十歳。学生。彼女いない歴女二十年。童貞。ふん、ゴミめ」


「な、なんて恐ろしい能力なんだ!そんな事まで判ってしまうなんて・・・」


「そうか?」


 リーファは冷めた目を向ける。


「そうやって澄ました顔をしていられるのも今のうちだ。貴様も我が鑑定の餌食になるのだっ!」


「朝五時だというのに寝言を。マイルズ様に逆らう愚か者め。ここで葬ってやろう」


 リーファは手斧を取り出すと鑑定太郎目掛け振りかぶった。ヴァイオリンを演奏するかのような戦場に鳴り響く華麗な合奏。しかし!


「鑑定(回避)!」


「なにっ!」


 鑑定太郎はリーファの手斧の一撃を電気トースターのトースターの挿入口一つ分の幅で見事に避けきった。


「くくく!貴様の攻撃を『鑑定』してやったぞ?次はオレ様の番だ。食らえ!鑑定(必中)!」


「くっ!」


 鑑定太郎の攻撃を警戒し、用心深く大きめの回避行動を取るリーファ。しかし。


「ぐあっ!」


 悶絶しながら店内の床を転がるリーファ。


「はーっふっはっ!貴様の回避を、『鑑定』したぞ?さあ、トドメだ・・・」


「あのう」


 やや間延びした声。眼鏡をかけた、髪の毛の長い。ロングドレスの白人女性。


「あまり騒がれるとお店の方や他のお客さんの御迷惑になると想うのですが」


「くく、オレ様の最強の力を認識出来ないとは。哀れなヤツだな。貴様も鑑定してやる。鑑定!!」


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