12話:タンたん死す!!

 のこぎりを片手に、お風呂場に現れたストーカー娘:タンたん。

 彼女の指示通り、俺は閻魔王の娘:ネックの姿を瞼の裏に思い浮かべる――。


 髪の毛は白、瞳は血の赤。

 華奢で小さな身体に黒い水着を着せて、帽子をかぶせて、マントを羽織らせて、鞭を持たせたら完了だ。

 まぁ可愛いっちゃ可愛いが、それだけだな。


「言われた通り思い浮かべたぞ? これで終わりか?」


「そしたらタツヲちゃん、次は頭の中で、その泥棒猫を“裸にひん剥いて”」


「は? 何でそんな事を……」


「いいから」


 ――ふむ。

 よくわからんが、やれと言われればやるまでだ。

 とりあえずネックの水着を上下ともにいで、大事な部分はモザイク処理をかけて……可哀想だから、帽子とマントは残しておく。


 ……うむ、我ながらいい仕事をしたぞ。

 服を全部を脱がすより、部分的にあえて残した方が可愛らしい。


 考えなしに全部脱がせるのは、安直で愚かな発想だ――という世界の真理に辿り着いたのは良しとして。


「おいタンたん、妄想の中でアイツを裸にしたからって何なんだ? 俺はこんな特殊過ぎる遊びに興味はねぇんだが」


「次が……最後ね」

 そう口にするタンたんの声は、これまでで一番真剣な声だった。

「タツヲちゃん、裸にした泥棒猫に『……大好き』って、上目遣いで恥ずかしそうに言わせてみて」


「は? だから何でそんな事を……」


「いいから」


 ――ふむ。

 よくわからんが、これが最後ならやってやろう。

 裸のネックを上目遣いにして、頬を赤らめた恥ずかしそうな顔で『……大好き』と言わせた。



 お、俺も大好きだぁぁああーーーーッ!!!!



 とは、流石にならない。

 まぁ可愛いっちゃ可愛いがそれだけだな。


 ってか、マジで一体なんだこりゃ?

 意味が分からない。

 あまりにも意味が分からないので、ついでに俺はネックをタンたんに差し替えて、裸のタンたんに上目遣いで『……大好き』と言わせてみた。


 今まで何度も「好き」とか「愛してる」みたいな台詞はタンたんから訊いていたけど……うむ、いいなこれ。

 やっぱり裸で言われるのは違うな。

 タンたん、顔も普通に可愛いし――。



 ガキンッ!!



「ッ!?」


 唐突に、俺は腹に違和感を覚える。

 予想で語ると、“俺の腹にノコギリがぶつかった音”だ。

 俺の皮膚は強固なのでグサッと中まで刺さってはいないが、タンたんの振るったノコギリが俺の腹を捉えたのは間違いない。


 これは流石に目を瞑っている訳にもいかないだろう。


「おい、いきなり何すんだよ? 俺じゃなきゃ今ので死んでたぞ?」


「……反応した。“タツヲちゃんのドラゴン”が」


「――へ?」


 俺はギョッとする。

「ドラゴンが反応した」と意味不明なことを口にするタンたんが、今にも泣き出しそうな顔だったのだ。

 そしてそんな彼女の視線は今、俺のアソコを一点集中で捉えている。


 ……あぁ、俺のドラゴンって“それ”ね。


 と思った時には、ギロリッ。

 タンたんが俺を睨む。


「反応したッ……タツヲちゃんのドラゴンが、私以外の女にッ!!」


「いやいや、これは別にそういう訳じゃ……」


「やっぱり私が保管しておかなきゃ駄目みたい。タツヲちゃんのドラゴンを“斬って”でも……ッ!!」


「ふぁッ!? どんな発想だそれは!? いやいや待て待てッ、早まるな!! これは別にネックの裸に反応した訳じゃねぇよ!!」


「じゃあ何に反応したって言うの!? どうせあの泥棒猫でしょ!?」


 大粒の涙を流しながら、タンたんがつま先立ちで俺の首を掴み、密着してくる。

 おかげで彼女の程よい胸が、俺のへそ辺りにむぎゅむぎゅっと押し当てられ――何だこれ? 柔らかすぎるんですけど?


 って、そんな幸福を噛み締めている場合ではない。


「言ってッ、何に反応したの!? 言わなきゃ『擬人化ヒトマネ』でドラゴンに戻すよッ!?」


「わ、わかったッ、正直に言うから落ち着け!!」


「ふぅッ、ふぅッ、ふうッ……」


 駄目だ、涙目の瞳が血走っている。

 適当に誤魔化すことは不可能で、そもそも本気の彼女に嘘を吐くことも憚られる。


 ――いいだろう。

 俺の言葉でこの場が治まるなら、言ってやる。


「タツヲちゃん、本当のことを言って。一体何に反応したの?」


「お前だよ。言わせんな」


「……へ?」


「ネックの代わりに、お前を想像しながら『大好き』って言わせたんだ。そしたら“こう”なった。本当だぞ」


「え? え? そ、それってつまり……」


 タンたんが言葉に詰まり、そして――“感電”。





「ん~~~~ッ!!」





 いや、感電は嘘だ。

 電気ショックでも受けたかの様に「ビクビクビクッ!!」と震えただけで、実際に感電した訳ではない。

 実際に感電した訳ではないが、それでも彼女は大きく身体を振るわせた後、「ドボンッ」と湯船に倒れ込んだ。


「お、おい……大丈夫か?」


 窒息しない様に顔を湯船の上に出してやると、タンたんは相変わらず恍惚の表情で俺を見て、そしてヘビみたいに「ニタァ~」と笑う。


「はぁはぁ……嬉しさだけで昇天しちゃった」


 そしてタンたんは、俺の腕の中で眠りについた。


「………………」


 俺は思う。


 だ、駄目だコイツゥゥィゥウウウウーーーーッ!!!!

 早く何とかしないとッ!!!!



 ■



 ~ 1週間後 ~


 “今”になって思えば、俺はそうやって「はしゃいでいた」だけなのかも知れない。

 ちょっと下品でラブコメ的な状況を、内心は喜びつつも困った振りをしながら“楽しんでいた”だけ。


 正直、タンたんの作る飯は美味い。

 細かな気配りも出来るし、控えめに言っても恵まれたルックスの持ち主だ。

 愛が重すぎるという点を除けば、理想のお嫁さんと言っても過言ではないだろう。


 目の下のクマはずっと酷いけど。

 それでもヘビみたいに「ニタァ~」と笑う彼女の顔が、俺は少しずつ愛しく思い始めていた。 

 そんなタンたんとの生活を、俺は「1週間」も楽しんだのだ。


 そして迎えた8日目の朝に――タンたんは死んだ。



 ――――――――

*あとがき

これにて【1章:転生編】は完結です。

ここまで「そっ閉じ」しなかった勇気ある読者の皆様は、次々話から始まる【2章:魂の救済編】で死んだヒロインを助けに行きましょう。


(次話は「1分で読める【1章:転生編】のおさらい」を挟みます。ついでに「タンたん」のデザイン画も載せますが、こちらはスルーして貰っても構わないです。というか、既に「近況ノート」に載せているので、そちらのリンク先を張るだけだったり)


「続きに期待」と思って頂けた方、作品をフォローして頂ければ幸いです。


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