11

「君は、自分で自分を冷静に見つめることができる」

「……ええ」

「最近の自分を、どう感じている」


 私は少し躊躇った。だが、監督を前に逃げ出すわけにはいかなかった。


「少々……苛立っているようです」

「それは、なぜだと思う」


 監督は謎解きのように問いかけてくる。私は軽く頭を振った。バーン監督は優しい。しかし甘やかしてくれるわけではない。そして、私は子供ではない。


「それは……おそらくピエールがいなくなったからです」


 漠然としていた靄が言葉とともに吐き出された。


「彼がいなくなり、代わりに日本からあの青年が現れた……その理不尽さに、納得がいかないのです」 


 監督は求めていた回答が提出されたかのように、深く頷いた。


「結局……八つ当たりしてしまったのです」


 苦く笑った。自分の未熟さと向きあうのが苦しかった。


「ピエール・ブリアンは立派なチームメイトだった。君が怒るのも、もっともだよ。しかし、怒る相手は別にいる」


 私はうなだれたまま、足下を見つめた。あのとき、私の言葉に見せた表情が繰り返し浮かんできた。悔しげで、辛そうで、哀しそうな……


「彼を探します」

「その前に、君に聞いて欲しいことがある」


 監督は腕を組み、少しの間沈黙した。私への適切な言葉を探しているようだった。


「アイは、ずっと悩んでいたんだ。君を怒らせてしまったのではないかとね」

「……どういうことです?」


 意味が理解できない。なぜ私が怒ったからといって、彼が悩むのだ。


「君に初めて会った時、アイはとても緊張していた。そのせいで口がまわらず、態度もぶっきらぼうになってしまった。アイはひどくシャイな性格なんだ。憧れの選手を前にすると、その性格が災いして、失礼な態度をとってしまう癖があるんだ」

「……いま、何と言いました?」


 憧れの選手? 誰のことだろう?

 バーン監督は訝る私の肩にそっと手をおいた。穏やかに微笑していた。


「君だよ、ヴィクトール。アイが憧れて、心から尊敬している選手が、君なんだ」


 私は監督を見つめたまま絶句した。信じられなかった。


「……し、しかし、私は彼に嫌われていて……」


 会うたびに睨まれ、顔を背けられていた。それらが全て、内気な性格のゆえだと?


「だから、アイは誤解されやすい」


 監督は父親のように擁護した。


「私はまだアイが学生だった頃、ドイツで会ったことがある。アイは留学生だった。サッカークラブの下部組織に入っていて、やはり周囲とうまくいっていなかった。その内向的な性格が、壁をつくっていたんだ。しかし、サッカーの才能は光っていた」


 告白は驚きだった。だが以前からの知り合いであれば、彼のことをよくわかっていて当然である。監督の言葉に嘘はないだろう。


「君は、アイの実力をどう見ている?」

「素晴らしいと思います」


 自国開催のワールドカップを制覇したフランス代表チーム「レ・ブリュー」の一員として、その年のヨーロッパ年間最優秀選手賞を受賞した名誉にかけて答えた。


「もっと正確なシュートを打てるようになれば、一流のストライカーになれます」

「君の言うとおりだ。しかしアイは不調だ。実力を発揮できていない」


 残念そうに、小さく息を吐く。


「実は、君と会った後、泣きそうだったんだよ。君に嫌われてしまったのではないかとね。彼はまだ若い。そのことで、サッカーに集中できなくなってしまったようなんだ」


 私は俯いて、唇を噛んだ。折にふれて監督が気遣っていた理由に、ようやく思い立った。監督もまた心を痛めていたのだ。私にもう少し思いやる気持ちがあれば、誰も傷つかなかったのだ。レインのように。


「話してくださって感謝します」


 外から伸びてくる影は、夜の到来を告げる。時間がない。


「お願いですから、もう一つだけ教えていただきたいのです」


 たとえ救いようのない愚か者であろうとも、私には絶対にやらなければならないことができた。

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