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 次の土曜日に行われた第二節は、ニューカッスルに本拠地をおく「ロウバー」と対戦した。前期三位のクラブで、ヨーロッパクラブの覇者を決めるチャンピオンズリーグでも、決勝トーナメントまで進んだ強豪である。けして侮れないチームだ。

 試合場所は彼らの本拠地であるジェラスタースタジアムで、我々にとっては今期初アウェーである。ピッチに足を踏み入れると、吼えるようなブーイングで大歓迎してくれた。

 試合結果は一対〇で、我々が勝利した。後半開始早々、ゲイリーが芸術的なロングシュートを鮮やかに決め、勝負があった。その時のサポーターたちの地を這うようなため息は、私たちの勲章である。彼らのブーイングに報いることができて、とても嬉しい。

 つづく第三節、第四節のゲームも勝利した。開幕戦から全勝しているのは、ノーザンプールと、前期準優勝した「ハイリー」だけである。今のところ、この二チームが首位を飾り、優勝レースへ一歩抜きん出た形になっている。

 九月に入り、一週目の土曜日、第五節のゲームが行われた。相手は目下最下位の「ランバートン」で、スタジアムは我々のホームである。試合開始三時間前に集合すると、もう真っ赤なユニフォーム姿のサポーターが数多く見られた。私たちは彼らの声援を浴びながら、ドレッシングルームへ向かった。

 上下揃いの背広服に袖をとおしたバーン監督は、今日の先発メンバーを発表した。少なからず、驚きの声があがった。

 ゴールキーパーは不動のヴァレッティ、ディフェンダー四人も変わらない。中盤の四人は、ケリーに代わって、左サイドハーフにペレイラが入った。ケリーは第四節の試合で、足首を捻挫してしまったのである。

 そしてフォワードには、ゲイリーとアイ・イソザキの名前が呼ばれた。


「最下位のチームであろうとも、気をぬかず、全力で戦って欲しい。君たちが勝利することを願っている」


 私たちは黙って頷いた。だが何人かのチームメイトは、明らかに今日の先発メンバーに納得がいかないようであった。

 試合開始時刻になり、スタジアムのピッチへ入場した。開幕戦の時と同じ大歓声が出迎えてくれる。審判三人を挟んで、黒いユニフォーム姿のランバートンの選手と横一列に並んだ。


「いったい、どうなっているんだ」


 隣に立つギルが、私にだけ聞こえるように言った。


「何がだい?」

「とぼけるな」


 ギルは冷笑している。


「私には関係ないことだ」


 自分でもぞっとするほど冷たい声だった。

 いつものように円陣を組んだあと、私たちはピッチ上に散らばった。試合はノーザンプールのキックオフではじまった。

 ランバートンの選手は、驢馬のようにまとまりのない動き方で立ち向かってきた。その穴の開いた連携を、さらに細切れにするため、我々はパスを繰り返した。ランバートンの選手はみじん切りにでもされているような心境だったかもしれない。

 チャンスは、先に我々にきた。

 ゴール近くに、ゲイリーがいる。だが、相手のディフェンダーがしつこくマークをしている。

 視界に、相手ディフェンダーを交わして走る小柄な影が映った。しかし私は自分でシュートを打った。ボールはゴールポストを大きく外れた。

 私はすぐに背を向けて、中盤に下がった。

 相手のゴールキーパーがボールを投げて、今度はランバートンの攻撃に移る。サイドの選手が攻撃の基点で、サイドを切り崩して、ゴールを狙うのが彼らの基本である。だが、ペレイラが素早くボールを奪うと、まるで宙を飛ぶようにドリブルをした。

 中盤をぬけて、ペレイラはバートンへパスをした。バートンはしっかりとボールをキープして、私へ繋ぐ。

 私は相手の動きを観察しながらドリブルをした。

 ゲイリーがディフェンダーにフェイントをかけて、マークを交わす。すかさず私はロングパスをおくった。ゲイリーは足を伸ばしたが、ゴールキーパーに防がれた。

 ランバートンとの試合は、実に味気のない展開になった。我々が一方的に攻めているのだが、シュートが決まらない。相手の選手はみな風邪でも引いているのか、動きが鈍くてやる気が見られない。その気配がこちらへも徐々に伝染してきたようで、前半も三十分を過ぎた辺りには、我々の動きも緩慢になってきた。サポーターの目にもつまらなく映ってきたのか、我々に対するブーイングが散発的に起こった。しっかりやれということだ。

 私は相手陣営のコーナーまでドリブルで駆けあがると、左サイドをあがってきたペレイラにボールを回した。

 ペレイラはディフェンダーを退けて、ゴール前に正確なクロスをあげる。それに頭であわせたのは、バートンだった。しかしキーパーが捨て身でぶつかり、ボールはゴールラインの外へ出た。

 コーナーキックは私がやった。ボールを貰って、指定の位置に立つ。ゴール前では、黒と赤のユニフォームがモザイク模様をつくっている。

 ざっと見回した。ゲイリー、ペレイラ、バートン、ギルの他、スターンやエヴァレットまで上がっている。ランバートンの選手はほぼ全員下がって、ゴール前をかためている。

 咄嗟に小柄な姿が、選手の間から飛び出た。一瞬の動きである。

 私は鋭くボールを蹴った。ボールは低めで急なカーブをえがく。

 選手たちはいっせいに横走りになった。私が狙ったのは、ペレイラである。

 ゴール前でやや右寄りにいたペレイラは、私の期待に裏切らず、きちんと頭をあわせた。決まったと思ったが、クロスバーに嫌われた。 

 一事が万事この調子で、後半に入っても、シュート数は圧倒したのだが、肝心の得点が決まらなかった。最後のアディショナルタイムには、サポーターのブーイングが飛び交い、いったいどちらがホームで戦っているのかわからなくなってしまった。

 試合は引き分けで終了した。ドレッシングルームへ戻る我々の足取りは重く、誰もが今日の試合に落胆していた。どう考えても絶対に勝てる試合だった。

 バーン監督も多くを語らず、ドレッシングルームを出て行ってしまった。みんな無駄口を叩かず、黙々と支度をしている。いつもは陽気なゲイリーやスターンも口数が少ない。ドレッシングルーム中が泥濘に嵌まったような空気に覆われている。 

 私は近くのベンチに腰かけた。白いタオルを首に回し、背中を丸めてうなだれた。疲れていた。開幕戦からずっと疲労の鎖に縛られている。その鎖は重さを増している。去年に比べると、サッカーに集中する状態が維持できていない。

 不意に、私の前に誰かが立った。

 首を後ろに曲げて見上げると、黒髪の小柄な青年が私を見下ろしていた。

 彼だった。

 まだ少年の幼さが色濃く残る顔立ちを、まっすぐに私へ向けている。肌が上気しているのは、熱いシャワーを浴びたせいだろう。まだ髪は濡れているが、気にする様子もない。今日の試合は最後までピッチを駆け巡っていたので、疲れているはずなのだが、そういった気配もない。

 彼は黙って私を見つめていた。二つの黒い瞳には奇妙な光が揺らいでいる。私は訝しげに目を細めた。すると彼の瞳にともっていた光が、俄かに熱を帯びた。


「――どうして」


 ようやく、貝のようにぴったりとくっついていた口が開いた。正確な英語だった。


「どうして、ボールを回してくれなかったんですか」


 私はタオルで顔や首を拭いた。汗臭い匂いが鼻を刺激し、思わず眉を顰めた。


「自分はフリーでした。あなたも見ていたはずです。ゴール前で何度も……それなのに、どうしてボールを回してくれなかったんですか。もし回してくれていたら……」


 タオルで頭も拭いた。私の汗でひどいことになっている。早くシャワーを浴びてさっぱりしたい。


「俺の言葉は通じていますか」

「勿論だとも」


 私はゆっくりと腰をあげた。立ちあがれば、見上げなくてすむ。今度は彼が首を思いっきり曲げて、私を仰ぐ番だ。

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