第7話 五月二日‐昼休み/プレパレイション
「ちゃーっす! 岩室先輩たちいますー?」
「おっ、オキムツコンビ、やっぱ来たな!」
「レベレンが二人分保管庫に入ってたから、たぶん来るだろうとは思ってたけどな。っし、対戦しよーぜ対戦。今総当たり戦やってるとこだから!」
ゲー研の部室に入るや、そんなにぎやかな声が耳を打つ。ゲー研の部室は、基本一クラス五十人である月枕塾の教室の半分くらいの広さがあり、カーペットが敷かれた上でそこここにクッションが転がっている。要所にはソファまで用意してあるとあって、ごろごろしながらゲームを楽しむのには最高の環境になっているのだ。
部員全員が集まったならさすがにこの広さでも窮屈ではあるだろうけど、一応部員はいくつかの班というか派閥というかに分かれていて、それによってだいたいの部室を使える日が決まっている。その日以外は来ちゃ駄目ってわけじゃないけど、やっぱり微妙に肩身が狭いというか、思う存分部室を満喫できない感はあった。
なので、『Another Head』発売の翌日である今日、部室を確保してくれた先輩には心から感謝したい、と思っていたわけだけど。
「………あの、加賀副部長は? どこか行ってるんですか?」
僕たちの班――VRマシンを使ったゲームを主に楽しむ班(一応最大派閥)のトップである、加賀副部長の姿が見えないので、僕は部内でも一番親しくしてくれている、岩室先輩と樋口先輩(どちらも高二男子)にこっそり訊ねた。すると二人は小さく苦笑して、わいわいと総当たり戦を楽しんでいる面子に聞こえないように耳打ちしてくれる。
「ザクシスから電話かかってきたんだよ」
「今日俺らが集まってプレイした時のデータやらなんやら、ザクシスに送ることになってたんだけどさ」
「そのデータを収集するソフトにバグがあったとかなんとか。今修正作業の真っ最中ってとこ」
「うわ……た、大変ですね、いつもながら……」
ザクシスは主にVRマシンを用いたゲームを開発している会社なので、いまだにゲームのハードとして使うにはだいぶお高いVRGを中心にプレイするうちの班が部内で最大になってるわけだけど、あれこれゲームライフをサポートしてもらってる分、負わなくちゃいけない責任も大きい。
加賀副部長は玄人はだしのプログラム技術を持っているので、こういうちょっとしたバグの修正なんかを任されることも多いんだそうだ。隣の電脳部の機材を使って(そのために電脳部にはザクシスがある程度の投資をしてくれている。バイトとして下請け作業なんかもさせられてるけど)、ひぃひぃ言いながらデータを打ち込んでいるところを、よく見かける。
「でもま、データの収集自体には問題ねーらしいから」
「お前らもプレイ始めちゃっていいぜ? 待ってらんねーだろ、さすがに」
「あっ、ありがとうございますっ!」
思わず歓声を上げておっきーを見ると、おっきーもにやっと嬉しげに笑いつつ、『レベレイション』を掲げてくれた。わいわいと対戦を楽しんでいる班の仲間の横で、僕たちも同様にVRマシンを頭に装着し、カーペットの上にごろりと寝転がる。
――VRマシンはだいたいそうだけれど、『レベレイション』も、頭に装着し、起動の意志を
今回のタイトル映像は、木漏れ日が降り注ぐ初夏の森だった。空から降り注ぐ眩しい光は、すべて緑の屋根に遮られて、肌に触れるころにはあえかな熱を伝えるだけ。のみならず木の枝にみっしり生い茂った緑葉の間から、きらきらと白く光を当てたガラス細工のような輝きの景観をもたらしてくれている。肌に触れる心地よい涼風も含めて、しばらくこの映像を堪能したくなってしまう見事さだったけれど、さすがに今回はそういうわけにもいかない。
ええと対戦はどういう風にやるんだっけ、AIガイドとか呼び出した方がいいのかな、と僕があれこれ考えだすのとほぼ同時に、おっきーの軽やかな声が周囲に響いた。
『むっくんむっくん! 聞こえてっかー? 聞こえてんだったら普通の声でいいんで、聞こえてるよーっつってくれなー』
「あっ……き、聞こえてるよー! え、あれ、これ、もう繋がってる?」
『繋がってる繋がってる。むっくん、貸したVRマシンでのゲームプレイは何度もやったことあんだろ? あれと基本は一緒。レベレンはそこそこユーザーインターフェースは強化してっけど、別に頼んなくてもだいじょーぶなくらい簡単操作だから』
「う、うん……」
『基本、レベレンはゲームのアカウントさえ作っとけば、セットされてるゲームを自動的に起動してくれっけど、『このゲームをプレイしたい!』って強く意識しとけば、セットされてるソフトとは別のインストールされたゲームを起動することもできる。ただ、まーそっちの方法はちっとコツがいるんで、慣れるまでは特に意識とかしないで、ソフトをセットした状態で起動、そのソフトをプレイ、ってやった方がいいぜ』
「うん……っていうか、僕まだ『Another Head』しか『レベレイション』のソフト買ってないし……」
『あー、そっかそっか。わりわり。んじゃま、起動状態からの対戦の仕方教えるな』
「うんっ!」
『基本レベレンは起動すればすぐネットワークに繋いでくれるから、近くでアヘドを起動状態にしてるプレイヤーとは、もう対戦の準備ができてる状態、って言っていい。こーいう風に俺が声届けることができてんのも、その関係な。まーID登録なしで、繋がってる相手の誰に声を届けるか選択できるようになるのは、これまたちっとコツがいる。まーこれは後でな』
「うん」
『んじゃまずID登録な。フレンド登録しちゃっていいよな?』
「うん!」
『ほい、んじゃ『ID登録、色摩意次』って
「え、本名出しちゃっていいの?」
『うん、レベレンのフレンド登録って何段階かあってさ、一般的なフレンド登録……ネットで知り合った相手くらいだったら本名とか不要、ってか本名出したら警音鳴らすセキュリティあるぐらいなんだけどさ、リアルでも知り合ってて相手の名前も住所も氏素性も全部お互いに知り合ってるよーな関係でフレ登録すっと、ちっとできることが増えんだよな。ちなみにレベレンのIDとか登録とかそこらへんは、使用者の無意識も込みでチェックして、問題行動っつーか問題のあることを考えてる時点で、即時警音鳴らしたり回線遮断したりっつーセキュリティがあるんで、詐欺とかは心配しなくていい』
「あ、そこらへんは前に教えてくれたよね」
『あー、そだな、前に言ったか。まーセキュリティがしっかりしてるからって油断すんのはよくねーし、くり返しは記憶定着の基本ってことで』
「あはは、うん、ありがとう。それじゃ……ID登録、色摩意次」
ぴこん、と音がして目の前にウィンドウが開く。『色摩意次のIDを登録しました。色摩意次をAフレンドに登録しました』とメッセージが表示された。
「このAフレンドっていうのが、そのちょっとできることが増えるフレンドってやつ?」
『そうそう。んで、フレンドとはどっちもネットワークに繋がってる時は、どっちかが他の奴と対戦してるとかじゃなければ基本いつでも対戦できっから。まぁ、断ることもできっけど。とりあえず、俺の方から対戦申し込みすっから、一回それ断って? んで、今度はむっくんの方からおんなじ感じで対戦申し込みしてくれたら、俺が受けて、対戦はじめっから』
「う、うん、わかった」
『よし。……むっくーん、対戦しよーぜっ!』
「へ!?」
僕があまりに適当というか、単に声をかけただけにしか思えない口ぶりに目を瞬かせる――のとほぼ同時に、目の前にウィンドウが開いた。『色摩意次から対戦の申し込みがありました。Y/N?』というメッセージが表示されている。
のみならず、僕の脳裏、というか僕の中のどこがそんな反応をしているか自分でもよくわからないんだけど、とにかく『なんとなくの感覚』で、『おっきーから対戦を申し込まれた』という事実が情報として感得される。『今僕はおっきーから『Another Head』の対戦を申し込まれて、今その返事を待ってもらっている状態だ』というのが、本当になんとなーくそんな風に感じるとしか言えないのだけど、事実として納得できてしまっているのだ。
これまで想像もしなかったような事態に、驚き困惑している僕に、おっきーは笑い声を響かせながら説明してくれる。
『求めてた反応ありがとさん。レベレンはユーザーインターフェースを強化してる、っつっただろ? 使用者が『今なにをしたいか』っていうだいたいの意識を読み取ってくれてるから、『正しい入力方法』にこだわらずに、超感覚的に動かせるっつーのもレベレンの魅力のひとつなわけよ』
「そ、そうなんだ……す、すごいね!」
『まーバグとかでレベレンがちゃんと動いてくれない時とか、使用者の方の意識がとっ散らかっててレベレンがまともに受け取れないとか、そーいう異常事態に備えてある程度『正しい入力方法』は覚えといた方がいいけど、普段使う分にはこんくらいの適当さで充分。声出した方が意識が切り替わりやすいからおすすめだけど、なんだったら口に出さないで考えるだけでもフツーに読み取って反応してくれっから』
「わ、わかった……え、えっと、いったんおっきーからの対戦申し込みを断る……で、いいんだよね?」
『そうそう』
おっきーがそう答えてくれるや否や、ウィンドウに表示された『N』の文字がぴこんと点滅し、ウィンドウが消える。わ、と驚く僕に、おっきーは笑って説明してくれた。
『今のは俺がむっくんの念押しに『それでいいよ』って答えを返したから、むっくんが心から『対戦を断るのでいいんだ』って納得できて、『対戦を断ろう』って意識を持った。それにレベレンが反応して、むっくんが『どうやって操作すればいいんだろう』とかあれこれ考える前に、『対戦を断る』って結果を導いてくれたわけな。こんな感じで、もう操作とか超感覚的にできっから、気楽にプレイしてくれて大丈夫だぜ』
「お、おおう……す、すごいね!」
なんだかさっきからすごいとしか言えてない感じだけど、ともあれその超技術(僕が知らないだけで使われてるところではとっくに実用化されてる技術だったのかもだけど)にテンションが上がって、よっしと意気込んで宣言する。
「おっきー、対戦してくれる!?」
同時にウィンドウが浮かび、『色摩意次に対戦の申し込みをしました。Y/N?』というメッセージが表示された。おおう、と思わず拳を握り締める僕に、おっきーはいつも通りの軽やかな声で説明してくれる。
『んで、俺がむっくんのに『対戦するよー』って意志を持ったら、ここで『Y』の文字が反応して、対戦が始まる。アヘドの対戦の仕組みは覚えてっか?』
「あ、うん。対戦が始まると、入力してあるデータの中からランダムで選択されたマップの、ランダムな位置にアバターが転送されるんだよね。それで気配を消すというか、相手に自分の位置を悟られないようにしながら相手の位置を探り当てて、奇襲したり罠を張ったり遠隔攻撃したりして倒すのが基本パターン……なんだったよね?」
『そそ。まーなんのかんので至近距離での殴り合いになるパターンもけっこーあるけどな。そんなわけで知覚とか探査とか、そーいう系の異能も重要になってくるわけよ』
「うん、覚えてる。あと、基本マップは現実の地形がそのまんま入力してあるんだよね? プレイヤーが住んでる近辺の地形が、選ばれる確率ちょっと高くなってるって」
『そそ。バイトで学校関連の地形をデータ化する手伝いとかさせられたりもしたしさ、対戦中に寮とか校舎とかがフツーに出てきたりもすっから、驚くなよ?』
「うわ……そ、それは盛り上がるね! なんか今すごい、『知り合いが作成の手伝いしたゲームをこれからプレイするんだ』って実感湧いた!」
『まー作成の手伝いっつってもバイトだから、言われたことはいはいってこなしただけだけどなー。あ、あとさ、アヘドって基本的には、アバターが登録者本人の姿そのまんまになるから、対戦中とか、安全地帯でのコミュニケーションとか、ネットでの知り合いや不特定多数に顔が見られるかもって場合は、セキュリティとしてアバターの顔も体型も『よくわかんない』って感じさせるように処理されっけど、Aフレンド……お互いの氏素性とか完璧に知り合ってる相手の場合は、顔も体型もフツーに見えっから。俺にいきなり襲いかかられてもビビんなよー? これそーいうゲームだから!』
「うん、大丈夫! むしろおっきー本人とガチでゲームで戦ってるんだって感じで燃えるから!」
『ほほう、言うじゃねーか。それじゃ……他になんか質問ある?』
「ない、大丈夫!」
『よっし。それじゃ……初対戦、スタートだ!』
おっきーが叫ぶのと同時に、周囲の映像がさぁっと白い光に溶け消える。眩い白光が視界を満たし、けれど網膜を焼くことなく新たな世界を映し出す。
在りようを変えた世界、僕たちが創り出した異能に支配される世界。初めて踏み出したその世界は――
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