Call,another cry
聿八路彰
第1話 アナザークリエイト
「――氏名、
目の前のウィンドウに無事『基礎情報を取得しました』と表示されたのを確認し、僕は思わず安堵の息をつく。おっきーには『脳内情報参照すると楽でいいぜ』と言われたものの、新しい技術でまだなじみがないというか、もし混線したらとかなにかの拍子で妙な反応したらとかいろいろ考えてしまって(特に僕がこういう入力系でなにかのミスをしないという自信がまるでないので)、最初の基礎情報ぐらいはちゃんと音声入力したかったのだ。
いよいよだ。僕は軽く息を吸ってから、力を込めて題名を告げる。
「ゲーム起動、『Another Head』」
数瞬の沈黙のあと、ウィンドウに『ゲーム『Another Head』を起動しました』というメッセージが流れると同時に、さっきまでどこまでも続く真っ白な空間しか見えなかった視界が、一気に切り替わる。一瞬完全な暗闇に包まれたと思ったら、彼方にひとつ星が輝き、そこから溢れ出すような勢いで星が生まれ、望遠鏡で見た銀河のごとく満天の星空となって視界を埋め尽くす。
かと思うとふいに目の前にひとひらの桜の花びらが舞い、花びらは怒濤の勢いで増えて桜吹雪となって、視界が埋め尽くされた次の瞬間には、満天の星空の下でときおり風で花びらが舞い散る桜の杜という光景へと変わった。僕は思わず「おぉ……」と感嘆の声を漏らしてしまう。
説明書を読む限り、ゲーム起動時のこの光景はいくつかの種類の中からランダムで映し出されるそうだが、いいものを引いた、というのが素直な感想だった。VRマシンを使ったのが初めてというわけではないが、正直これまでのものとは比べ物にならない。臨場感、目に見える光景の美しさ、顔に当たる風、そのどれもが圧倒的な現実感、というより現実そのものとしか思えない。まぁここまで見事な光景は、現実のどこを探してもそうそうないだろうけど。
今回僕が買った新発売のVRマシン、『レベレイション』の最大の特徴は、脳に作った映像を見せるのではなく、脳内の映像記憶を想起させる、という効果にあるらしい。ある意味夢を見ているみたいなもので、脳の方が勝手に細かいところまで映像を補完してくれるので、どれほど細かく作り込んだ映像よりも、現実感のある光景をローコストで楽しめるんだそうだ。
細かい理屈とかはよくわからないけど、こうも見事な光景を現実の光景そのままな臨場感で楽しめるというのはありがたい。お年玉貯金をはたいた甲斐はあったと思う。『レベレイション』を創ったアライン社は、基本医療方面で使う系のVRマシンを主に開発してるところらしいけど、今回ザクシスというゲーム会社と提携して、『レベレイション』発売と同時に『Another Head』を売り出した。たぶんすごく大変だったんじゃないかと思うけど、僕たちとしてはその英断に感謝するしかない。
ウィンドウに浮かぶ『START』の一文を感慨深く見つめ、音声入力する。
「『Another Head』、スタート」
とたん光景がまた切り替わる。今度見えたのはカードだった。どこか古めかしい、タロットカードの裏のような複雑な模様の描かれた、僕とさして大きさの変わらないカード(ちなみに僕の身長は現在158cmだ)。それが銀河のごとく輝く星空を背景に幾重にも僕を取り巻いたのだ。カードの連なりはそれこそ無限に広がっているかのようで、思わず胸がドキドキする。
ウィンドウに文字が表示された。
『あなたの異能を設計してください』
ごくりと唾を呑み込む。そう、『Another Head』の最大の特徴はこれだった。このゲームは、自分の好きなように異能――特殊能力を創り出せることを売りにした、
曲がりなりにも漫画とゲームに慣れ親しんだ男子中学生として、『異能』という言葉には胸がときめく。自分の異能を自分の好きなように設計できるとなればなおさらだ。お年玉貯金をはたいてまで『レベレイション』を買ったのは、おっきーに熱烈に誘われたというのもあるけど、『Another Head』というゲームそのものにかなり魅力を感じていたから、というのもあった。
ウィンドウに浮かぶ『設計チュートリアルを閲覧しますか?』というメッセージに「YES」と答える。続いて映し出された『設計チュートリアルの種別を選んでください』というメッセージに続いて表示された選択肢の中から、ちょっと考えて「AIガイド」を選択する。とたんぽんっ、と目の前にきらきら輝く銀の玉が出現し、AIガイドらしい特徴はないけど軽やかで涼やかな声で話しかけてくる。
「はじめまして、こんにちは! このたびは『Another Head』をお買い上げいただき誠にありがとうございます! 異能設計のチュートリアル、さっそく始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
「承知いたしました! では、まず確認させていただきたいのですが、田舎さまは異能設計について、どこまで詳しくご存知でしょうか?」
久々に姓を呼ばれて思わず呻く。名字で呼ばれるのがトラウマというほどではないが、少なくともあんまりいい思い出はない。
「ええと、僕を呼ぶときはむ……んー、ムーでお願いします。あと異能設計のやり方はほとんどなにも知りません。情報、あんまり入れないようにしてたんで……」
「承知いたしました、ムーさま。それでは最初からご説明いたしますね」
「お願いします」
「まず、『Another Head』においてプレイヤーの方々の分身となるキャラクターには、作成時におのおの1000点のAP――アナザーポイントが配布されます」
新たなウィンドウが浮かび、そこにステータス画面らしきものが浮かんだ。右上の『所持AP』と記入されている欄には、確かに『1000』と表示されている。
「APはそのキャラクターの異能をはじめとした、有利な強化を得るために必要なポイントとお考え下さい。このAPを使い、用意された異能の中から好きな能力を選んで買い物をする。ポイントの許す限り、好きな能力を好きなだけ買い、レベルを上げることができる。これが異能設計の基本のやり方となります」
言うやまた新たにウィンドウが浮かび、そこにざざーっと文章が表示される。そこには『火炎放射』や『レーザー発射』といった異能……というかスキルっぽいものがつらつらと書いてある。文章量は相当多そうだったが、ええー単にこういう風にアビリティ買うだけなのぉ、と相当がっかりした僕に、AIガイドは軽やかに続けた。
「もちろんこれはあくまで基本。ここからの応用が『Another Head』の真価です」
「! 続きお願いしますっ!」
「はい。まず、『異能を新たに作成する』という方法が取れます。既存の異能では目指す能力が表現できない、と考えられた場合、まったく新しい能力として当社の異能データバンクに申請し、認められた場合即座に新たな異能として全プレイヤーが習得可能となります」
「え、そんなことできるんですか! でもそれ時間かかるんじゃ……?」
「基本的に新しい異能のチェックは、フローチャートに基づいた機械的な判断によって定められるため、チェックにかかる時間は一瞬です。全プレイヤーがその異能を習得できるようになるまでには、担当者によるチェックが改めて必要になりますが、発案者の方がご自分で使用される分には問題ありません」
「なるほど……!」
「ただゲームとしてのバランスを保つため、異能の作成時にはAIガイドと相談しながら進めることを、スタッフからは強くお勧めいたします。データの細かい設定も必要になりますので、ある程度煩雑な計算も行わなければなりませんので」
「なるほど……」
「ですが、異能の新たな作成にはどうしても相当な手間と時間がかかります。そして、新たなデータとしてまだバランス調整を行えていない関係上、どうしてもAPのコストが高くなりがちです。ですので、こちらからお勧めいたしますのは、カスタマイズです」
「カスタマイズ……」
「たとえば、『手元から炎を放射する』という異能を、『炎の剣を創り出し、近接戦闘に使用する』というように改造するのです。こういった改造は、主に異能習得時のAPのコストを何パーセントか向上させる、という形で行われます。『炎の鞭を創り出し近接戦闘にも中距離戦闘にも使用し、命中した相手を捕縛する』というように、カスタマイズはいくつも重ねることが可能ですが、当然パーセンテージはその分上昇し、コストが余分にかかるわけですね」
「おぉ~……!」
新しく浮かんだウィンドウにつらつら書かれた文章を確認する。カスタマイズの種類というのは相当膨大なようだった。当然強力なものほど上昇するパーセンテージは高い。全体像を確認しようと思ってツリーの上部へ移動してみると、『制限カスタマイズ』という言葉が目に入った。
「これは……?」
「はい、カスタマイズには強化する形のものだけでなく、あえて異能を不便にしたり、なにか制限をつけることで、コストを抑えるという形のものもあるのです。必要なAPの値段を割引することによって、より高いレベルにしたり、新たな異能を習得したりできるわけですね。強化カスタマイズと制限カスタマイズ、この使い分けによってさまざまに異能を表現することが可能になります」
「ははぁ……」
「そしてもうひとつ。『レベレイション』の機能を用いた、まったく新しい形の強化方法があります」
「新しい形、ですか」
「はい。それは、『正統性強化』という方法です」
「……はい?」
意味がつかめず首を傾げた僕に、AIガイドはやはり軽やかに説明してくれる。
「簡単に申し上げれば、習得する異能が『もっともらしい』ほど、効果が向上するのです」
「……はい!?」
「『レベレイション』の神髄は脳による情報の補完。つまり、プレイヤーの方々ご自身の脳によって、異能の設定の正当性を審査していただくのです。プレイヤーの方々にとって、習得した異能のデータが、ご自身で作り上げた異能の設定にどれだけ沿っているか、設定した異能として正しいデータになっているかを確かめ、正しければ正しいほど効果が向上する、という仕組みがあるのです」
「な、なるほど……」
「もちろん異能の細かい設定をしたくない、という方には、この機能をオフにすることもできます。オンにしていたとしても、正当性がないとご自身で感じられた場合でも、より多くの異能を習得する中で設定を逸脱してしまった場合でも、効果が低くなるということはありません。正当性強化の分が失われるだけです。ゲームのスパイスの一種として、気軽にお楽しみください」
「お、おぉぉ……」
なるほど、つまりこれは、異能について全力で妄想すれば妄想するほど強くなれるシステムなわけか……! こ、これは正直燃える。中学生男子の妄想力を見せてやろうじゃないかという気になる! うああ、なんかすっごい気合入ってきたぁ!
「ええとっ! とりあえず、今ある異能のデータ、ざっと教えてもらってもいいですかね! 分類とか! 参考にするんで!」
「承知いたしました、ムーさま。まず現在の異能の分類は大きく分けて六つ。『攻撃系』『防御系』『環境操作系』『生体操作系』『作成系』『特殊系』になります」
「ふむふむ」
「まず、攻撃系は一般的なゲームのスキルなどにもあるような、敵や障害に向けてダメージを与える能力全般を指します。『手元から弾丸のように撃つ』というやり方を基本形として、異能のレベルが高くなればなるほどダメージが上がります。基本はそれだけというごく単純な異能ですが、それだけに発展させる方法は多種多様です。専用のカスタマイズ効果も一番多く、やろうと思えば大きく個性を出せる異能と言えるでしょう」
「ほうほう!」
「防御系はその防御版です。ただ一般的なゲームのスキルにあるものとは少々異なり、『視界内に壁を作る』というやり方が基本形となります。レベルが上がれば上がるほど防御効果が上がりますが、付帯効果が高まる、というのも大きいでしょう。『相手にダメージを与える防御壁』というものも作れますので、やろうと思えばこの系統だけで敵を倒すことも可能ですよ」
「なるほど~!」
「環境操作系は、キャラクターが存在する環境を変化させる異能です。具体例を挙げるならば、煙を作る、闇を作るといった煙幕や、電気系統を操ることで監視カメラを操作し敵の居所を突き止めたり、夜のフィールドで電気を落として敵を暗闇に閉じ込めたり、というように搦め手で戦場を有利に導く、という類の異能になります」
「え、そんなことできるんですか!」
「はい。『Another Head』は基本的に現実の地形からそのままフィールドを持ってきていますから、利用できる環境も多種多様。常に最高の能力を発揮できるとは限りませんが、図に当たれば敵を一方的に封殺することも可能です。異能を頭を使って使いこなしたい、という方には一番お勧めですね」
「ほうほうほう!」
「生体操作系は、主として敵や味方の状態を操作する異能です。一般的なゲームのスキルで言うならば、バフ・デバフ、そして回復スキルということになるでしょうか。ですが、通常のゲームと異なり、使用した異能は主に相手プレイヤーの方の感覚に影響します。たとえば魅了する異能がうまく働けば、かけられた相手は相手に逆らいたくない、と強く感じるようになりますが――」
「え、そ、それって倫理的にまずいんじゃ!?」
「もちろん、効果はその戦闘フィールド内のみのことですし、それ以前にオンラインVRマシンである以上、VR世界内での犯罪行為は即座に、マシンの停止及びアカウントの剥奪が行われますので」
「あ、そ、そっか……」
「それに、相手に魅了されたからといって、相手に絶対に逆らえないわけでも害せないわけでもないのです。どんなに逆らえない恐ろしい、あるいは好ましい相手だからといって、我を忘れて殴りかかることは、誰にだってありえるように」
「あ……」
「生物の状態は状況によって容易く変移します。強い意志で魅了を解くこともあれば、なんらかの衝撃で我に返る、ということもあるでしょう。仲間を強化する異能でも、相手の感覚に影響するため、かえって相手を不利にすることもありえます。そういった相手の感覚や状態を常に計算に入れる必要がありますので、強力ではありますが、使いこなすのが難しい、使いどころを選ぶ異能といえるかもしれません」
「そっかぁ……」
「作成系は、言葉通り、なんらかの物品を創り出す異能です。カテゴリの中には物品ではなく、生物や超自然的な存在を作成するための異能も含まれますので、カスタマイズすることで召喚術師や精霊使い、愛用の武器に命を吹き込む魔剣使い、巨大ロボのパイロットなどなどが再現できます。基本的に、『自分以外』と共に戦う異能については、このカテゴリに含まれるとお考え下さい」
「ふむふむ」
「特殊系は、これまでのどの異能にも含まれない類の異能です。たとえば時間停止や、時間の加速、減速、移動。瞬間移動。確率変動。状況のリセット。物理法則変化。などなど、普通ならば『反則』と呼ばれるような、特殊で強力な効果を持つ異能は、おおむねここに含まれると言えるでしょう」
「え、そんなのも使っちゃっていいんですか!」
「はい、もちろんです。『Another Head』はありとあらゆる異能を再現可能であることを謳い文句としておりますので。――ただ、『Another Head』はゲームですので、ゲームバランスを考えないわけにはまいりません。ですのでこの系統は大半が非常にコストが高く、実戦で自由自在に使うためには、初期の1000のAPすべてを投入したとしても、とても足りない仕様になっております。反則級の異能を自由自在に使いこなす、というイメージに実情を追いつかせるには、長い時間を費やした努力をすべて、その異能を使いこなすことに捧げる必要があるでしょう。残念ながら、実用性という点では最も低い異能と言わざるをえません」
「そ、そうですか……いやでも長時間プレイして稼いだAP突っ込んだら、普通に時間操ったり物理法則変えたりとかできちゃうってことですよね?」
「はい。ですが『Another Head』はゲームですので、ゲームバランス上、『無敵の異能』というものは存在しません。いかに反則としか思えない効果を持つ異能があろうとも、必ず打ち破る方法があり、勝てる方法があるのです。重要なのは異能をいかに使うか。強力な異能を有していたとしても、異能の効果に頼りきりでは初見殺しにしかなれません。自分の異能をいかに創り、いかに使い、いかに戦うか。想像の翼を膨らませて、楽しんでいただければと思います」
「おぉおお……」
思わず息が荒くなってしまう。いやこれ普通にすごい楽しみだな! 自分の創った異能で他の人の創った異能とバトル! しかも現実そのままの臨場感で! これ燃えない方が嘘だろマジで!
じゃあ、なら、僕はどうしよう。いろんな人の想像力がぶつかるバトルで、僕はどんなものを武器にして戦っていきたい?
AIガイドを前に、うーん、と僕は考え込んだ。
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