彷徨う兄 中編(アッシュ視点)
ヤツは……。
ルークは無能になった。
ヤツは武の才能が全くと言って良いほど無かった。
確かに、武の才能が無いだけでそれは無能ではないかもしれない。
だが、それは下民共にだけに許されるものだ。
我らは貴族だ。
テレストの貴族とは他国の侵略から誰よりも前に立ち上がり、誰よりも眩き光にならねばならん。
下民共を守って、何になるか知らんがそれでも貴族である以上、力を持ってその誇りを示せなければならん。
例え、それが戦争にあまり参加しない財務担当の家の生まれでも……
だが、
剣を持って、それを上手く扱えず。
槍を持って、それで突くことも出来ず。
短剣を持って、脚の遅さで全く活かされず。
何もかもが下手だった。
守りに対しても論外だ。
攻撃が当たった時の痛がる様も無様極まりない。
体術はほんの少しまだマシだったが、それでも意味がない。あれでは兵士の一人でも打ち取れはしない。
俺はヤツに興味を無くし、休憩に厠にでも行ってきた。
…………ん?
「げほ、お”え”っ”」
厠で先に入っていた者が居た。
ヤツの訓練相手だった騎士が胃のものを吐いていた。
「ふん、勉強だけが上手い子供相手に油断するとは……それでも我がアストラ家の騎士か?」
出てきた騎士にそう言った。
「アッシュ様!?……貴方もまだ子供なのですが……でも、確かに思ったより強烈なものを貰ってしまいました。子供と見て侮ってはならないと痛感いたしましたよ。では、失礼します……ああ……未だに腹部が痛い...。」
「…………。」
…………子供の腕力であんなに痛がるものか?
…………わからん。
◇ ◇ ◇
あれから一週間、遂にこの日が来た!
あの訓練からヤツの無能さが明らかになり、今ではヤツを褒め称える言葉が無くなった!
そして、これでヤツとの本当の差が明らかになる!
適性検査の日がやってきたのだ!
だが、ヤツはこともあろうことか、付いて行きたいと言ったのだ!
冗談ではない。
何故、ヤツを連れて行かなきゃならん?!
周りもヤツを止めようとしたが、
ヤツは突如泣き喚いたのだ!
「嫌だあ゛あ゛あ゛!!!俺゛も゛行゛き゛た゛
い゛!!!!あっ、もうちょっと気持ちを込めた方がいいかな?ボソッ...。」
「行゛き゛た゛い゛!!俺゛も゛一゛緒゛に゛連゛れ゛て゛い゛っ゛て゛ェ゛ー!!!」
明らかに演技だ!!
「ああー…………急がないと教会が人でいっぱいになりますので連れて行きましょう。」
「セッテ!?貴様、なにを!?」
「では、坊ちゃま方...急いで馬車に乗りましょう。」
それから馬車内から言い合いが続き、馬車に降りてそのまま馬車の出入り口を塞いだり、俺をぶっ飛ばした下民の娘を助けたり、更に言い合いし、散々な目にあった。
だが、それもこれで終わりだ。
目の前の水晶に触れる……。
何かが抜き取られた感覚したあと、水晶の色が変わった。
赤、緑そして、白。
火、風と光のトリプルだ!
そして、様々な武術スキルのオンパレードだ!
それが告げられた瞬間、下民共が全員俺を見た。
奴らはこの神父の発する言葉一つ一つに反応して俺を称えた。
これだ……これなのだ!
これが俺の求めていたものだ!
比べられ、何も期待されなかった!
必死に手を伸ばしても、誰も認めなかった!
俺が!俺が称えられるべきなのだ!
下民共の羨望の眼差しが満天の星空の輝きのよう、
神父とシスター共の賛称の声がまるで女神逹の祝福のようだ。
これでヤツを
そう、思っていたのだ。
俺は再びヤツの目の前に立った。
ヤツと面と向かうとあの3年前の記憶が蘇る。
『お前は認められたかったのか?』
ああ、認められたかったのだ。
『お前はこの檻みたいな小さな世界に認められたいのか?』
見ろ、この下民逹の喝采を。これでも小さいとでも言うのか?
「おめでとう、兄上」
嗚呼、やっと勝ったのだ。
「……それで?」
…………?
「その力、何に使うつもりなんだ?」
「……は?」
何を.....言っ……て…………?
「そんな力を持って何を成したいだ?」
何を言って...なにか……なにかを言わねば……。
「そ、それは戦争に……。」
「俺らのアストラ家は財務担当だし、今は魔族達と戦争してるとは言え、それを担当してるのは軍事担当のネブラス家だけど?」
「そ、それは。」
俺はまた3年前と同じ逃げるように目を逸らした。
だが、あの時の廊下と違い、ここは周りに人が居た。
逸らした先に奴らの目が、あの時のカラスと同じく、黒く、冷たく、まるで何もかも見透かすような瞳をしていた。
……や、やめろ。
…………やめろと言ってる!
……その目で、そのような目で俺を
『お前はあんな奴等の……誰かと比較してしか人の真価を計れない人たちに認められたいのか?』
見るな――――――
「すまん、説教などするつもりなかった。でもまぁ……兎に角、力があるっていうのはいいことだ。改めておめでとう、兄上よ。」
「…………。」
「じゃー、とっとと帰ろうか……セッテ。」
俺がいつ帰れたのかは覚えていない。
何故、力を欲したのか、
誰の為に力を欲したのか、
その力で何をしたかったのか。
それが頭の中からカラス達の目と一緒に混ざり合っていた。
俺は……もうそれを考えたくないから、
ベッドに逃げ込み、
奴らの視線を遮るために毛布を被り、
無理やり目を閉じた。
そして、次の日
「アッシュ坊ちゃま、起きて下さいませ。」
「…………良い、今は何もしたくない。」
「そうは行けません。坊ちゃまのてき「適性検査のことを言うな!!!」」
「…………。」
「…………。」
トトトン……と
俺がそう叫んだ後、扉から音が鳴った
「どなたでしょうか?」
と、セッテが返事した
「兄上、俺だ!」
扉の向こう側に居たのは……
今、最も会いたくない男だった。
それが朝一番にやってきた。
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