第49話

「おお……」

「なんか来た時からずっと驚いてるねー」


 キッチンの方へ歩いて行った理世が言う。

 仕方ないと思いたい。何帖あるのかわからないほど広いリビングと、もうサイズもわからない大きなテレビ。

 多分テレビの前のソファですら俺の家のベッドよりふかふかだと思う。


「自分ちみたいに楽にしててね」

「無茶言うな」

「あはは。あ、もしあれならゲームやって待ってる? ちょっと紅茶入れたりするから」


 キッチンから声をかけてくる理世だが……。


「ゲーム、この部屋にあるのか?」

「うん。パソコンは別の部屋にしてるけど、こっちにも置いてあるよ」


 基本的に俺たちがやり取りをするゲームはパソコンから操作するものが多い。

 俺なんかはコントローラーとかを全部手の届く範囲に置いてたけど、ここはそもそもゲーム要素が部屋から見いだせない。

 探しようがないくらい綺麗な部屋だ。

 そうこうしているうちに作業がひと段落ついたようで理世が一度こちらにやってきてくれた。


「ここに全部いれてるんだけど……」


 そう言ってテレビボードの下の引き出しを開いた理世だが……。


「あ……」

「ん? あ……」


 理世が見つけたものが俺の目にも入って、同じ反応になる。


「ちちちちがうの?! これは別にそういうつもりでってわけじゃなくて!」


 わかりやすく慌ててそれを手に取って背中に隠すが、その行動にどれだけ意味があるかもわからない。


「うぅ……違うのぉ……」


 一瞬見えたそれは、間違いなく沙羅がうちに置いていった例のものと同じ、ゴムだった。


「沙羅から押し付けられたりしたか?」

「ん? 沙羅ちゃんって焼き魚定食氏の妹ちゃんだっけ」

「ああ、まだつながってなかったか」


 そうだった。

 色々ありすぎて忘れていたがそもそもそれで言うと寧々ともつながってないんだよな……。近いうちに会って一緒に今回の件についてお礼を言った方がいい気がする。

 まあ今はいいだろう。


「あれ? そういう事情じゃないってことは……」

「わー! 違うから! ほら! 新品だし! 使ってない! 使う相手もいない! アキくんだけ! って違う! そういうことじゃなくてわあああああ」


 顔を真っ赤にして慌てていた。

 手までバタバタ動かすせいでせっかく隠したのに意味もなくなっている。

 沙羅に押し付けられた時には気づかなかったがサイズの違いがあるんだな……。なんか大きい人用とか書いてある……。


「これは違くて! その! もしアキくんのが大きくても大丈夫なようにって……大は小を兼ねると思って!」


 どんどんドツボにハマるな……。


「いやまあ、うちにもあるからそんな慌てなくても」


 フォローするつもりで言いかけたところ……。


「えっ!? アキくん! 誰に使ったの!?」

「使ってないから!?」

「ほんとに!? でもじゃあなんで! 私が行ったときはなかったよね!?」

「それはそうなんだけど……」

「私以外にもそういう相手がいるってこと?!」


 そもそも理世がそういう相手なのかが問題だが、とりあえず早めに誤解を解こう。


「えっと……まず沙羅が俺に押し付けてきたんだよ」

「なんで?」

「それは……俺も聞きたい。一応理世と使えって持ってきたみたいだったけど……」

「そうなの?」


 頬を染めて若干嬉しそうにする理世の心理が理解しきれない。


「じゃあアキくんも空けてないゴムが家にあるんだね」


 ちょっと恥ずかしそうに、若干嬉しそうに理世が言うんだが、この誤解も早めに解いておかないと後で大変なことになる気がするから先に言う。


「えっと……寧々が来た時に開けてる」

「えっ」


 あ……。

 伝える順番を間違えた。

 理世の顔がわかりやすく死んでいた。


「いや! 使ったわけじゃなく! 普通になんか開けてベタベタするとか言いながら捨てた!」

「寧々ちゃん……親戚の子って言ってたのがその子?」

「そうそう」


 そこからだった。

 俺も結構テンパって余裕がないな……。


「ふーん……そっかぁ……ふーん……」


 どんな顔をしていいかわからない様子で、視線をさまよわせる理世。

 気持ちはわかる……と思っていたら全くわからないことを言い出した。


「まあ、最終的にはアキくんが誰かとそういうことシててもいいんだけど……」


 強がりとか渋々とかいう顔ではなく、冷静に考えこみながらそんなことを言う。


「最終的にってどういうことだ」

「私が一番なら、それでいいよってこと」


 急に距離を詰めてきた理世がそう言う。

 顔を寄せた状態で、目を真っ直ぐ見てこられたせいでドキッとさせられた。

 そのせいで色々余裕がなくなったんだが……。


「一番って……」

「わかるでしょ? 付き合ったりは、今の私はアイドルだから出来ないけど」


 理世の顔が近づいてきて……。


「んっ」


 唇が触れ合うほど顔を近づけてくる。

 ただし、俺の唇に触れたのは、理世が自身の口に触れていた人差し指だ。

 妖艶にほほ笑む理世が急に大人びて見える。

 間違いなくその人差し指に俺の唇は触れたし、その先に理世の唇があった。 

 当然顔はこれ以上なく接近していて、ああこんなに近づいても理世は綺麗なんだな、なんて間抜けなことを考えている間に、あっという間に理世が離れていった。


「ドキドキした? ラップ越しにやったりするのは動画で見たことあったけど、これもいいね?」


 ニヤッと笑う理世を見ると謎の悔しさが湧き起るが、あいにく反撃する術は思いつかなかった。

 その間に良いように理世にペースを握られた。


「身体だけなら、別に許してあげるからね」

「理世が一番なら、か」

「そういうこと。他の子とシたくなったら先に私に言うように」


 本当によくわからない関係だなと思いながら、ひとまず頷くだけ頷いておいた。


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