第38話
「ああっ!」
「あっ!」
「んんんっ」
耳元で唸る理世の声が怪し気になっていくのに気を散らされながらも、きっちり狙いを外さずに回数を重ねていく彰人。
そして……。
「あっ! んー……あっ!」
「お、今回はいけるかも」
「ほんとにっ!?」
パッと表情を明るくさせて彰人と筐体を交互に見る理世。
そして……。
「取れたぁああああああ! すごいすごい!」
無邪気に喜ぶ理世がそのままの勢いで彰人に抱き着く。
回数的にもちょうど良かったし、財布のダメージも想定内。
取れたことにホッとしながら、取り出し口から巨大なぬいぐるみを取り出して理世に渡す。
「はい」
「いいのっ?!」
「そのために取ったから」
「やった……ありがと!」
ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる理世。
その絵になる姿を見ただけで彰人には後悔もなかった。
「あ、かかったお金は払うから」
だからこの理世の申し出も……。
「要らないよ。これはプレゼントってことにしたいから」
「プレゼント……そっか……そっか……ふふ」
さっきよりも柔らかい笑みで、改めてぬいぐるみを抱きしめ直す理世。
さっきよりも魅力的になるなんて思いもしなかった彰人からすればこれこそ不意打ちだったが、何か言う前に理世が動き出した。
「ねえアキくん。最後に一つだけ、付き合ってくれる?」
「いいけど、まだ何かあるのか?」
「うん。これが一番大事だから」
甘えるように理世が言う。
そのまま理世が先導して連れて行った先は……。
「ここ、俺が入っていいのか……?」
キラキラしたプリクラコーナーだった。
「ほらほら。女の子と一緒ならいいんだって!」
理世の言う通り、女性限定の文言の下に、女性連れの男性は入場可能、と書いてあった。
「にしても居心地が……」
「だめ?」
「わかっててやってるだろ」
理世のあざといお願いにいつまでも騙される彰人ではない。
あからさまに上目遣いで頼んでくる理世は断られないように狙って表情を作っていた。
「あはは。まあでも、撮りたいのはほんとなんだけど」
今度は本気だ。
今度こそもう、断れないお願いになっていた。
「まあ、撮りたいならいいよ」
「えへへ。ありがと! じゃあ行こー!」
手を引いて理世が進んでいく。
この場で離れるよりは、こうして明らかに理世についてきただけだとわかる方がいいなんてことを考えながら彰人もついて行く。
「プリクラってこんな感じなのか」
「みたいだねー」
他人事のように理世が言う。
彰人は当然ながら、理世も普段から来るようなところではない。むしろ仕事柄、プライベートの痕跡はなるべく残さないようにしてきていた。
「ほらほら。撮るよー」
「もう!?」
「そうそう。最近のは動画まであるし忙しいんだから!」
「まじか……あ」
「あはは! 口あいてる」
「合図も唐突じゃないか!?」
「ほらほら、言ってる間に次になっちゃうよ」
そんなやり取りをしながら、終始ついていけない彰人と、笑いながら彰人をからかうように抱き着いてみたり手をつないでみたりを繰り返す理世。
『次で最後! 見つめ合ってー!』
プリクラの機械からそんな指示が飛ぶ。
なんとか言われた通りに動いた彰人と、それを待ち構えていた理世は……。
「このくらいはいいよね?」
「え……」
『三、二、一……カシャ』
筐体から流れる無機質な音に合わせて、理世が唇を奪うようにキスをした。
「ふふ。ダメだった?」
「いや……」
「じゃあよし。あれで満足って言ったけど、ちょっと欲張っちゃった」
小悪魔な表情を浮かべて理世が笑う。
呆気に取られて固まった彰人が動き出すまでにはしばらく時間が掛かったのは言うまでもない。
もっとも、理世も理世で、バクバクとうるさい心臓の音を押さえて平常心を取り戻すのに必死だった。
これだけ慣れないことをしたのだ。
その後どうしたかなんて、お互いろくに覚えられないくらいの衝撃。
後半戦の理世の甘えようは、これまでを思えばあまりに急すぎる、無理なものだったのだ。理世自身が持たないような、そんな無理だ。
一度目はともかく、もう理世が自分の感情に気づいた今となっては。
元々そんなに鋭い方ではない彰人は、その真意に気づかない。
彰人でなくとも、これだけの変化で何かに気づけと言うのは酷だっただろう。
翌日。
リヨンのアカウントの一切は消え、彰人がリヨンに連絡する術は途絶えたのだった。
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