第29話

 ついにベッドに押し倒されてしまった。

 逃げる方向を間違えたらしい。

 いや、この狭い部屋だと必然的にそうなるということでもあるんだけど。


「待て待て落ち着け。そもそも処女ならもっと大事に――」

「お兄なら、大事にしてくれるでしょ?」


 頬に手を当てられて、そんなことを言われる。

 ちょっとぞくっとした感覚が背筋を走って、動けなくなる。


「それにさ。寧々知ってるんだよね。お兄がもう経験済みだって」

「え……?」

「だってほら……」


 そう言って寧々が何かを取り出す。


「それは……」

「こういうのがあるってことは、いいってことじゃないの?」


 沙羅がもってきたままおいて行かれたゴムを手に寧々が言う。

 ちゃんと隠してたはずなのにいつのまに……。


「お兄わかりやすいからすぐわかったよー。隠し場所」


 ニヤッと口角をあげる寧々。


「こいつ……」


 ただ、寧々の暴走の原因の一端がこれなら、解決策も見えてくる。

 真実を話すだけでいいわけだからな。


「よく見ろ寧々、開いてないだろ? それ」

「え? あれ?」


 気付いたらしい。

 寧々は頭の回転は早い。開いていないという情報だけで色々分かった様子で……。


「誰かから押し付けられただけ……?」


 勘違いに気づき、表情がさっきまでとは一変する。

 ちょっとテンパりはじめていて、すでに若干顔が赤くなっていた。


「押し付けられただけだな」

「でもっ! 持ってるってことは使ってもいいってことだよね!?」

「いやいや!?」


 テンパった勢いのまま開封していく。

 慣れない手つきで包みを一つ取り出して開けるが……。


「なんかヌメヌメで気持ち悪い」

「ほんとに触ったことなかったんだな」

「お兄はあるわけ?」


 キッとこちらを睨んでくるが……。


「男は友達と悪ふざけでそいつを水風船にする儀式を誰もが通ってるんだ」

「そうなの!?」


 そうとは言い切れないがこのまま押し通そう。

 少なくとも俺はそういう流れで一度触ったことがあったんだけどまあいいとして。


「何に焦ってるかわからないけど、寧々は別に今まで通りでいいだろ」


 ベッドに押し倒されていた形だったが、ようやく力を抜いてもらえたので座り直す。


「撫でて」

「まあそのくらいなら……」


 ベッドの上で向き合って座りながら、寧々の頭を撫でる。


「はぁ……断られちゃった」


 言葉とは裏腹に笑顔で寧々が言う。


「断られて良かっただろ」


 あれは勢いだけだった。

 いつもと調子が違う寧々が、いつもと調子が違う俺に、きっかけ《ゴム》を経て変な気を起こしただけ。

 だからこれで今まで通りのはずだ。


「んー。でも多分、私はあのままシてても後悔しなかったと思う」

「……」


 答えにくいことを真剣な表情で言う寧々。


「でもまぁ、ちょっと安心したかも」

「何がだ」

「お兄が童貞で」

「……」

「あはは。寧々が本気になったらどうせ本気で拒まないだろうし、いつでも出来るって考えたらちょっと気が楽になったかな」


 勝手なことを……。

 ただ実際、力では負けないはずなのに動けなくなったのも事実だ。

 何か対策をしておかないといけないかもしれない。

 俺の心配をよそに寧々は……。


「お兄もシたくなったら言ってみてね? 気が向いたら相手してあげるから」


 ニヤニヤ笑いながらいつもの調子を取り戻していったのだった。

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