第13話

「あははーうけるー」

 今下寧々の声がカラオケの室内に響く。

「おいおいなんか全然心こもってないじゃん」

「そんなことないよー」


 と言いつつも、今下寧々はどうもこのデートに集中できていないことを自覚していた。

 相手は高身長の年上イケメン。

 いつもと比べてもレベルは決して低くない相手だし、気遣いも出来て話も盛り上げてくれる。

 普段ならきっとこの調子で盛り上がって、お付き合いに至るような、そんな相手だ。


「大丈夫? ちょっと調子悪い?」

「んー……」


 寧々は色々考え込むより基本、感覚に身を任せる。

 その感覚に基づいて、男にこんな質問を投げかけた。


「先輩、最近どのくらい女の子と遊んでるの?」

「え?」


 唐突だ。男も当然困惑する。

 だが今はカラオケで二人きりという空気感もあり、男は質問をチャンスととらえて乗っかった。


「なになに? 気になるの?」

「まぁねー」


 ストローを咥えながら寧々が言う。


「可愛いじゃん。でもそうだな……色々遊んでるけど寧々が一番かわいいよ」


 男も気を良くして、飲み物を持ちながら距離を詰める。

 寧々としては求めている言動ではなかったのだが、拒否するほどではないのでそのまま続きを促した。


「何人? どんな人がいるの?」

「えー、気になっちゃうかー」


寧々は相手がいるときに異性と会ったりはしないし、その辺は割としっかりしている。

 結果、お互いキープの関係だったが、デートは久しぶりだ。

 そんなタイミングでの寧々のこの問いかけは、男としては脈ありと感じるのに十分な駆け引きだった。

 寧々の側にその意志があるかは置いておくとして。


「じゃあ全部正直に言っちゃうけど、今よく会うのは三人かな。水族館行ったりプラネタリウム見たりで皆健全だよ。俺誠実だからね」

「ふーん」

「嫉妬しちゃう? 寧々が言うなら、俺寧々だけにしちゃうけど?」


 肩を組みながら男が寧々に迫るが、寧々の違和感は強まるばかりだった。

 これまでならおそらく、デートに呼び出すような相手が独占欲を掻き立ててきたら、どうあれ引き留めようとしただろう。

 だが今の寧々には、男の挑発が響かない。


「ふふ。今はまだいっかな」

「えー」


 さらっと肩を組んできた男を躱して寧々が言う。


「それよりせっかくカラオケ来たんだし歌おー」

「なんか今日の寧々、いつもよりよくわかんねえなぁ」


 自分でもその自覚のある寧々は何も言えず、誤魔化すように曲を入れる。


「歌わないとやってらんないよ!」

「よくわかんないけど付き合うか……」


 男としても焦って手を出すタイミングではもうなくなったようで、交互に歌を入れて普通にカラオケを楽しんでいくことになった。


「お兄、うまくやってんのかな」


 相手が歌っている間はタンバリンを叩いて盛り上げていく都合上、寧々の独り言は都合よくかき消されていく。


「昨日の感じだと、なんかうまくやってそうなんだよねー」


 ストローに口を付けながら、寧々が独り言ちる。

 うまく行って欲しい気持ちと、そうなったときのもやもやが入り乱れたような気持ちにさいなまれていることに、寧々自身が気づいていない部分がある。

 そしてそれ以上に……。

「でも、お兄が他人のモノになるって考えたら……ちょっとドキドキしちゃうかも」


 初めて兄が男として認識されはじめた結果、寧々の複雑な感情は変な方向に成長しようとしていた。

 舌舐めずりしながら放たれた寧々の言葉は、彰人の耳に届くことはもちろんない。

 ただ少なくともこの日、寧々にとって彰人は、ただの兄ではなくなったようだった。

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