コルマス・ファンタジア

コーラカル

来客

 白紙の上にペンが引かれ 、黒の短線長線がサッサ、と描かれていた。イギリスメードストン 郊外の邸宅。青年が書物机に座って白紙の上に黒線を引いて漫画を描いていた。線を重ねるうちにその線は少年の顔になっていった。

 細かくペンを入れると、それは瞳の中に輝く星になった。

 それから丁寧に定規を引いた。四角の一隅に、透視点を描いた。そして紙の中の小さい四角の中に遠近感を付けていった。

 定規から手を離し、やがて自由にペンを走らせていった。力を入れてははなし、連続させて横並びさせていくと、線はやがて草々になっていた。カーブを上に引き上げるとそれは空になった。


 横長いコマに足の部分だけが見えていた。足は走っている。コマが斜横へ下がるとその足が————————……

大草原が広がり、白灰毛の馬がその中を足を駆けめぐらして走っていた。どこまでも続く草々の上を前足を浮かし上げ、後ろ足は立ち上げしながら駆けていた。後ろに一頭、二頭、仲間が乗った馬が走っていた。先頭の白灰が馬ごと振り返って、後ろの仲間に話していた。




 外では雨が降っているようだ。窓に礫を打ち付けるような音がし出していた。



 眼下に掻き分かれる草を見て、馬を横へ待機させると、封されて塞がれた洞の下階段へ少年は降りて行った。

 泉の中にクリスタルが浮かび上がった。青と水色に煌めき回った石は水の封印を解いた不思議な顔で見つめる主人公に、輝く何かを下ろした。水晶の剣が手に下りてきた。



 雨足が強くなっていた。外の雨音にも気が付かなかった。


 水晶の剣を持った勇者の前に、行方を示す、最後の座標が現れた。空に、その方角を示した。


 雨が本降りになってきた。雨音が強くなっていた。


 用紙からペンを離してそれを横に置き、青年は自分の描いた原稿を手にもって静かに見つめていた。

 リンゴーン、

 その時外の玄関のチャイムが鳴った。

 机台からハッと青年が振り返った。

 気が付くと1時を過ぎていた。やや驚いた様子で目を左右にし、腹を返して手を浮かし、椅子から立ち上がって青年はドアの方まで行った。


 壁に近付いてインターフォンを覗くと、ドアの向こうに男が立っていた。

「あの…… 」

 インターフォン越しに男は話し出した。

「あの、ご免なさい、こんな時間に、」「この近くで仕事していたんですけど側のトンネルが急な土砂崩れで立ち往生してしまって、……… 」ドア越しに雨に掻き消されないよう大声で喋った。後ろでザアザアいう音が混じった。

「ロンドンから来ていたんですけど道路が通れなくなって家に帰れなくなってしまって…… 」

 済まなそうに低頭して言った。

「あの、… それで…… 言い出しにくいんですが今夜一晩泊めていただけないでしょうか?」

「えっ…… 」

 青年は戸惑った。視線を遣ると男の後ろでは本当にどしゃぶりの雨が降っていた。今初めて気が付いた。

「ご迷惑掛けません。」本気そうに笑って男は言った。「納戸かどこかでジッとしていますから。」

 男は玄関前に立っている。

 インターフォンから顔を離して青年は下を向いた。

 男は中年で、人の良さそうな顔つきをしていた。入れても大丈夫そうだ。他に泊まる所はないし、確かに困っているようだ。見たところ身なりはキチンとしているし、白髪の小さい髭を生やし、邪険にされないようおどけた笑顔を見せていた。

 青年は一歩歩み出して、扉を開け、

「どうぞ… 。」と招き入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る