9、忠義の騎士
「不逞浪士が洛中に火を放って回っているんだそうだ」
「騎士の姿が見えないけど、一体何をしているの?」
「鴉通りの方では火事場泥棒が出たそうだ。もう何人も襲われてるって」
火の手は川を挟んだ貴族街までは回っていないが、じめっとして重たい、そんな不穏な空気が流れている。
「人を襲ってるのはギルドの連中だって話だぞ」
「俺は観光客に紛れた不逞浪士達だって聞いたぞ」
「騎士団がクーデターを企ててるって貴族の方々が……」
火事だけでも不安を煽っているというのに、俺がさっき出くわしたような狼藉者も帝都で暴れている。人々の間で憶測が飛び交い、疑心暗鬼の炎が焚きつけられている。
一刻も早く、この状況を解決しなければ。
幸いなことに皇帝陛下の勅命で洛外までの道を塞がれた平民達を避難させるために、貴族街への門が開かれている。
「人的被害は抑えられるが、同時に」
皇城までの道のりが無防備になってしまっている。
陛下のことだ、御身よりも民を思っての英断だろうけれど……。
「サフィール殿!」
「状況は?」
城門を潜り抜けると顔見知りの近衛が駆け寄ってきた。
「城内に賊が侵入し、避難の際に
「クソッ! すぐに加勢する!」
「陛下と殿下は地下に向かわれていました! 地下通路の方です!」
「感謝する」
億が一、陛下と殿下にかすり傷の一つでも付けて見ろ……一人残らず、羅生門にその首を吊るしてやる……!
城内に入ると、その荒れ様は悲惨の一言に尽きる。
昼間訪れた際の煌びやかさは陰を潜め、調度品や金品は破壊されたり盗まれたりといった具合で灯りの一つも燈っていない。
「不敬……!」
わきまえ知らずの、不届き者ども。
「逃げ遅れがいるぞ」
「城内の者は皆殺しという命令だ、報告などいらん!」
「……」
暗闇で面相は見えないが、声が、呼吸が三。程々の距離があるからか、それともタダの三流か。どちらにせよ、見つけたぞ。
このような蛮行を働いたのは、てめぇらか?
「『
この剣は、俺が殿下の剣術指南役を仰せつかった際に、陛下から賜った異国の魔剣『大国守・翠嵐』。
向こうの発音では『カタナ』と言うらしいそれは、猛る獅子が治める大地を守護する最上級の騎士に授けられる最大の栄誉と誇れ。
「食い破れ」
城内に吹き荒むは、我が憤怒の烈。
春の訪れを告げ、野山の木々を禿げさせ新緑を刈り取り色づく北方の季節風、故に翠嵐。
その名を体現するかのように、その刀身は悉くを巻き込む暴風を生む。
「――『
二条の烈風が俺の両脇を共に走り抜け、獲物を狩る鳥の如く、銃弾を凌ぐほどに鋭く速く、刃と共に空を衝く。
三つの一閃が同時に放たれ、暗闇に息を潜める敵の喉笛を掻っ捌く。
「てめぇらが、土足で踏み入っていい場所じゃねぇんだよ」
ここは、天下に二つと無い神聖な場所。
俺は、陛下の足下を蠢く害虫を駆除する嵐。
その勤めを果たさねば、何が帝国最上級の騎士か。
「陛下、殿下……どうかご無事で」
俺は潜む蛆虫共を斬り捌きながら、近衛が教えてくれた地下への入り口へと向かう。
「……皇族家の血はここで絶やす……」
その声が聞こえた方へ直行する。
汚わしい音の方じゃない、その傍で微かだが早い、儚くすすり泣く呼吸音。
「災いを呼ぶ、呪われた一族、ここで息絶え……」
「殿下ァァァァァァァァァァァッッッッッッ!」
俺は不意打ちなど考える余裕もなく、叫びながら、殿下に凶刃を振るおうとした下郎を袈裟に叩き斬っていた。
「さ、サフィール……?」
「ご無事ですかッ! 殿下!」
怯え震える声で殿下は俺の名を呼ぶ。その頬には確かに涙が一筋流れた跡がある。
「遅ればせながら、御身を案じ馳せ参じました」
「は……はい」
よく見るとお召し物は赤黒く汚れており、その身命を賭して殿下を守ろうとした従者や
茫然自失としている殿下は、とてもではないが、御自ら動けそうにない。
「一先ず。この場から離れましょう。無礼をお許しください」
立てない殿下を俺は抱き上げ、城外へと向かう。陛下はまだ見つけられていないが、殿下をこのままにしておくわけにはいかない。
かといってこのまま城内の探索を殿下を抱えたままでは、まともにお守りできない。
ならば選択の余裕はない。
俺は来た道を引き返す。大丈夫、道中の賊は全て葬った。行く先々に耳をそばだて、呼吸音や話し声は絶対に聞き逃していない。
このまま真っ直ぐ引き返せば、敵はい、な……い…………。
「城内で走り回るなんて、お行儀がなってないんじゃねぇか?」
後一歩、エントランスホールまでたどり着いた先に待っていたのは。
「シン」
シン・アルデバラン。団長を背後を襲い殺害した。恩知らずの裏切り者。
「サフィー、殿下をこっちに渡してくれないか?」
「今から死ぬ奴に、誰を渡せと?」
殿下を降ろし、翠嵐を抜き放つ。
「道を拓け――『
抜刀からの斬り上げと共に、空気の牙が地面を抉りながらシンへと迫っていく。
「相変わらず、喧嘩っ早い野郎だよ。お前は」
シンは迫る軌跡のみを頼りに回避し、己の剣を抜く。
そして、奴の周辺を風が巻き上げた時、空気に混ざる異臭が鼻を突く。
「これはッ!?」
この臭いは街灯に用いられる液体燃料。それが奴の足下、いや、まさかッ!?
「道なんてねェんだよ」
――炎が広がる。
炎の壁は瞬く間に正面の出入り口を塞ぎ、絨毯を伝い俺達を取り囲む。
「お前はこの場で死に、殿下は俺達の手に渡る。それ以外の道なんて、もうねェんだ」
重心を落とした低い姿勢で剣を構える。
縄張りを主張し威嚇する獣のように、一度、二度、地面を爪先で足掻く。
それが、アイツの能力の予備動作。
「
猛突。
巨体が石床に足跡を残しながら、迫り来る。
「さぁ、お前は
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