8、修羅と悪鬼

「あ、やべっ……」


 最後の一人を斬り捨てたアルターはそう言葉を漏らした。


「一人くらい残したらよかったなぁ」


 ソルとアルターは襲撃者を討ち払い終わってからそんなことを嘆いていた。

 敵の素性を調べるためにも捕らえて尋問しておきたかったのだろうが、うっかり一人残らず仕留めてしまったようだ。


「とりま、顔は拝んどこか」


 ソルはサフィールが真っ先に切り落とした首を拾い上げて、それが被っている、かつてフードだったものを引っぺがす。

 顔さえ抑えてしまえば、大まかに帝都の人間かそうでないかくらいは判別がつく。


「……へぇ」


 意味深に呟くソルが掴みあげる首を見て、アルターは深めのため息をつく。


「考えうる限り、最悪の目が出たか……してやられた」

「どうする? 副長さんよぉ」


 首を元の場所において、ソルはアルターに問う。


「……敵……の目的は概ね見えたが、これはどうしたものか……」


 アルターは頭を抱える。

 完全に出し抜かれた。普段は冷静な彼も流石に応えているようだ。「いたぞ! こっちだ!」

 先ほどの襲撃者の仲間だろう、さらに人員を増やすために声を上げる。

 次の瞬間には槍が胸を貫いて、断末魔の声に変わったのだが。


「ぼーっとしてんな! 次、湧いてきよったで」

「考える暇も与えてくれんかッ!」


 サフィールのように考えるよりも先に剣を抜く性格なら、アルターもここまで揺さぶられなかっただろうか。

 あるいは切れ者のアルターを情報量で考える余地を与えないようにするのも、敵の術中か。

 そうこうしている間にぞろぞろとさっきの比ではない数が集まっている中には、飛び道具、弓や銃を持っている者の姿もある。


「銃持ち……ッ!? 屋根!」


 そういいながら、ソルは脇の民家の屋上に向かって硬貨を投げる。


二律背反アンビヴァレンツ――表裏一体ラッキーストライク!」


 槍が屋根に潜む銃兵を貫く。

 だが、一手。遅い。

 すでに、敵の策は帝都に張り巡らされている。


「アルター!」


 僅かに発砲の方が早い。

 銃弾が、アルターに刺さる。


「足に受けただけだ……!」


 『戦闘』という事柄において、全能と近似値であるソルは、戦闘と直接関係のない事柄を優先順位を下げるのに、時間を要しないが。

 アルターは組織を束ねる人間だ。むしろ、考えることが専門であるがゆえに、情報の濁流で動きが鈍る。

 そのの間隙で十分だった。


「ちぃっとダルいことになったな……」


 ギリギリ生存の余地がある手負いの味方ほど厄介なものはない。しかも足、行動に制限が掛かって戦闘能力が落ちる。

 要するにお荷物になるというわけだ。


「今だ! 副長をやっちまえ」


 まさに、好機と捉えた襲撃者はアルターを狙う。

 なお、声をあげ周りを鼓舞する人間は優先順位が高いので、ソルによって既に先の台詞を上げた人間は殺害されている。


「まったく……あんま人前で使いたくなかったんやけど」


 ソルは足手まといを狙う連中を蹴散らし、アルター足手まといの元に駆け寄る。


「俺のことは放っておけ……」

二律背反アンビヴァレンツ


 強がるアルターの言葉に耳を貸さず、ソルは巾着袋から二枚の硬貨を素早く取り出す。

 そして、取り出した硬貨を、敵の集団の方、とはまったく関係のない明後日の方角へと放り投げる。

 その強肩をブンっと振るい、投げ飛ばされた硬貨はあっという間に目視できなくなる。


「貴様どこを狙って……」


 アルターが目を丸くしていると、ソルがその肩を担ぐ。


「――幽体残脱スピリット


 そうソルが告げる。

 次の瞬間、アルターとソルの目の前の景色が書き換えられる。


「隠し玉を使わせよって」


 正しい情報に訂正させていただこう。

 二人は先ほどまでいた地点から数百メートル……丁度、先ほどソルが投げた硬貨が着地したであろう地点にまで移動していた。


「サフィールから聞いていた情報と、能力が随分と食い違っているようだな」

「ウチは一度も他人に自分の能力の種明かしをしたことはないで」

「手の内は明かさないに限る。責めはしない」


 今ので、大まかにソルの能力をアルターは把握しただろうが、あえて追及することはない。どうせ、答えないだろうし。


「むしろ、おかげで助けられた。感謝する」

「やめぇや、ウチの都合で勝手にやっただけや。けど、ちゃんと後で運賃は払ってもらうからな」

「今は手持ちがないから、ツケておいてくれ」

「甲斐性ないなぁ」


 一度、ソルはアルターを建物の物陰へと連れて行き、軽く応急処置を施す。


「距離は空けたけど、まだ敵は近くにおる。動けるか?」

「歩けるには歩けるが、あまり素早くは動けそうにない」

「二人で逃げ回るのは難しいか……」

「助けられた立場で言えた義理ではないが。何故、俺を助けた?」


 さっき言っていたソルの『都合』とやらを問うている。

 アルターからすれば、ソルに自分を逃がす道理はないはずだ。

 知り合って間もない、その上、先日まで他人同士どころか、騎士団とギルド、秩序を守る者と秩序を乱す者、対立する関係であった。あのまま見殺しにしても問題はないだろうに。


「サフィーの味方をこれ以上減らしたくないんよ」

「……そうか」


 アルターは納得とは違うかもしれないが、少し腑に落ちたようだった。

 先ほどのフードを剥いだ首は、騎士団副団長であるアルターからすれば良く知る顔――騎士団の隊士だった。

 一番隊の隊士でなかったのは幸いだったが、それでも、隊士が隊長と副団長を襲い、あまつさえ団長と隊長が裏切りに合い殺害された。

 この事実が指すのは。


「騎士団は既に獅子身中の虫に食い荒らされている。ハハッ……こんなことが起きないように法度を作ったというのに」


 副長アルターは自虐的な力ない笑みを浮かべる。


「貴様の言う通りだ。サフィールを一人にするわけにはいかないな」


 鈍く痛みが続く足を、無理矢理に奮い起こしてアルターはよろめきながら立ち上がる。


「意気込むのはええけど、そないな状態でどうすんのよ……」


 気持ちの面では整理がついたとはいえ、健康の面では現状の打開すらままならないことは変わっていない。


「ウチの能力で少しずつ移動するのも手やけど、そうすると、後々手詰まりになりかねんのよ」


 硬貨を消費する都合上。ソルは能力の使用にどうしても上限がある。

 しかも二人の移動に先ほど二枚使っていたところを見ると回数が増えれば増えるほどに消費も重くなる。


「こんなとこにいたのか」


 そんな声と共に路地裏を覗く人影。

 見つかった。と同時に、目撃者の息の根を止めようと、即座に硬貨を槍に変換しソルは突撃する。


「待て」


 そんなソルの早すぎる判断を見越しているかのように、目撃者は冷静に声を掛ける。

 反射で動いていたソルはその声で足を止める。


「フェスタ!」


 そこにいたのはフェスタ人間形態だった。


「フェスタ……北蠍の双爪の組員か……」

「そこで生まれたての小鹿みたいになっているのは、騎士団の副長か。ソル、何があったか掻い摘んで話せ」


 フェスタに問われ、ソルはここまでのあらましを伝える。

 都合よく現れたように見えたフェスタだが、組員を案内をする役割を持つ彼女には組員達が持つ鍵を辿ることが可能なのだ。

 そもそも、中々ソルが戻ってこないから探していたのだという。


「なるほど、なら自分に着いて来い。一度、旅籠に戻って組長らと共に態勢整えよう」


 顔を三回洗うモーションをして黒猫になったフェスタは、二人を先導し始める。


「離れんときや」

「あぁ」


 ぶっきらぼうな態度のフェスタだが、流石に怪我人を労わることはできるのか、足並みはアルターに合わせている。


「なぁ副長さんは、サフィーが嘘を吐いてるとは思わんかったん?」


 戦闘状態の緊張が解けたことで、ソルは後回しにしていた疑問を投げかける。

 団長の最期を看取ったのはサフィールだけ、アルターは現場を見た訳

ではない。だが、まるで無条件に信頼しているように、サフィールの話を受け入れていた。

 それには色々理由はある。

 そもそもサフィールは嘘が下手である点、殿下を信奉しているから帝国を裏切る可能性がゼロに等しいという点などなど。

 だが、アルターにとってサフィールが信頼に足る一番の要因は。


「シンの名前を出したからな」

「団長を斬ったっちゅう奴か」

「嘘を吐くなら誰が斬ったことにしてもいいだろうが、絶対にシンだけは出さない」


 アルターは確信している。

 サフィールはシンを嘘で貶めたりしない。ただ、感情を殺して事実のみを伝えたのだと。


「そんなんで、戦えんのかよ」

「サフィールは斬るさ。アイツはずっとそうしてきた」 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る