5、皇太子は天使
「殿下、本日は誕生日おめでとうございます」
俺は跪き頭を垂れていた。
皇太子殿下の御前である。地に額を擦りつけ平伏すのは至極当然のことだろう。
皇族特有の白銀色の髪を持ち、天下に二つとない美しい声音と神を跪かせるほどの荘厳なる愛嬌、全ての悪しき心を滅却するほどの純粋無垢で透き通った大きな瞳、それを引き立たせる眼、まつげが長い、顔が良すぎる。
拙い言語化しかできない己が舌を今すぐ叩き切りたくなるが、天下無双、唯一無二の愛くるしさを持つこのお方こそ、我が帝国の至宝、ルクスリア・レグルス・ルミナス皇太子殿下。
今日で御年十歳となられる。
「ありがとうサフィール。面を上げてください」
殿下に請われ俺は姿勢を正す。
てか正装をなされてる殿下可愛いなおい。
「まだ生誕祭まで時間がありますが。何かあったんですか?」
俺は作戦開始時間まで余裕があったので、登城し近衛の面々にくれぐれも殿下のことを頼むと、念を押してから、今夜の護衛に参加できない旨を伝えるべく殿下の下へ馳せ参じていた。
「そうですか。今夜は傍にいてくれないのですね……」
「殿下の晴れ舞台にお傍にいられず誠に申し訳ございません。このサフィール一生の不始末。つきましては、事が終わり次第、腹を切ってお詫びを……」
「サフィール、ことあるごとに腹を切ろうとするのはやめてください。それに此度は騎士団の任務です。僕や父上に代わり、国民を守る剣としての勤め、感謝こそすれ、誰が責めましょうか」
「殿下……」
天使、むしろ神。
「かようなお言葉、私のような田舎騎士には勿体ありません」
「何を言いますか。貴方はこの僕の剣術師範でしょう? 卑下するようなことは一つもありませんよ」
比較などもはや恐れ多くて今すぐ切腹したくなるが。あえて、殿下と比較すれば俺なんて、吹けば消える窓際の埃同然。
そのくらいに、この方の存在は尊い。
いや、語彙力が喪失しているわけではなく。
道場の面々で構成されたタダの自警団の域をでなかった浪士組を皇帝陛下は公式な帝都守護職に任命してくださった上に、剣の腕を評価していただき、こんな俺を殿下の剣術師範にまで抜擢していただいた。
東の田舎出身の家督も告げない次男坊の騎士に過ぎなかった俺からすれば大恩人だ。
皇族というだけでも尊い御身だが、こんな俺を師範と認め、慕ってくださる殿下には本当に頭が上がらない。
それはそれとして顔の造型が美しい。いつも百億万点だが、それよりも三割り増しでそのご尊顔が輝いて見える。
「私がコーディネートして上げたのだから、そりゃ輝きも増すというものでしょう」
「心を読まれた!?」
俺が殿下に見惚れていると、後ろから先ほど振りのお声が掛かる。
「貴方が顔に出すぎなのよ」
「叔父上!」
「とても良く似合ってるわよルクスリア。けど叔父上はやめて、お姉さまとお呼び」
愛くるしい殿下の困り顔が荒野を一面緑で包み込む奇跡の一輪の花のような輝きを放つ笑顔に変わる。
俺の背後には先ほどぶりの、アストレア公爵閣下。
なるほど、夜まで時間があるのに早めに城にこられたのはそういうわけか。
「私の見立てどおり、十歳の節目に相応しい完璧な美しさに仕上がっているわね。ま、ルクスリアの素材の良さありきではあるけれど」
「公爵、感謝の言葉もありません。どうぞ、本日は私の首を土産にしてください」
「いらないわよ。なんで式典に参加しただけで武勲を挙げて帰らないといけないの」
「では僭越ながら、指を一本」
「だからなんで、身体のパーツを感謝の印だと思ってんのよ……」
「叔父上の言う通りですよ。母君から貰った大切な身体です。大事にしてください」
「私のような虫けらになんと慈悲深いお言葉、しかと胸に刻みました。今後、殿下の御前にて一切の手傷を自身の肉体に許しません」
「ルクスリアのこととなると、本当に気持ち悪いわね。あと私のことはお姉さまとお呼び」
本当に虫けらを見るような目で公爵に見下されている。
「で、その貴方が信奉する殿下の今日の晴れ姿に対して、何か褒め言葉の一つでも送ったの?」
「私のような塵芥が紡ぐ言葉では語りつくせません。後日、幾万の言葉と例えた数万花束と共に奉納させていただきたく存じます」
「誰かこの不審者を今すぐつまみ出しなさいよ」
「城内で力ずくでサフィールを追い出せるのは多分、父上と叔父上しかいないと思います……」
「そうだ! 本当なら今夜の護衛の際にでもと、ご用意させていただいた贈り物が」
「不審物なら私が今ここで燃やすわ」
なんて酷いことを言うんだこの人は。
「お誕生日の祝いの品です」
俺はそう言って、今日のために悩みに悩みぬき、リサーチにリサーチを重ねた誕生日プレゼントをお渡しする。
「ルクスリア、今なら私が検閲するけど。食べ物なら問答無用で廃棄なさい」
「あはは……サフィールのことですから、危険物ではないと思うので大丈夫ですよ……多分」
「ご安心ください。万が一にも殿下の身に危険が及ばないよう、滅菌消毒、鋭利な部分の除去等は済んでおります」
「そういうことじゃないのよ……」
殿下がおそるおそる人類の手本のような所作で包みを開封なされる。
「……これは……医学書ですね。しかも、最新版。ありがとうございます! サフィール! とても嬉しいです」
「意外とまともで逆に拍子抜けね。貴方のことだから手作りの銘入りの木剣だとか、ラヴィを脅して作らせたオリジナルのルクスリア人形だとか、店を占拠して作ったルクスリアクッキーとかかと思ってた」
「俺をなんだと思ってるんですか」
やるんなら全部手作りに決まってるでしょうが。
「前々から殿下が医学に興味を持たれているのは、私の『殿下成長記録の書(全三〇〇巻)』の六十二巻に記載し記憶していたのですが」
「後でその奇書は焚書しないといけないわね」
なんてことを!
「恥ずかしながら私には学がないので、こういった分野に知見のある知り合いに薦めていただき、熟慮に熟慮を重ねて選ばせていただきました」
ちなみに第二候補は『殿下の麗しき成長記録清書版〜絶えず輝きを増す麗しの殿下編〜(全五十巻)』の予定だった。
「懸命な判断だったわね。とりあえず既製品で安心したわ。念のためおかしな物が挟まってないかだけ確認しておく?」
「お祝いのメッセージカードは添えさせて抱いております」
「まあ、それくらいなら……」
ドサッ!
しまった! 休日全てを費やして作成したお祝いの言葉を書いたメッセージカードの
「貴方、カードって言葉知ってる?」
「見た目の割りに重いなとは思いましたが……」
「兄上に城の立ち入り制限と荷物検査の強化を進言しておく必要があるわね」
「どうしてです!?」
俺はただ殿下のことをお慕い申し上げているだけだというのに。
「なにやら楽しそうではないか」
いつの間にか耳元まで近づいた声に背筋が伸びる。
足音もなく、背後を取られた!
「あら兄上」
「陛下! 本日もご機嫌麗しそうで何よりでございますッ!!!」
俺は地面に潜らんばかり額を擦り付ける。
「いつもより頭が低いな。サフィールよ」
「滅多に聞かないわよ、そんな台詞」
隆々とした力強さと、剛烈な威厳を放つこの御方こそ、この帝国を治める最高意思決定権を持つ皇帝。
「ハッハッハ、面を上げよ。まったく、一つのことに集中して我に後ろを取られるとは、鍛錬が足りぬようだなサフィール」
「はっ! より一層、精進いたします!」
「兄上も私が仕上げたルクスリアをご覧になられに来たの?」
「おうとも! 我が自慢の弟が腕によりを掛けて、我が自慢の愛息子を着飾ってくれたのだから、衆目に晒す前に一目拝んでおかねばな!」
まさに皇帝と言わんばかりに豪快な笑いと共に、陛下は殿下に目を向けられる。
「…………ッ!」
「父上……いかがでしょう?」
「…………やだ……うちの子、天使過ぎ!?」
口に手を当てて大層感激なされているご様子。
わかる。
「我が弟、フォスフォロスよ」
「何よ」
「貴様、我が息子を自分の趣味に染めようという気ではあるまいな」
「あの子、私に似て美丈夫になると思うのよね」
「くっ……息子には我のようなムキムキの偉丈夫になって欲しくないという気持ちが膨らんでゆくッ! 謀りおったな……!」
陛下が矢を受けたかのように胸に手を当てて、膝から崩れ落ちる。
「まさか兄上にそんな台詞を言われる日がくるとは思わなかったわ」
「陛下ァ! ご無事ですか!?」
「心配は無用だサフィール……一度大量の慈しみを胸に浴びただけの致命傷だ……」
なんてことだ、陛下は重傷だ……!
「サフィールッ!!」
「はっ!」
「城内の全ての者を集めよッ! これより、生誕祭に先んじて撮影会を執り行うッ!! 各々、支給したルクスリア記録用の最新カメラを持って来るよう伝令せよ!」
「直ちにッ!」
一分一秒でも速く手負いの陛下の命令を遂行すべく、俺は持てる力を全て使い、城を駆ける。
「父上! 城内の者たちは式典の準備中ですよ!」
「親馬鹿とただの馬鹿ね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます