報いの使者 後編

 山のように巨大なドラゴンと化したゲブラーは、さらに低くなった地鳴りのような声を轟かせる。


「お前らに相応しき報いを」


 彼の言葉の意味が死を表わすのは、ここにいる誰もが理解している。

 ただ、それでも逃げないのが騎士団だ。

 むしろ、こういうときこそ槍を握るのが騎士団だ。


 メイティは冷静さを失わず、シェノと目を合わせた。


「シェノ様、手筈通りになのです」

「分かってるって」


 うなずき、すぐさま馬を走らせるシェノたち。

 そんなシェノを先頭に、騎士団は攻撃魔法を放ちつつ、ミレーの街から離れていく。

 ゲブラーは騎士たちを追うため、めくりあげられた大地のように巨大な翼をはためかせる。


 騎士団の攻撃魔法は、ゲブラーに少しの傷も負わせられなかった。

 一方で、時折ゲブラーが口から放つ紅蓮の炎は、地上に裂傷を刻み込んだ。


 圧倒的な戦力差。勝敗はすでに決まったようなもの。


 しかし諦めの悪い騎士団は、猛獣から逃げる小動物のごとく森に駆け込んだ。

 青いマントや銀色の鎧は生い茂る木々に隠され、巨大すぎるゲブラーからは見えない。


「弱者が小癪な真似を」


 森の上空で翼をはためかせ、炎で木々を焼き尽くそうとするゲブラー。


 騎士団は森の中で散会し、四方八方からゲブラーを囲む。

 これでゲブラーがどこを向いていようと、必ずゲブラーの背後を騎士団が襲える状態だ。

 さっそくシェノは騎士団を構成する各隊に指示を出した。


「ミルフィーユ! 今!」


 シェノのよく通る声が森を突き抜け、騎士団のミルフィーユ隊に届く。

 指示通りにミルフィーユ隊が攻撃魔法を放てば、ゲブラーの意識はミルフィーユ隊に。

 ならばとシェノの次の指示が飛んだ。


「モカ!」


 間髪入れず、モカ隊の攻撃魔法がゲブラーの背後に襲いかかった。

 森に隠れ、散り散りになった騎士団の、連携した散発的な攻撃。

 見えない敵に翻弄されて、ゲブラーは苛立ちはじめる。


 決定的な打撃こそ与えられないものの、小動物が猛獣を踊らせる光景に、メイティは静かにつぶやいた。


「さすがシェノ様なのです。マゾクと戦えているのです」

「フッフッフ、もっと褒めてくれていいよ。ま、これもメイティの作戦のおかげだけどね」


 自分の手柄を自慢しているのか、メイティを褒め称えているのか。

 どちらにせよ、シェノは誇らしげな顔で胸を張る。


 メイティが考え、騎士団の絆が可能にし、シェノが実行する作戦は、しばらくゲブラーを森の上空に留まらせた。

 時間稼ぎは成功したのだ。


 気づけば数百発の攻撃魔法が直撃し、いよいよゲブラーは翼をたたむと、落ちるように地上に降り立った。

 2本の足は木々を押し倒し地上を踏み締めるも、ゲブラーの体はふらつく。

 それを見て、騎士たちは手綱を引く。


「敵の動きが鈍った!」

「チャンスだ! 突っ込め!」


 槍を構え突撃をはじめる騎士団。

 だが、シェノは表情を変え、焦りを隠さず叫んだ。


「待って! すぐにゲブラーから離れて――」


 シェノが抱くのは、嫌な予感だった。


――あのゲブラーが、この程度で弱るはずがない。あのふらつきは、きっとフェイント。


 残念ながら、シェノのその嫌な予感は当たってしまう。

 ふらついていたはずのゲブラーは頭を地面すれすれまで降ろし、木々の間から突撃する騎士たちを睨みつけた。


「見つけたぞ」


 直後、ゲブラーの口が開かれ、業火が木々の隙間を埋め尽くし、森を焼き尽くす。

 業火に襲われた騎士たちは、何らの反抗もできない。


 しかし、ただ死を受け入れるしかなったはずの彼らの前に、シェノが立ちはだかった。


「アヴェルス! 惑星の加護を! 大津波!」


 とっさに森を駆け抜けたシェノの詠唱。

 突き出されたアヴェルからは大量の水が吹き出し、津波が業火を呑み込む。

 神器が生み出す津波とマゾクの業火が接触した途端、凄まじい蒸気が辺りを覆い尽くした。


 たった数秒。たった数秒で津波は蒸発し、業火は消え去る。

 シェノはゲブラーの攻撃から騎士たちを守り切ったのだ。


 勇敢なシェノの行動に、ゲブラーは嘲笑を浮かべた。


「やはりお前は弱者だ。大将の身でありながら、有象無象のために死地に飛び込んでくるのだからな」


 騎士たちを囮に、騎士団の中で最も戦力の高いシェノを誘き出す。

 これこそがゲブラーの狙いだったのだ。

 まんまと罠にはまって、しかしシェノは悔しがらない。彼女にとって、騎士たちを見殺しにするという選択肢は無かったのだから。


 とはいえ逃げ場はない。身を隠す場所もない。

 勝ち目のない一騎討ちに、シェノは覚悟を決め、アヴェルスを構える。


 ゲブラーは巨大なドラゴンの体を起こすと、遥か高い位置からシェノを見下ろした。


「弱者には弱者としての報いを。それが世界の理である。お前らは幸運だ。世界の理に従った、正しき死を迎えられるのだからな」


 そうしてゲブラーは息を吸い、口を開け、喉の奥には灼熱の業火が揺れる。


 対してシェノは、絶望に染まることなく、むしろ瞳を凛とさせていた。

 その瞳が、ゲブラーには理解できない。


「なんだ、その目は? 己の無力さを前に、なぜそのような目をしている?」

「別に。わたしには信用できる人がいるってだけ」


 瞬間、ゲブラーの横腹に巨大な影が高速で突き刺さった。

 影の正体は、数多の大砲を搭載した、山ほどの大きさを持つ、鉄に覆われた伝説の空中戦艦――シェパーズクルークだ。

 シェパーズクルークはそのまま高速を維持し、艦首に突き刺さったゲブラーを遠くの山まで押し飛ばしていく。

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