4—5 猫の気まぐれ
巨大なマモノの亡骸の破裂と、足元の崩壊。
障壁のおかげで僕は無傷だったけれど、気づけば辺りは暗闇に包まれ、何も見えない。
自分がどこにいるのかも分からず、僕はその場に立ったまま一歩も動けなかった。
そんな僕の足に、もふもふな感触が。
「にゃ~ん」
「うん? ミードン? ミードン! 無事だったんだね!」
暗闇の中にうっすらと浮かぶミードンに安心し、けれどもすぐに新たな不安がやってくる。
「メイティは!? メイティはどこに!?」
「そんな切羽詰まった顔しなくても、私は無事なのです」
背後から聞こえてきた、僕の不安を容赦無く打ち消す抑揚のない返事。
振り返ると、そこには輝く魔鉱石を手にした無表情のメイティが立っていた。
「良かった! メイティも無事そうだね! 怪我は?」
「ないのです」
「イーシアさんやシェノたちは?」
「シェノ様たちなら、こっちは無事だと知らせる遠話魔法が届いたのです」
「ふう……なら安心したよ」
障壁が間に合い、シェノとミードンは無傷。イーシアさんやシェノたちも無事。
嬉しい報告を聞いて、僕は胸を撫で下ろす。
ところがメイティは無表情のまま首をかしげた。
「安心する意味が分からないのです。わたしたちは、シェノ様たちと分断されたのです」
「え?」
「私たちが落ちてきた穴は完全に塞がっているのです。元の場所には戻れそうにないのです」
「ええ!?」
言われて気がついた。
地面が崩れて、僕たちは先ほどの空間とは違う場所に来たらしい。それなのに、崩れた地面は元通りになっていて、先ほどの空間に戻る道は見当たらない。
イーシアさんたちとは離れ離れ、帰る道は分からない迷子状態。
――僕たち、完全に遭難した!?
絶望的な状況に、僕は今にも倒れそう。
そんな僕を、ミードンはペコペコ叩きはじめる。
「にゃにゃ~!」
「ミードンの言う通りなのです。お前は絶望しすぎなのです」
ため息まじりにそう言って、メイティは歩きはじめる。
「ど、どこ行くの?」
「洞窟内の別れ道は全て直角だったのです。だから洞窟の出口の方角は分かるのです。それに、途中で来た道に合流できるかもなのです」
「ああ、なるほどね! って、置いてかないでよ!」
今はメイティに頼るしかなさそうだね。
すたすたと歩くメイティは、脳内に完璧な洞窟の地図があるみたい。彼女は常に自分の向いている方角を意識しながら、別れ道があっても迷いなく暗闇を進み続けた。
だから僕は、必死でメイティの背中を追い続ける。
そうして数分が経過した頃。ミードンがメイティの肩に飛び乗り、小さな声で鳴く。
「にゃ……」
「どうしたのミードン? 元気なさそうだね」
「お腹が空いてるみたいなのです」
「にゃ~ん……」
「そっか。メイティ、よくミードンの気持ちが分かるね」
「にゃんこの気持ちが理解できないお前の方が理解できないのです」
「あれ? 僕の方がおかしいの?」
「にゃ~ん、にゃ……」
なんだか僕もお腹が空いてきちゃった。
僕とメイティ、ミードン以外には誰もいなくて、お腹が空いて、ゴールは見えなくて、周りは暗闇で。こんな不安ばかりのときに思い浮かぶのは、イーシアさんの笑顔だった。
――早く空中戦艦に戻って、イーシアさんのご飯を食べたいよ。
僕がそう思うように、メイティはシェノのことを思い浮かべていたらしい。青い髪飾りに触れながら、メイティは不意にシェノのことについて尋ねる。
「数年前にシェノ様の兄上がマゾクに殺害されたのは、知ってるのです?」
「ああ、うん、聞いたことがあるよ。ベルティア辺境伯の長男がマゾクに命を奪われたなんて、大事件だからね」
「あれ以来、シェノ様はすぐに無理をするようになったのです。でも、シェノ様は強いのです。シェノ様は自分の無理を隠せるのです。だから、シェノ様が無理をしていること、知っている人はわずかなのです」
振り返り、僕をじっと見つめるメイティ。
「昨日の休憩室での会話、聞いていたのです。あれを聞く限り、お前はシェノ様の無理に気づいているみたいなのです。それは、シェノ様にとって特別なことなのです」
ここでメイティはプイッと目をそらし、つぶやいた。
「……シェノ様はお前のこと、気に入ってるみたいなのです」
続けてポケットに手を入れたメイティ。彼女は綺麗に磨かれた青の魔法石が埋め込まれている小さな鈴を手に取り、それを僕に差し出す。
「受け取れなのです」
「これは?」
「どんな場所からでも、どんな距離からでも遠話可能な、特別な遠話の魔道具なのです。これがあれば、いつでもどこでも、お前を呼びつけられるのです」
「呼びつけられる?」
「お前を呼べば、イーシアと空中戦艦が来るはずなのです。それはシェノ様にとって都合がいいことなのです。だから、これをお前にやるのです」
「空中戦艦を呼びたいなら、イーシアさんに魔道具を渡した方が良くない? なんで僕に?」
「つべこべ言わず、さっさと受け取れなのです」
口を尖らせて、メイティは魔道具である鈴を僕の手に無理やり握らせる。
僕は渡された鈴を眺めながら、ふと思ったことを口にした。
「ありがとう」
「うん? それは何に対する感謝なのです?」
「特別な遠話の魔道具を渡してくれるくらい、僕を信用してくれたことに対する感謝だよ」
正直なところ、メイティは僕のことが嫌いなんじゃないかと思っていた。
だからメイティに信用されていると知って、僕はちょっと嬉しかったんだ。
僕の言葉を聞いて、メイティはいつも通りプイッとして言い放つ。
「シェノ様を失望させないよう、せいぜい頑張るのです」
「厳しいなぁ」
「それと、勘違いするななのです。シェノ様がお前のことを気に入っても、わたしはお前のこと、気に入ってないのです」
「うっ……面と向かって言われると、さすがにちょっと傷つくよ」
「にゃ~」
やっぱり僕のこと嫌いなのかな。気を遣ったミードンが尻尾をふりふりして慰めてくれてるのが、余計に悲しいよ。
僕が肩を落としていると、メイティは足を止め、目を合わせることなく言った。
「……言い忘れてたのです。ありがとなのです」
「え?」
「さっき助けてくれたことへの感謝なのです」
あれれ? メイティ、僕のことを嫌ってるわけじゃない?
それにしては目を合わせてくれないままだけど。
まあ、ひとつたしかなのは、メイティが僕にお礼を言ってくれたこと。
だから僕は、あたたかい気持ちに包まれながら応えた。
「どういたしまして」
「……シェノ様がお前を気に入った理由、分かるけど分からないのです」
小声でそうつぶやいたメイティは、すぐに歩きはじめる。だから僕もミードンも、メイティを追い続けた。
そうして、気づけば数十分の時が経つ。
入り口――空中戦艦シェパーズクルークを目指して、僕たちはここまで黙々と洞窟を歩き続けた。マモノが出ることもなく、メイティの記憶を頼った洞窟探検は順調に進んでいた。
ところが、その到着点は僕たちに絶望を叩きつける。
僕たちの目の前には、モノクロの味気ない壁が、道を途切れさせていたんだ。
「ウソ、行き止まり!?」
「記憶通りなら、もう縦穴のすぐそこだと思うのです。困ったのです」
「にゃ~ん」
道を間違えた? 今から戻れば、まだ希望はある? それとも、入り口への道なんてどこにもない?
暗闇のせいか、思考はだんだんと悪い方向へ。
思わず僕はしゃがみ込み、頭を抱えた。
今の僕は疲れと絶望に覆われ、無力感に襲われる。
そんな僕の耳に、疲れや絶望も吹き飛ばすような優しい声が響いた。
『レンくん! 見つけたわ! メイティちゃんとミードンちゃんも一緒みたいね!』
イーシアさんの声だ! ということは、イーシアさんが近くにいるのかも!
と思っている暇もなく、イーシアさんは言葉を続ける。
『フフフ、行くわよ! シールドで自分を守ってちょうだい!』
よく分からない指示。
ふと僕の頭に浮かんだのは、マモノから僕を守るため、主砲を撃ち放った空中戦艦。
「まさかイーシアさん……メイティ、ミードン! 僕から離れないで!」
「いきなり何なのです?」
「にゃ~!?」
「絶対に動かないでね!」
僕は即座に、想像できる限りの固さのシールドで自分とメイティ、ミードンを守った。
これでメイティたちを守れるかは、ちょっと不安。
でも、イーシアさんは待ってくれない。
『ええい!』
ボールを投げるような掛け声の直後、洞窟の壁が真っ赤に煮えたぎる。
煮えたぎった壁はドロドロに溶け、そして破裂した。
飛び散る真っ赤な岩と一緒に洞窟に飛び込んできたのは、青く輝く巨大な光線。
凄まじい熱と衝撃、轟音で洞窟全体を揺らした光線が消えれば、洞窟には大穴が。
穴からは太陽の光が差し込み、その先に縦穴が広がる。
まだ熱気の残る穴から縦穴を覗き込んでみると、そこには、艦体を岩壁にこすらせ、垂直になって縦穴に収まった空中戦艦シェパーズクルークが。
「にゃ~!」
「空中戦艦で縦穴に入ってくるなんて……」
「信じられないのです」
どうやらイーシアさん、空中戦艦を縦穴に入れて、主砲で壁を壊してくれたらしい。
助かったは助かったけれど、呆然とする僕たち。
メイティはじっと空中戦艦を眺めながら口を開いた。
「薄々と思っていたことを尋ねるのです。もしやイーシアは――」
「すごく過保護な空中戦艦だよ」
絶望を粉々に吹き飛ばすくらいの過保護、だね。
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