第4章 『虚無』へ
4—1 無変の地
1100年前、マゾクが惑星の魔力化を実行した。
対抗して、人間たちは惑星の完全な物質化を実行した。
結果、魔力化の力と物質化の力という強大なうねりがぶつかり合い、旧文明時代は終焉、惑星は大きな傷を負った。
この『運命の18時間』と呼ばれる災厄で刻まれた惑星の傷こそ、『虚無』の正体。
歴史の教科書的に解説するなら、そんなところか。
ただ、歴史の教科書で得た知識以上に、『虚無』は不気味な場所だった。
僕たちは今、空中戦艦に乗って『虚無』の上空にいる。
艦載機格納庫から外の景色を眺めれば、僕は思わずつぶやいてしまう。
「ひどい景色……」
眼下に広がるのは、地平線の先まで延々と続く、少しの起伏もない、モノクロの不毛地帯。
不自然なまでに雲ひとつない青い空には、闇がそのまま物質化したような細く巨大な尖塔が等間隔で無数に立ち並び、天を貫いている。
多少のマモノを除けば、生き物の気配は一切ない。もちろん、植物だって雑草の一本も生えていない。
まさに『虚無』の世界だ。
「こんな近くで『虚無』を見るの、はじめてだよ。本当に、何もないんだね」
「魔力化した物質と、物質化した魔力が重なれば、そこにはもう生物は誕生しないわ。生物がいなければ世界は何も変わらない。『虚無』は不変の地なのよ」
「不変の地――ある意味、時間すら存在しないってこと?」
「かもしれないわ」
「……怖いね」
1100年もの間、少しも変わらない世界なんて、異常だ。
僕たちの生きるルールから逸脱した世界を前に、僕は正直な恐怖の気持ちを抱く。
一方で、頭にミードンを乗せたメイティは、紫色に輝く魔鉱石を見つめながら表情ひとつ変えずイーシアさんに話しかけた。
「あれなのです。あの四角い大きな縦穴が、座標にあった私たちの目的地なのです」
「分かってるわ。さっそく穴の上に行きましょ」
「お願いするのです」
メイティに言われて、イーシアさんは空中戦艦を巨大な四角い縦穴の上へ移動させた。
底の見えない縦穴の上に到着すれば、今度はイーシアさんがメイティに話しかける。
「ここでいいかしら?」
「バッチリなのです。ただ、魔鉱石の輝きを見る限り、探し物の在り処は穴の底じゃなく、穴の途中にある洞窟の奥っぽいのです」
「あら、そうだったのね。だったら、洞窟の入り口までは無人輸送機で送るわ」
「ありがとなのです。今回は装備に余裕を持たせて、1機で36人を運びたいのです。それと、後詰めの84人を3機の輸送機に待機させてほしいのです」
「援軍も忘れずにってことね。任せてちょうだい!」
軍師らしく、すらすらと今後の方針を語るメイティと、気前よく応えるイーシアさん。
早くも無人輸送機はドアを開け、騎士たちを招き入れた。
ここでメイティは、ミードンの尻尾に顔を撫でられながら、じっと僕を睨みつける。
「お前は今日も私たちと一緒に来てもらうのです。不測の事態があったとき、お前の魔力が必要になるのです」
「え? ああ、うん。分かった、一緒に行くよ」
僕が即答すると、メイティはプイッと目をそらす。
直後、イーシアさんが叫んだ。
「ダメよ! 危険すぎるわ! レンくんは空中戦艦でお留守番!」
いつの間にイーシアさんは僕の腕を抱き、ブンブンと首を横に振っていた。
僕の腕を抱くイーシアさんの力は強くて、ちょっと痛いくらい。これは本気で僕を外に出す気はないみたいだ。
だけど、今回ばかりはわがままを言いたい。
僕はそっとイーシアさんの手を握り、心の声を飾らず口にした。
「イーシアさん、僕なら大丈夫だよ。それに、僕もみんなを守りたい」
「でも……」
うつむき、悩み、そして、イーシアさんは笑顔を浮かべる。
「なら、私も一緒に洞窟に行くわ!」
まさかの提案。即座にメイティが反論した。
「それは困るのです。イーシアには空中戦艦での支援に徹していてほしいのです」
「問題ないわよ! だって私、空中戦艦の意思そのものよ? この体が空中戦艦の外にあったって、空中戦艦の操作はできるわ!」
目をキラキラさせるイーシアさんの圧を前に、メイティは押し黙る。
押し黙って、顎に手を当て、ミードンの肉球をもみもみして、答えた。
「仕方ないのです」
「やったわ! フフ、レンくんと一緒に洞窟探検、楽しみね!」
「さっそく趣旨が変わってるよ……」
もう、イーシアさんは本当に過保護で、のんきだね。
* * *
僕とイーシアさん、シェノとメイティ、ミードン、そして36人の騎士たちは、無人輸送機に乗って空中戦艦を飛び立った。
無人輸送機は、闇の底まで続く、自然のものとは思えないほどに平坦な壁を伝い、巨大な四角い縦穴を降りていく。そうして、途中にある横穴――洞窟に僕たちを届けた。
洞窟にやってきた僕たちは、空中戦艦から持ってきたランプで暗闇を照らし、出発の準備。
騎士たちの先頭に立つシェノは、神器の槍アヴェルスを掲げ声を張り上げた。
「みんな! わたしたちの成すべきことは?」
続けて、騎士たちが応える。
『任務の達成!』
「そのために必要なのは?」
『王国軍人の誇り! 戦の技!』
「そして何より?」
『何より、守りたいものへの想い!』
「よし! みんな、それぞれが守りたいもののため、今日も張り切ろう!」
『おお!』
モノクロの洞窟に、シェノと騎士たちの威勢のいい宣言が響き渡った。
士気を上げ、やる気満々の騎士たち。
彼らのおかげで、僕の恐怖心も和らいだ気がする。
シェノはポニーテールを揺らし、明るい表情を僕に向けた。
「ほらレン! 行こう! 洞窟探検だよ!」
どっかで聞いたような言葉と一緒に、シェノは歩きはじめる。
イーシアさんは瞳をキラキラさせたまま、僕の手を握ってシェノの後を追った。
――二人とも、ちょっとのんきすぎない?
たぶん僕と同じことを思ったんだろう。メイティはぎゅっとミードンを抱きしめ忠告した。
「ここは『虚無』なのです。あまり長居すると、死んでしまうのです」
「にゃ~」
「分かってる分かってる! だからこそ、楽しく早く洞窟探検、でしょ?」
「それもそうなのです」
あ、簡単にメイティが説得されちゃった。
う~ん、騎士たちも思ったより明るい感じだし、僕が緊張しすぎなのかな。
せっかくだから僕も〝洞窟探検〟を楽しんでみよう。
何より、今日も昨日と同じ、みんなで探し物をするんだ。昨日の楽しい時間の続きがはじまるんだと思えば、やる気も出てくるよね。
やる気を出し、気合を入れている間、シェノは騎士たちに指示を下した。
「それじゃあ、6人はここに残って退路の確保、お願い」
「はっ!」
背筋を伸ばした6人の騎士たちは、命令に忠実に従い、洞窟の入り口で仁王立ちする。
そんな騎士たちに笑顔を向けたシェノは、すぐに小声でメイティに話しかけた。
「こんな感じでいいの?」
「はいなのです。この先は、私たちと30人の騎士で充分なのです」
「……さすがに人数、少なくない?」
「ここは狭い洞窟なのです。人数を揃えても、正面戦力は少なくなるのです」
「ああ! そっかそっか! じゃあ人数はそんなに関係ないか」
「はいなのです」
ふむふむ、シェノの指示は、実際にはメイティの指示だったんだね。
目の前で繰り広げられた、騎士団のリーダと軍師の会話。それにしてはシェノもメイティも軽い調子だったけど。
きっと二人は、どんなときだって親友同士なのかな。
さて、洞窟の入り口に六人の騎士を残して、いよいよ洞窟の奥深くへ出発だ。
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