最強の空中戦艦(巨乳のお姉さん)が過保護すぎる!

ぷっつぷ

第1章 伝説の空中戦艦

1—1 古の守護者

 薄い魔力の霧に包まれた瓦礫の大地。

 そこからいくつも天に向かって伸びる、廃墟と化した旧文明時代の超高層建築物たち。

 僕はそんな廃墟の内の一棟で、野良ネコさんと一緒に廃品回収に勤しんでいた。

 

 1100年前に滅びた旧文明時代の物を手にすれば、自然と大きなため息が出る。


「はぁ……ゴミばっかりだ。地下のジオフロントもそうだったけど、この辺の宝は盗り尽くされてるのかも」

 

 目の前にあるのは、割れたガラスの板や空っぽの箱、壊れた椅子やデスクの山ばかり。

 はっきり言って、全部ゴミと同じ。

 ゴミの山を前に脱力する僕のそばで、野良ネコさんは謎の飾りに向かって力強く鳴いた。


「にゃ~ん!」

「うん? ああ、ごめんね、その飾りもお金になりそうにないよ」

「にゃ~」

「いくら旧文明時代の物でも、ゴミだったらお金にならないからね。この調子だと、今日の夕飯は雑草の丸焼きかな」


 土と草の味を思い浮かべて、僕はさらに大きなため息をついた。


「あ~あ、どうしてこんなことに……」


 約1ヶ月前のこと。僕は故郷の村を飛び出し、人間界の端っこにあるベルティアという場所にやってきた。

 故郷の村を飛び出した理由は、本当の両親を探すため。


 僕は両親の顔を知らない。16年前にベルティアの川辺で行商中だった老夫婦に拾われ、故郷となった村のみんなに大切に育てられて、僕はここまで成長できた。

 村のみんなには感謝しているし、みんなは僕にとって大切な人たち。

 けれでもやっぱり、僕が生まれた場所はどこなのか、本当の両親が誰なのか、ここ数年はそればかり考えるようになっていた。


 そうして僕は、両親と自分が生まれた場所を探すため、故郷の村を飛び出した。


――村を飛び出す前に、もうちょっと準備をした方が良かったよね。


 今ならそう思える。

 ベルティアに来たところで無一文の僕は、本当の両親の情報も皆無という状態で、いきなり窮地に陥った。まあ、当然だ。


 困り果てた僕は、とりあえず王国軍に参加することにした。

 お金も食事も、住処も用意してくれる王国軍は、無一文の僕にはぴったしだった。


 もちろん、王国軍に参加した理由はそれだけじゃない。


 人間界の端っこでは、もう100年以上もマモノとの戦争が続いていた。


 戦争が続く場所には命を落とす人がいる。

 なら、少しでも多くの人を守りたい。そんな曖昧な思いが、僕を王国軍に参加させたんだ。


――それでうまくいけば、廃品回収なんてしなくて良かったのに。


 王国軍参加から約1週間後。訓練中に僕の所属する部隊がマモノに遭遇した。

 このとき僕は魔法を使おうとしたのだけど、魔法発動直前に魔法の杖が折れてしまう。

 上官の部隊が間に合ったおかげで命拾いはしたものの、折れた杖を片手に呆然とする僕を見た上官は叫んだ。


『レン=ポートライト! まともに魔法を使えぬ者など、我が軍に必要なし! 貴様は今をもって除隊とする!』


 少しも逆らえなかった。当然だとすら思った。

 だから僕は王国軍を去った。


 王国軍を去ったところで、両親と自分の生まれた場所を知るまではベルティアを離れる気はない。というか、今更になって故郷には帰れない。

 ただ、生きていくためのお金は必要だ。手っ取り早くお金を稼ぐには、旧文明時代の都市遺跡サンラッドで廃品回収という名のゴミ漁りをするのが最適、らしい。


 で、3週間のゴミにまみれた浮浪生活を経て、今がある。


「どこまで頼りないんだろうね、僕。こんなんで両親と自分の生まれた場所、見つけられるのかな? 誰かを守ること、できるのかな?」

「にゃ~ん!」

「君は僕のこと応援してくれるの? ありがと、少しやる気が出てきたよ」


 野良ネコさんのおかげで、やる気だけはいっぱいに。


 さて、やる気に対して少ない成果を袋に詰めた僕は、ふと建物の外に目を向けた。

 地上から遠く離れたこの場所からは、遥か遠くまでが見渡せる。


 廃墟の摩天楼の先に見えるのは、謎の尖塔が立ち並ぶ、どこまでも平坦な白黒の不毛地帯。マゾクによって旧文明が崩壊した際に出現した『虚無』と呼ばれる世界だ。

 あの『虚無』の先に存在する『マカイ』からマモノはやってきて、人々を襲う。


 そんな災厄から人々を守るのが王国軍。


 いや、マモノを倒すのは王国軍だけじゃない。

 僕は廃墟と化した建築物の間を飛ぶ、巨大な鉄の塊に目を奪われた。


「あれは……空中戦艦シェパーズクルークだ!」


 旧文明時代に作られた神器のひとつ。

 1100年間、悠然と空を飛び、いくつも搭載した大砲でマモノを吹き飛ばし、人間を守り続けてきた空飛ぶ要塞。

 空中戦艦を眺めて、僕は思わずつぶやいてしまう。


「ずっと人間を守り続けてきた、伝説の空中戦艦! すごい! はじめて見た! 僕もあんな風に、誰かを守れたらなぁ」


 あれこそ僕が憧れる存在なんだ。

 さすがに空中戦艦と同じくらいに、とはいかないけど、僕も誰かを守りたい。


――誰かを守るためにも、まずは今日の夕ご飯をなんとかしないとね。


 袋を担いだ僕は、空中戦艦に背を向けた。

 と同時、僕の体は凍りついた。

 なぜなら、僕はマモノたちに囲まれていたから。


 暗闇に浮かぶのは、鈍く光る無数の赤い目。壊れたデスクを踏みつけるクモのようなマモノ十数体が、僕を睨みつけている。


「いつの間に!? どうしよう……どうしよう!? そうだ、魔法!」


 担いだ袋は床に落とし、すぐさま予備の魔法の杖を握る。

 にじり寄るマモノに杖の先を向ければ、次は詠唱だ。


「大地よ、惑星よ、災いをも焦がし尽くす炎を――」


 その瞬間、ぱきりと嫌な音が響いた。


 まさかと思えば、そのまさかだ。魔法の杖が、ぽっきりと折れた。

 折れた杖が軽い音を立てて床に落ちれば、マモノたちが一斉に僕に襲いかかる。


「ぼ、ぼぼ、僕はまだ死にたく――」

「にゃ!」

「うわっ!」


 飛びかかるマモノたちを避けようとして、僕は野良ネコさんとぶつかった。

 驚いた野良ネコさんは僕の胸に飛び込む。そして僕は足を滑らせる。


 足を滑らせ倒れる体は窓枠を超え、建物の外に放り出されていた。

 当然、僕は野良ネコさんと一緒に遠く離れた地面に向かって真っ逆さま。

 今までに感じたこともない浮遊感に包まれ、僕は目をつむる。


――ウソ、死ぬの? まだ両親を見つけてないのに? 自分が生まれた場所、見つけてないのに? 僕は自分を知らないまま、 誰も守れず、自分も守れずに死ぬの?


 心はネガティブに沈んでいく。

 けれども、ただ死ぬ気にはなれない。


――せめて、この野良ネコさんだけでも救わないと。


 僕の腕の中で怯える野良ネコさんのため、僕は野良ネコさんが助かる未来を想像した。

 想像した途端、体内が一気に熱くなる。まるで大きな力が体から滲み出るみたいに。


 続けてまぶたの向こうに強烈な光が。

 訳が分からないけど、僕はこの熱と光に頼った。


 そうして数秒、十数秒が経ち、光は消え、さらに数十秒の時が流れ。


 これだけの時間が経てば、僕の体は地面にぶつかって弾け飛んでいるはず。

 でも僕は意識を保っている。


 ゆっくりと目を開けると、キョロキョロする野良ネコさん、そして天まで伸びる廃墟の姿が視界に入った。振り向けば、そこには瓦礫が散らばる地面が。


「い、生きてる? 生きてる!? あれだけの高さから落ちて、まだ生きてる!?」

「にゃ~」

「良かった、君も無事だったんだね。でも、どうして……?」


 嬉しいけど、なんだか複雑だ。だって、なぜ自分が生きているのかが分からないのだから。

 廃墟を見上げれば、さっきまで僕がいた場所は数百メートル上。あそこから落ちてきて、なんで僕は生きてるんだろう。


 いや、今はそれどころじゃない。

 目の前の廃墟が、真っ赤に輝いた。正しくは、廃墟に潜む全てのマモノの赤い目が、僕を睨みつけた。


――まずい! 早く逃げないと!


 頭ではそう思っていても、体は恐怖に掴まれ動かない。


 生き残った、と言うには早すぎる状況だ。

 僕はまだ死の淵から脱出できていないんだ。

 そして、死の淵からの脱出方法を僕は知らないんだ。

 

 死への恐怖、果てしない無力感。僕は野良ネコさんを抱え、地面に座り込んだまま動けない。


——ダメだ! やっぱり僕はここで……。


『今すぐ助けてあげるわ! そこから動かないでね!』


 突如、どこからともなく響いた優しい言葉。


 状況に似合わない柔らかな声音に、僕は思わず振り返る。

 すると、廃墟と廃墟の合間を縫うように、空中戦艦がこちらへ向かってくるのが見えた。

 空中戦艦に積まれた巨大な主砲は、マモノたちの目が光る廃墟を狙っている。


「もしかして……!」


 これから起こることをなんとなく理解した僕。


 直後、空中戦艦の主砲は輝き、4本の青白い光の柱が勢いよく撃ち出された。

 光の柱――光線は廃墟の建物に突き刺さり、爆炎を作り出す。

 轟音が鳴り響く頃には、廃墟の建物は大穴をあけ、今にも崩れそうな状態。


 それでも容赦無く、空中戦艦は砲撃を続けた。

 光線が撃ち出されるたび、爆炎が辺りを焦がし、轟音に地面は揺れ、マモノたちは吹き飛ぶ。

 ついには廃墟の建物は崩壊、破片をばらまき音を立てて崩れはじめた。


 呆然としていた僕は、迫りくる雪崩のような瓦礫にどうすることもできない。


「うわわわわ!」


 情けない声を出しながら、僕は野良ネコさんを抱えて姿勢を低くする。

 そんな僕の前に、角ばった大きな乗り物が空からやってきた。

 乗り物は、まるで早く乗れと言わんばかりにドアを開ける。だから僕は、生き残りたいという思いだけで乗り物のドアをくぐった。


――助かった?


 どうやら今度こそ死の淵から脱出できたらしい。瓦礫の勢いにも負けず、乗り物はふわりと宙に浮かんだ。

 小さな窓から外を見れば、無数のマモノもろとも崩れゆく廃墟の建物が遠ざかっていく。

 代わりに、空中戦艦シェパーズクルークが近づいてくる。


「もしかして僕たち、空中戦艦に連れて行かれてる?」

「にゃ?」


 ゆっくりと動く主砲、太陽の光に照らされる鉄の艦体、悠然とそびえる艦橋。

 伝説の空中戦艦は、もうすぐそこだ。

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