第32話 風神問答・3

「さって。じゃ、話の続き始めよっか」


「……はい……」


「しれっとした顔で当たり前みたいに言っても、私たちやられた仕打ちしっかり覚えてますからね、忘れてませんからね、いつか絶対仕返ししますから」


「えー、でも前回はあたしが一方的になぶられちゃったわけだし、その後ホントに仲間内にあたしの失態公開されたりもしたし、おあいこじゃない?」


「一方的じゃないですからね、前回も相当思うがままにこっちをいじってきたゾっさんに反撃しただけですからね! まぁそれはともかく、話続けるのには私も賛成ですけど、使える時間有限ですし……」


「はいはい。えっと、どこまで話したっけな……邪神って呼ばれてる連中が、神の眷族の職分としては、普通の神って呼ばれてる連中と変わらない、ってとこまでだっけ。じゃあ、そいつらが人次元にんじげんの子たちに、邪神って呼ばれて基本遠ざけられてる理由って、なんだと思う?」


「それは……『神の眷族の職分』ではないところで、俺たち人間にやることが邪悪だからでしょう。この世の邪悪な儀式っていうのは、ほとんどが邪神から伝えられたものだって聞きますし、どんな邪神も基本的には、自分の信者以外の人間を積極的に攻撃することが、教義そのものに盛り込まれてますし」


 邪淫と加虐の神ウィペギュロクももちろんそうだし、苦痛と殺戮の女神ダニムリータも、征服と暴虐の神ヨジュクピアルトも、自らの信者以外を攻撃し、苦痛を与えることを積極的に肯定し、殺すこともいとわないことはよく知られたことだ。だからこそどんな国家でも邪神の信徒となることは禁忌とされ、邪神の加護を受けた存在である邪鬼も、それに連なる眷属たちも、対話や交渉の通用する相手ではない、戦って撃滅するしかない人類の敵性存在とみなされる。


「うん、そうだね。じゃ、なんで邪神のみんなは、そんな教義掲げてるんだと思う? そんな教義が公的に広まることなんてフツーないし、まともな教義で広く認知された方が、捧げられる祈りもずっと多くなるに決まってるのに」


「えっ……」


 それは、確かに。考えたこともないことではあった。


 ロワのこれまでの常識からすれば、邪神はみな本性が邪悪な神々だから、ということになるのだが。ゾシュキアがそんな簡単な問いを投げかけてくるわけはない。なにより、さっきまで説明されていた、『邪神と神は仕事としては同じことをやっている』という事実からすると……いや、それでも邪神が、ゾシュキアの言うところの『仕事以外』の部分で邪悪な真似をやってのけていることには違いないわけで……。


 しばしうんうん考えていたロワは、はっと気づいて勢い込んでゾシュキアに答える。


「眷属からの祈りがあるからじゃないですか!? 邪神の眷族はほとんどが邪神自身で作ったものだから外すにしても、邪鬼やその眷属である魔物たちは、数えきれないほどこの大陸に存在してますから! ネテが、『一説によると、邪鬼の眷族の総数は、大陸の全人口を上回るらしい』みたいなこと言ってましたし!」


「あー、なるほどねー、確かにそういう考え方もあるか。……でもブブー、外れでっす。実を言うとね、人次元にんじげんで邪鬼の眷族って言われてる子たちって、基本全部、邪神が創った魔法生物なんだよね」


「………はい!?」


「あたしよりも古参、っていうか大陸創生期に存在してたような邪神が現役の頃から、ちまちま創って増やしていったお人形なわけ。この世界に元から存在する生物じゃないの。まぁ、たいていの種は貯蓄した魔力が一定量に達すると、繁殖に似たプロセスを経て、あるいは人間の体を使って新しい存在を創ったりするわけだけど、それも性質的には繁殖じゃなくて、分裂なの。たとえ人間の胎を使ったとしても、遺伝子が混ぜ合わされたわけでもなんでもなくて、単純に人間の体内で分身を造っただけ」


「なっ……え、だって……」


「魔法生物だから、魂もなければ感情も理性もない。たとえ人間を惨殺しまくっておぞましい儀式に使ったって、それは単に『邪悪な行動』をするべし、とプログラムされた通りに振る舞ってるだけ。むしろ存在的には哀れな代物なんじゃないかな。ひたすらに『邪悪な』反応を返すように定められたお人形。魂も感情もないわけだから、そんな自分たちに対してもなにも感じられない。それを救いとみるか残酷な仕打ちとみるかは、その人の性格によるだろうけどさ」


「いや……でも! そうだ、邪神も神の一柱で、エベクレナさまたちと性質的には変わらないんですよね!? だったら、人間たちに加護を与える形以外で関わることはできないわけだから、そんな自分で造ったものを、ほいほいフェドに広めるなんてことできないんじゃないですか!?」


「お、いいとこついたねー。これはエベっちゃんに説明してもらおっか。この質疑応答のために、聞かれそうなことを一緒に予習してたら、実はエベっちゃんもよくわかってなかったってことが判明したからねー」


「うぐっ……ま、間違ってないですけど推しの前でそういう言い方するのやめてほしいんですが……ええと、コホン。あのですね、ロワくん。私、邪神の眷族について一度説明したこと、ありましたよね? 邪神の眷族っていうのは、『強力な魔物』として、邪神系の人が自分で創ったものが大半だって」


「ええ……はい、ありました」


「それで、ですね……私もゾっさんに教えられて、初めて知ったんですけど。人次元にんじげんで一般的に、『邪鬼の眷族』って呼ばれてる、一般的な『邪悪な魔物』っていうのはですね……『人次元にんじげんで増殖させて数を増やし、人間に対する脅威と成すために創られた邪神の眷族』ってことらしいんですよ」


「………は!?」


「ね、は!? って感じですよね、神の眷族なのにその職分超えすぎだろって感じですよね!? あまりにも世界に影響与えすぎだろって感じですよね!? この大陸が創られた初期からそーいう、弱めの魔法生物を信者に召喚させ続けて、人次元にんじげんで増やし続けて、邪悪な種族として成立させちゃうとか、もうねぇ! 通算でどんだけ人間の命が失われてんだってことになりますもんね! これ絶対深く考えてやってないですよ、失われる命の価値とかそういうの! お前はどこのマッド研究者だって感じですよね、いや邪神だからそういうの以上に邪悪で当然っちゃあ当然なんですけど!」


「でも、神次元しんじげんの法は犯してないんだよねぇ。人次元にんじげんの子に召喚してもらうための眷属を創ることも、眷属に好みの能力を付加することも、法で禁じられてる、『関わる』って範疇に入ってないんだもん。まぁ、脱法っていうか、法で想定されてた状況の抜け道って感じではあるんだけどさ。やろうと思えば、あたしたちでも似たようなことはできるんだよね、現在でも」


「なっ……」


「……ただ、あたしたちがそういう眷族を創るとしたら、人間を護るものが妥当なんだろうと思うけど……これ、どんな場合でも絶対に犠牲者を出さない、っていう前提だと、行動プログラムの難易度がえっげつないくらい跳ね上がるんだよね……しかもそういうの創るなら増殖させないと意味ないわけだけど、増殖させるとプログラムのどっかがバグ起こす可能性も跳ね上がるわけで。正直安全性から言うと、まったく勧められないって結論が出てるんだ。論文系のログを漁れば、そうでなくてもそういう系の眷族創るための情報集めに検索すれば、今でもかなり上位にこの話出てくるよ。まぁエベっちゃんはそれでも全然このこと知らなかったわけだけど」


「うぅっ……いやだって、そんなもん創ろうとか考えたこともなかったし、しかたないじゃないですかぁ……私もう数百年は神の眷族やってますけど、そういう技術系の知識とかいまだ初心者レベルって自信ありますし……」


「いやそれ全然いばれるこっちゃないからね。……まぁ、いっくら法犯してないっつったって、そんで害を与えるようプログラムされたのが人間だけだから、ほぼ生態系に影響は与えないにしたって、これはいくらなんでもやりすぎだろう、って初期は何度も問題になったらしいんだけどね。法の改正自体は、そもそも神次元しんじげんの法がわりとアンタッチャブルっていうか、誰が定めたのかどうやって決めたのかも不分明な代物なんで、難しいにしろ」


「え、そ、そうなんですか」


「うん。少なくとも記録には、神次元しんじげんの法が変えられた事実は残ってない。まぁこの大陸の創生自体に関わる話だしね。ただ法の執行自体はそういうこと専門の部署があるのは確かだし、そこに属する神の眷族たちがいる。そういう人たちが、普通の司法関係者みたいに、あれこれ議論しつつ、法と現実のすり合わせをして、神次元しんじげんの秩序を保つ一因となってくれてるわけだけど。で、まぁ、そこの人たちが協議した結果、少なくとも『邪鬼の眷族』って代物を創った連中には、罰が下された」


「えっ……罰、下されたんですか?」


 当たり前といえば当たり前だが、話の流れからすると少し予想外だった。


「うん。邪鬼の眷族が人次元にんじげんに存在する限り、邪鬼の眷族を創った邪神には罰が下され続けることになった。だけど、もう既に人次元にんじげんに存在してしまっている、邪鬼の眷族を消滅させることは、法を執行する神の眷族たちにもできなかった……っていうか、その当時も現在も、どんな神の眷族にもできないんだよ」


「それは……人間の世界に、関わることを禁じられているから、ですか?」


「それもあるけど、それ以上に、能力的にムリ」


「……はい?」


「いやだってさ、さっきも言ったけど、対邪鬼の眷族的な代物を創って対抗する、みたいなやり方だと絶対逆に被害が大きくなるし。神音かねの流れを操作して邪鬼の眷族たちに被害を与える、的な案も出たんだけど、他に被害を出さずに邪鬼の眷族だけに被害を与える神音かねの動かし方とか、どんだけ神業なんだって話だもん! 一応、『対邪鬼の眷族』的な術法とかを開発して、神託とかで人次元にんじげんに広めるっていうのはやってみたらしいんだけどさ、それだって強力にしようとすればするだけコストが跳ね上がって、普通の人間には使えなくなるし、普通の術法の範囲じゃ根本的な対策にはなりようがないし! 記録を見る限り、他にもほんっとーにあれこれ知恵を絞ってやってみはしたんだけど、結局神の眷族ごときの能力の範囲内じゃ、被害を出さずに邪鬼の眷族を根絶するのは不可能だ、って結論出ちゃったわけ」


「え、えぇー……」


「いやホントすいません……ごめんなさいマジすいませんとしか言いようないんですが、ぶっちゃけ私らの力の及ぶ範囲ってけっこう狭くて……基本神音かねを動かすことでしか人次元にんじげんに関われないんです私たち……推しがどんだけピンチになろうと、ひたすら加神音かきぃんして加護を貢ぐことしかできないんですよそもそも能力的に! できるもんなら私らだって絶体絶命の推しに神の奇跡とかぽんぽん貢いでお救いさせていただきたいですよ心の底から……!」


「は、はぁ……そ、そう、なんですか……」


 いや別にそれで充分というか、そもそも神々に貢いでもらうという状態自体がロワとしては申し訳なくてしょうがないのだが、『そもそも禁じられていようがいまいが能力的にそれ以外できない』という発想はさすがに浮かばなかった。神々というのは、もしかしてすさまじく不自由な存在なのだろうか。


 唖然とするロワに、ゾシュキアは軽く咳払いをして、話を元に戻す。


「でね。そういう経緯もあって、邪神たちに対する反感は、一般的な神々の間ではけっこう根強い。ぶっちゃけ一緒に仕事してる中で、邪神だってことを明かされたらだいぶ激震走るくらいにね」


「それは……そう、でしょうね」


 ロワの知っているエベクレナたち――真っ当な神々に対する認識が確かなものならば、当然そうなるだろう。というか、反感という段階では済まない、というのが、神々に対する人間の一般的な常識だと思う。


「でも、それでも、邪神たちはその手の行為をやめなかった。人次元にんじげんの子たちを苦しめ、場合によっては死に至らしめることをよしとし続けた。そんなことをしても同僚たちからは敬遠されるし、大半の人間たちから祈りは捧げてもらえないし、眷属たちは魔法生物だから祈りを捧げようとする魂そのものが存在しないから、そんなことを続けても神音かねに困るだけなのに。……これ、なんでだと思う? さっきの質問と同じこと聞くけどさ」


「そ、れは……」


 問われて思わず答えに詰まる。ロワからすると、邪神がそんな風にいつも神音かねに困っている、などという話は戸惑うというか、敵対するべく振り上げた拳の、振り下ろしどころに困る代物なのだが、それが真実なのだとすると、邪神にはどれだけ神音かねに困ろうと、人次元にんじげんで成し遂げなければならないと考えていることがある、ということになるわけで。


 しばし唸りつつ考えたが、結局まともな案は思いつかず、一般論を口にする。


「……邪神たちが、邪悪だから、邪悪を世に蔓延させるのが生きがい、とかだからですか……?」


 正しい自信など微塵もない言葉だったが、ゾシュキアはにかっ、と朗らかな笑みを返す。


「惜しいね。完全な間違いとは言わないけど」


「惜しいんですか!?」


 邪神ってどんだけ単純な頭をしてるんだ、とむしろ驚愕するロワに、ゾシュキアは朗らかな笑顔のまま、さらっと言ってのけた。


「正確には、こうかな。『邪神と呼ばれる存在は、邪悪な行為が性癖だから』みたいな」


「……はい? 性癖……?」


「んーと、そうだね。ロワくん、君って、邪神が加護を与えて、人次元にんじげんで強力な力を振るわせようとしてる存在に対して、邪神側がどう思ってると思う?」


「え……っと、それは、そりゃ、愛しい、というか大切、というか……邪神なんだから微妙に考え方は違うにしても、助けたい、とは思ってるんじゃないですか? 自分の理想を世に蔓延させるための重要な道具、みたいな……最低でもそういう相手じゃなきゃ、加護を与えようなんてしないですよね?」


「はい外れ。邪神はね、基本的に加護を与える連中を一ミリも大切にはしてないよ。ぶっちゃけ使い捨ての棒ぐらいにしか考えてない。まぁ人の趣味はいろいろだから、中にはすごい大切に思ってるって邪神もいるかもだけど……」


「そう、ですか……邪神らしいと言えば、そうなのかもしれませんね」


「うん、だってあたしがこれまでに会った邪神たちは、一人残らず、加護を与えた奴に好き放題にいたぶられる相手のことをこそなにより愛しんでたんだよ」


「………は?」


「つまりね、暴虐を尽くされる美少女とか、惨殺される心正しい騎士や戦士とか、征服され好き放題に辱められる美女や美少女やいとけない子供のことが、好きで好きでしょうがないわけ。可愛くて愛しいそういう子たちが、自分の加護を与えたぶっちゃけただの使い捨ての棒としか思ってない奴らに、ひっどいことをされることが嬉しくてしょうがない連中なんだよ、邪神って」


「………はい!?」


「ね、はい!? としか言いようないですよね、なに考えてんだ正気かって言いたくなりますよね!」


「エベっちゃん、落ち着こう、クールダウンクールダウン。こんな話で我を忘れてもしょーがない」


 呆然とするロワの前で、勢い込むエベクレナをなだめたゾシュキアは、さすがに苦笑を浮かべながら説明する。


「まぁ、君が理解するのは難しいかもしれないけど……そういう性癖の人間も世の中にはいるわけさ。可愛い子が穢され堕ちていくとこが好きとか、好きな子がひどい目に遭わされてるのに興奮するみたいな趣味の奴がね」


「正直、私の価値観からすると、ないわとしか言いようないんですけど……他人の趣味にケチをつけるとか、それこそどうしようもない愚行ですからね。私まだ邪神っていう人本人には会ったことないんですけど……それでも、邪神だからって初対面の人に即ケチをつけるような真似は、正直やりたくないです」


「え……いやその、えっと……なんで、ですか?」


 エベクレナの発言をどう捉えていいかわからず、とりあえず理由を聞いてしまったロワに、エベクレナはくわっと目を見開いて言い放つ。


性癖そこに触れたら、もう戦争にしかなりようがないからですよ! 引き返しようのない泥沼の、徹底的に相手を潰すまで終わりようのない戦いに! だってお互い相手の趣味が微塵も理解できないんですから、対話とか交渉とか成立しませんし! 向こうだって絶対私たちみたいな推し活のこと、『人次元にんじげんの存在にそんなに入れ揚げてどーすんの? 次元違う相手でしょ?』だの、『しょせん(神の)作り物でしょ? それに神音かねぶっ込んで支援するとか……キモッ』とか抜かしてきやがるんですよ!? そうなったら私たちだって、『はぁ!? ふざけんな!』って、相手を全力で叩き潰しにかかるしかないじゃないですか!」


「は……はぁ。……はぁ?」


「あぁっ、その『なに言ってるのか全然わかんないです』ってピュアな視線いつもながらハートに刺さる……でもこれは私も譲れないです。曲がりなりにも推しを愛で、その幸せの一助となることになによりの喜びを感じるからこそ、それを否定されたら全力で戦わざるをえないし、そもそも否定されたくないんですよ! 推しという至高の概念に捧げる想いに不純物を混じらせたくないんですよ! 『ああ~今日も推しの笑顔が尊い』って悦ってる時に、その想いを馬鹿にして貶めてきやがったクズ野郎の顔思い出して嫌な気分になりたくないんですよ! そういうどちらも救われない戦いをいついつまでも続けるよりはマシだと諦めて、どんなに気に喰わないクソどもでも、『まぁ個人の趣味に口出しするのはよくないよね』って大人の思考でもって、『お互い関わらず、口出しもしない』っていう平和協定に従う以外やりようがないんですよ! 邪神に苦しめられる方々からすると噴飯ものだと、重々承知の上でド失礼かつ正直な気持ちを言わせていただくと!」


「は、はい。………はい……?」


 なにを言っているのか全然わからないのは確かだが。エベクレナのその発言は、どこかズレているのはなんとなくわかる気がする、と首を傾げるロワに、ゾシュキアは苦笑の表情を崩さずに説明を続ける。


「それにね。そもそも、あたしたちの生きてる、神次元しんじげんの法則が最大の問題として立ちはだかるわけなんだよね。あたしたちが邪神に抗する手段がない、そして向こうもあたしたちに抗する手段がない、っていう事態の、唯一最大の理由がね」


「……それは?」


「ね、あたしさっき、『神次元しんじげんの存在は、人次元にんじげんに窓を通してのぞき見る形でしか関われない』って言ったよね?」


「あ……はい」


「それってね。神次元しんじげんの中でもそうなんだ」


「……はい?」


「っていうかね、基本的に神次元しんじげんの神の眷族がごく当たり前に、足で歩いて移動できるのは、自分の部屋の中だけっていう縛りがあるんだ。こういう謁見室とか、仲良くなった神の眷族同士がお喋りするための歓談スペースとか、そういうのはあらかじめ許可を取って、自分の部屋の扉の、向かう場所に移動する機能のロックを解除してもらって、扉から転移しないといけないの。そうでなかったら基本、神の眷族って、自分の部屋の外には出られないんだよ」


「………は!?」


 ロワは思わず愕然とする。邪神たちのみならず、エベクレナたち神々全員に、そんな枷が? そんな話があっていいのか? それではまるで、神々全員が、牢獄に閉じ込められているのも同じではないか。


 だが、エベクレナとゾシュキアは、苦笑した顔を見合わせて、肩をすくめてみせた。


「いや、そんな気にすることないですよ? 私たち的にはぶっちゃけ不便ないっていうか、むしろ快適な環境なんで。部屋っていっても一戸建ての家ぐらいに広いですし、やろうと思えばガーデニング用の庭とか体動かす用のトレーニングルームとか増設できますし……まぁそのためには神音かねがいるんですけど……」


「っていうか、そういう環境に慣れ親しんでいて、かつそれを快適だと思ってる人間しか、フェデォンヴァトーラ大陸の神の眷族にはスカウトされないんじゃないかな、ってあたしなんかは思ってるけどね。そこらへんの条件については、まぁ確証があるわけじゃないし、長くなるから今度にするけど……神と邪神が、っていうか神同士でも邪神同士でも、喧嘩できない理由、これでわかるでしょ?」


「は、はい……」


「基本的に神の眷族同士は、直接顔を合わせられない。直接会うには、お互いの同意の上で許可を取った場所でなければならない。自分の部屋に招待するとか、相手の部屋に乗り込むとか、そこまでになると家族にならないといけないんだよ」


「え、家族? なんですそれ、そんな制度あったんですか? 使う人いるんですか?」


「あるよー、実際に使ってる人はあたしも一組しか見たことないけど。でもそういう人たちでも、自分の部屋から繋がる形で共同生活する部屋もあるけど、お互いの部屋は別に持ってるままだし、さらに言うと、部屋の主とか、共同生活する部屋や談話室とかなら、お互いどちらでもなんだけど、そういう存在の意に反することや気に入らないことをすれば、いつでもお互いを自分の部屋に強制送還できる機能もあるんだ。『神の眷族同士は喧嘩できない』って基本原則は変わらないようになってるわけ」


「なんで、そんな仕組みをわざわざ……?」


「さぁねぇ。あたし別に大陸創生期から神の眷族やってるわけじゃないし、知らないけど……この大陸と、それを支える神次元しんじげんを創った存在……たぶん神さまは、眷族同士が喧嘩するのを避けたかったんじゃないの?」


「あー、それは私も同意ですねぇ。私たちの崇める神って、争いが嫌いな平和主義っぽい印象受けますし。そもそも神の眷族として転生させられた人たち自身、基本争いを好まないっていうか、平和と平穏が好きなタイプが大半ですから。邪神の人たちみたいな例外はいるにしても」


「邪神連中が例外かどうかはさておいて、眷属の選定の時にそういうところもチェックされてるっていうのはあたしも賛成だな。……そういうわけでね、あたしらとしては、邪神連中のやることに反感を持ったとしても、文句を言うことくらいはできても、根本的な対処をするのは不可能なんだ。そもそも神の眷族同士で諍いを起こすのは普通に法律違反だし、文句を言うってレベルでも罰金刑くらいかねないほど罰則も厳しい。そしてあたしたちと邪神の、たぶん唯一最大の違いは趣味嗜好なわけで、そこに口を挟むというのはお互いにまったく益のない、終わりのない喧嘩をおっぱじめる理由にしかならない」


「…………」


「長くなっちゃったけど、これがあたしらが邪神に『抗することができないし、その意志もない』理由、ってわけ。納得してくれた?」


「…………はい」


 ロワは思わず椅子の背もたれに身を預け、ふぅっと深いため息をついた。神々と邪神との争いに決着がつかないのが、そもそも『神と邪神は争うことができない』というのが理由だったとは。信心深い人には、たとえ許されていても教えるのをためらってしまうほどの世界の秘密だ。正直、ロワのようなちっぽけな存在には荷が重い。


 何度も深々とため息をつくロワに、エベクレナは『なんか私悪いこと言っちゃいました!?』みたいな顔でおろおろとし、ゾシュキアはまた苦笑して、窓の向こうでなにやら操作した。


 とたん、自分たちが囲んでいた卓の上に、唐突に瀟洒な形と色合いの茶器に入った、氷を浮かべたお茶と茶菓子が現れる。思わず目を見開くロワに、ゾシュキアは笑顔をあっけらかんとしたものに変えて言った。


「とりあえず、いったんお茶して休もっか。今注文した料理済み商品で悪いけどさ、ロワくんには夢の中でも、こーいうのがあるとないとじゃ気分的に違うっしょ?」


「……神さまの買い物って、ここまで料理というか、完成された状態で届けられてくるんですね……」


「まぁここまでしてくれてるのはちょっと割高になるけどね。あたしもぶっちゃけお茶したいし、相手いないのも嫌だからつきあってよ」


 ロワは口元に、思わず笑みが浮かぶのを感じる。ゾシュキアは顔が広いとエベクレナが言っていたが、それはたぶん古株だからという理由のみならず、こういう気遣いが当たり前のようにできる、そしてその上で当たり前のような顔で相手に笑いかけられる、そういう性格が出会った神々に好意を抱かれたからに違いない。素性を秘すのが当たり前の邪神が、彼女には何人も自身の秘密を話しているのもむべなるかな、だ。


「ありがとうございます。喜んでいただきます」


 そう頭を下げて、茶器に手を伸ばす――や、唐突にエベクレナの絶叫が茶席に響いた。


「ちょ……ちょ、ちょ、ちょっと、待―――っ!」


「え、なに、エベっちゃん。ちゃんとエベっちゃんの分も注文してあげたっしょ?」


「いやそれは嬉しいし本当にありがとうって気持ちなんですけど! でもその! こういうこと言うの本当に面倒くさい鬱陶しい奴だなと自分でも思うんですけど! ……これ、ロワくんが食べたら、神次元しんじげんで初めて食べた神の食べ物がゾっさんのもの……ってことに、なりません?」


「………はい?」


「いやまぁそりゃそうなるだろうけど。それがなに?」


「もぉ! もぉぉぉ! ゾっさんそーいうとこ本気淡白ですよね! だってほら、ねぇ、食べ物ですよ? 直接的に推しの血肉になる代物なんですよ? そのお初を自分以外の、それも同担でもない相手に奪われるとか! 普通嫌ですよ、絶対拒否です、推しの血肉になるものを貢げるとかいうクッソありがたいシチュなのに!!!」


『……………』


 いつものことながら意味がわからず沈黙するロワをよそに、ゾシュキアはあからさまに呆れた顔で肩をすくめてみせる。


「や、まぁエベっちゃんがそう言うなら別に、こっから無理やりエベっちゃんの注文したもんをロワくんに喰らわせる展開に持ってってもいいけどさ。今からお茶とお茶菓子選ぶわけ? 今目の前に、冷え冷え飲み頃のお茶と焼き立てお茶菓子があるのに? 推しの初血肉をお布施するんだから~って、無駄にこだわり見せて厳選しようとかしたりするわけ?」


「うっ……う~~~、うぐ~~~……でも嫌ですぅぅ! 自分のこだわりのために推しの幸福損なうとか、迷惑ファンの極みって感じですっごい嫌なんですけどっ、それでも……それでもぉぉ! こんな機会もう二度とないかもしれないのに、推しの初血肉を他の子推してる人に奪われるとかいう悪夢の記憶だけを残すのは……! 今日という日を、絶対後悔したくないからっ……!」


「いいこと言ってる系の言葉選んでも、遠慮会釈なく言っちゃうとガチで迷惑なファンそのものだからねその発言。まーいいけど、気持ちが微塵もわからないかって言われると嘘だし。じゃーさくさく選んで推しの子にさくさく食べさせてあげなよ」


「は、はいぃぃっ! ありがとうございますゾっさん、このお礼は必ず! ロワくん、お待たせしたせめてものお詫びに私の選べる最高の品を贈らせていただきますので、なにとぞ、なにとぞ、私なんぞが眼前を穢す無礼の段についてはご容赦を……!」


「いやなに言ってんだかわかんないから。あと最高の品っつっても、調理済み商品ってなると、どーやっても最高級品とか無理だからね?」


 にぎやかに会話するエベクレナとゾシュキアに、ロワはいろいろ意味がわからなかったが、とりあえず小さく苦笑した。なにがなんだかわからないにしろ、二人が楽しそうなのは、とにかくいいことには違いない。

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