第30話 風神問答・1

「――さて。それじゃ、ガチ問いモードで対話タイム、スタートといきましょっか」


 エベクレナが呼びかけるや、即座に現れたゾシュキアは、水晶の窓の向こうから、にやりと肉食獣のような笑みをこちらに向けた。長い話になるかもしれないからと、雲の上にちゃちゃっと創り出してくれた椅子(雲がその形に湧き上がったように見えるもの。座り心地はそれこそ雲のようにふかふかだ)に座ったロワは、反射的に身じろぎをする。


 自分とゾシュキアの間には、同様に雲で創り出したように見える卓子が置かれ、こちらから見て右横側の、別の椅子にエベクレナが据わっている。四人でひとつの卓子を囲む時の状態から、一人が抜けた格好だ。ゾシュキアと自分の問答が主眼なので、こういう配置にしたらしい。


「質問するのはあたしから。あたしの質問に君が余すところなく正直に答えてくれたら、あたしも君の質問に余すところなく答える。そういうやり方でいい? 曲がりなりにも女神さまに恥をかかせてくれたペナルティってことで、あたし先攻ね」


「はい。かまいません」


「……なんか態度大きくありません? 神の眷族の分際で」


「いやだってこれ、女と女に恥をかかせた男の組み合わせだよ? 神がどうこうって話以前に、どんな状況でも男の方が悪いことになる話でしょ」


「私そういう女尊男卑的思考っていうか、逆男女差別みたいなの好きじゃないんですけど……まぁ、今回は私の方が部外者ですから、これ以上の口出しはしませんけどね」


「よしよし、いい子いい子。……んじゃ、さっそく質問させてもらおっか」


「はい」


 ゾシュキアの瞳に鋭い光が宿る。ロワも身構え、発される問いを待った。どんな質問だろうと全力で答える覚悟を持って女神の視線と向き合うロワに、ゾシュキアはすぱっと、そしてさらっと告げる。


「まず、仲間たち全員、一人一人について、どう思ってるか詳しく申し述べてくれる?」


「……はい?」


「んー、そーだね、一人につき質問一個ってことでいいや。その代わりがっつりしっかり、詳しく説明してね。余すところなく正直に」


「いや、あの……」


「『仲間』ってーのはなしだよ。そーいう『自分の中でその相手をどう捉えているか』を端的に述べたものじゃなくて、相手のどんなところが好きでどんなところが嫌いか、一緒にいたい相手かたまに遊びたい相手か、相手と自分との心の距離、そーいうことをがっつり詳しく説明してほしーの」


「ええ……?」


「まずは……そーだね、やっぱジルくんからかな。はい、説明開始」


「いや……その、ええ………?」


 心底戸惑って、思わずエベクレナの方に視線を向ける。や、なぜかきらっきら瞳を輝かせ、たぶん極力さりげない風を装うことを心がけながら、相当露骨にちらっちらこちらの様子をうかがうエベクレナが目に入り、ああこれは助けにならないな、と理解してゾシュキアに改めて向き直った。


 しかし、この質問。どう答えたものだろう。自分の予想していた質問とは、だいぶ様相を異にしている。


 正直言って、がっつり詳しくと言われても、なにをどう詳しく話せばいいものか。仲間たちは自分にとって、仲間以外の何物でもなく、それ以外の言葉で奴らを表すのはなんというか、座りが悪い気がするのだ。どんなことを言っても、本当の心とは微妙にズレている気がしてしまう。それを説明しろ、と言われても。


「なに? ピンと来てない感じだね?」


「はぁ……まぁ、はい。正直、どう言えばいいかわからないっていうか……」


「しゃーないな。じゃあ、少しでも話しやすくするために、細かく質問させてもらおっか。これは君のフォローのためにする質問だから、質問のカウントには数えないからね」


「あっ……はい」


「じゃ、まず、やっぱここからね。君はジルくんのこと、好き? 嫌い?」


「え? それはそりゃ、好きですけど」


「………っ!!!」


「どんなところが好き?」


「え? どんなところって、いや……うーん……」


 思わず考え込んでしまう。ジルディンのことが好きか嫌いかということならば、まるで考える必要もなく答えられはするが、『どんなところが』と問われると、正直戸惑いを覚えてしまうというか。


「えーなに? 好きなとことか皆無? さっきノータイムで好きって答えておきながら?」


「いや、その、好きか嫌いかで言われれば間違いなく好きなんですけど。でもどこが好きかっていうと……うーん……そうですね……改めてどこが好き、っていうのは正直、ないかも……」


『ええぇぇえ?』


「え、エベクレナさままで声を揃えて……」


「すっすいません、いやでもだってそれあまりに哀しすぎまして! ほんっとーにないんですか? 好きなところ? まるでひとつも?」


「うーん……いいところがない、ってわけじゃないんですよ。あいつ、仕事を怠けたりは基本的にしないし。任されたことはちゃんとやるし。手抜きとかも基本的にはしないし。ただその、そういうのは冒険者やってる以上要求される最低限度の仕事っていうか、好きって言えるほどのことでは……たまにこっそり、人に知られないところでなら、仕事の手ぇ抜いたり怠けたりしますし、あいつ」


「そ、そうなんですか?」


「えぇ。まぁそういう怠けても人に知られようのない仕事って、基本的には成功しようが失敗しようがほとんど他人に影響しない仕事なんで、文句を言うほどでもないかな、とは思うんですけど」


「う、うーん……」


「……じゃあ、嫌いなところは? こういうところが特に嫌い、っていうのある?」


「え? それ……は、そうですね……そういうの、も別に、ないかも……」


「ええぇえぇ!? 嫌いなところも『特になし』ですか!? 存在自体別にどうでもいいいてもいなくても関係ない相手なんですか!?」


「エ、エベクレナさまがなんでそこまで興奮するのかわかんないですけど……『どうでもいい』ってわけじゃ、ないですよ」


「えぇぇ……? それってどういう……」


「嫌いなところがないって、なんで? さっきこっそり仕事の手を抜くとか言ってたでしょ? そういうところは嫌なんじゃないの?」


「えっ……と、そうですね。確かに褒められたことじゃない、とは思うんですけど。でも、なんていうか……仕方ないっていう気がするんですよね。あいつ、まだ十三歳の、成人前の子供なんですから」


『子供』


「えと、はい。本来なら働く前の準備段階の年頃なのに、冒険者として仕事して、少なくとも逃げ出そうとも投げ出そうともせず、俺たちと一緒に、俺たちにとっては欠かせない治療役として一緒に冒険してくれてるって段階で、俺としては充分以上ですよ。だから他のみんなも、あいつのこっそり手を抜くところとかに、誰も文句をつけないんだと思います。実際、問題になるような手の抜き方はしてないわけですし」


『なるほどー……』


「子供かぁ……つまり、ロワくん的には評価できる段階にないって感じなわけか。子供なんだから、まともに仕事する前段階なわけだから、問題が起きないぐらいに仕事してくれたら別にいいや、ってぐらいの」


「そうですねぇ……ゾっさん的には、やっぱ面白くないですかね、こういう発言……?」


「え、なんで? むしろあたしみなぎってきた感全開だけど? つまりあれでしょ、完全に対象外、相手にしてない、スペックがどうだろうと鼻も引っかけてない奴ってことでしょ。そんなん太古の昔から受け継がれてきた、伝統的な年下剣のキャラ属性じゃん」


「………! ほ、ホントだーっ!!」


「子供相手だと思って油断して、まるで警戒してないとこを押し倒されてわからせられるとか、もう伝統芸ともいうべきレベルの年下剣じゃん。『子供扱いすんなよ!』が『俺が子供じゃないって思い知らせてやるよ』に変わる過程とか、あたし的にすんごい楽しみながら見られそうなんだけど」


「うっ……た、確かに!」


「まぁ今んとこ完全に身も心も子供だからどう転ぶかはわかんないけど、それはそれで。あたし子供剣も好きだし。スペック的に周りを敷けるように、能力上げまくらせるとか、もう貢ぎ欲求わっきわきだわ。加神音かきぃんが全力で楽しみになってきちゃったじゃんコレ」


「ぐ、ぐぬぅ、負けるかーっ! 私も加神音かきぃんしますからね、貢いで貢いで貢ぎまくりますから!」


「……あの、すいません。なんかすごく不穏な言葉が聞こえてきたんですけど……? 貢ぐって……」


「おっといやいや別に気にすることないよ。それよりも一応最後に確認取っておきたいんだけど」


「はい?」


「ロワくん。君、ジルくんのこと、大切?」


 思ってもいなかった、というかわかりきっているだろう質問をされ、ロワは思わず目をぱちぱちと瞬かせる。


「ええ、それは、はい。もちろん大切ですけど」


「命懸けて護っちゃうくらい?」


「ええ。だって、仲間だって言ったでしょ?」


『……………』


「え、あの、すいません、なんでお二人とも目を閉じてじっくり噛み締めるみたいな顔を?」


「いや、すばらしい返答ありがとう。さすが、お見事。エクセレントだわ、堪能したわ」


「ええ、初手からこの返答とは。感服仕りました、いえいつも毎回毎秒存在の尊さに感動してますけど」


「え? あ、はぁ……?」


「さって、そんじゃあ次は君の番かな。なんでも好きな質問してくれていいよー、こっちもできる限りガチで答えるから」


「! は、はいっ!」


 言われて慌てて考えていた質問を再確認する。うん、間違いない。まず優先するべき質問は、これからだ。


「まず、お聞きしたい、というか、質問ができるかどうかの確認をしたいんですけど。邪鬼・汪の居場所とか、その能力とか、性質とか思考とか、そういうものについて質問することは、可能なんでしょうか?」


『…………』


「んー、そっちの質問かー。まぁ君の立場だったら当然かなとも思うけど」


「……無理なんでしょうか?」


「無理っていうか……そもそも答えが用意できない、って表現するのが正確かな」


「というと?」


「そーだね。まず、私たち神の眷族が、どうやって人次元にんじげんの情報を得るのか、ってことから説明しようか」


 言ってゾシュキアは、水晶の窓の向こうでなにやら操作したかと思うと、窓の脇になにやらいくつもの、自分の姿を映しているのと同様の、けれどいくぶん小さな窓を浮かべてみせる。


「私らは基本、こういう窓を通してしか人次元にんじげんを見ることができない。まぁやろうと思えば3Dプロジェクションマッピングみたいに……いやちょっと違うかな、とにかく人次元にんじげんの映像を映し出してその中を歩いてる状態を再現する、みたいなこともできるけど、普通はこういう窓から、映し出される映像・音声をのぞき見るようにしてしか、人次元にんじげんと関わることはできないんだ。唯一の例外が、加護を与えるために、この謁見室で人間と相見える時だけなわけ」


「そ、そうなんですか?」


「そーなの。んでね、どうやってその見る映像を指定するかっていうと……これがまた厄介というか面倒というかでね。なにせこの広い大陸の中の映像を、完全アトランダムに拾ってきたりすると、あたしたちとしても見たくもない映像を見ることになりかねないというか、そういうことの方が圧倒的に多いんだよね。飢えに苦しんでる人とか、虐待されてる子供とかさ」


「そう、ですね。確かにそういう光景の方が、一般的には多いでしょうし……」


「うん。そんでそういうの見ても、あたしたちはぶっちゃけ、なーんにもできないんだもん。どんなに目の前のこの子をなんとかしてあげたいって思ったって、あたしらが人次元にんじげんに関わることができるのは、なにかトラブルが起きたりでもしなければ、これぞと認めた相手に加護を与える時だけ、ってあたしらの法に明記されてるんだよ。それなのに、毎日毎日いっしょーけんめー働いてる中で、少しでも癒しなり気分転換なりを求めて人次元にんじげんをのぞいてるってのに、見たくもないような圧倒的多数の、あたしたちにはどうともしてあげられない不幸な情景を見せつけられるとか、勘弁してほしいって思うのが人情じゃない?」


「それは、はい。そうでしょうね……」


「だから、あたしたちが人次元にんじげんをのぞく時には、基本的に何重にもフィルターを設けるわけ。こういうものは見たくない、こういう状況は絶対嫌だ、みたいな注文を反映させるの。その上でこれこれこういう情景が今人次元にんじげんのどっかで見られないかな~、って検索して、候補の情報がいくつも表示される中から、その時の気分に合ったやつを選んで映し出す、っていうやり方なわけよ」


「……はい。おっしゃりたいことは、わかる、と思います」


「で、邪鬼・汪って仮称のついた奴の情報なんだけどね。あたし、ここ数日、フィルターも全部外した上で、その手の奴がやりそうなシチュの情景が見れないか、過去ログ――世界にある程度残されている、昔の情景の名残みたいなのも含めてできる限りさらってみたんだけど。ぶっちゃけ、それっぽい代物が一個も引っかかんなかったんだよね」


「え……!?」


「まぁ、普通に考えて、邪鬼――それも邪神からあんな加護をもらう奴が、網に引っかかるようなことを少しもやってないっていうのは考えにくいから。たぶんこれは、邪神が邪鬼・汪の行動にフィルターをかけてるんじゃないか、って思ったわけ」


「それって……」


「まぁ、つまり、あたしらが自主的につけてる代物の逆バージョンだよね。邪鬼・汪の行動がどんな神のどんな検索にも引っかからないように、見られないように、邪神ウィペギュロクが結界的なものを張ってるっていう。確証ってほどのものがあるわけじゃないけど、あたしの知識じゃこれ以外に正解と思われる解は見つけ出せないな」


「な、るほど……それじゃ、女神さまたちでも、探しようがない、ってことですね」


「うん。あたしたち神の眷族ができることってのは限られてるけど、『加護を与えた対象の行動が、他の神の眷族に知られないように、検索に引っかからないフィルターを張る』っていうのは『できること』の内に含まれるからね。加護を与えた対象は、基本その神の眷族が面倒を看て、いずれ眷属に至らせるべきもの、って公式見解ではなってるから、よそから首を突っ込まれたりしないための対策はできるんだ」


「え、でも……邪神は確か、所有する眷属は基本的に自分で創り出したもの、なんじゃなかったでしたっけ?」


「お、よく覚えてたねぇ。邪神系の連中がやるのはまた別っていうか、能力の一部を眷属を創り出す際に受け継がせる、みたいな感じなんだ。一般的な神でもそういうやり方はできなくはないんだけど、誰もそんなつまんないことしたがらないだけで。邪神系の連中としては基本、加護を与えた相手の人格の継承とかにリソース割きたくないから、そういう方法がメジャーになってるんだろうね」


「なるほど……」


「けど、まぁ、邪神たちにしてみれば、加護を与えた奴がでかいことをしてくれればしてくれるだけ、邪神崇めちゃう系の連中に名前が売れるから、祈り捧げられて使える神音かねが増えはするわけだからね。一般的な布教より効率は悪いけど、邪神系じゃ数少ない、一気に名前を売る機会なわけだし。ウィペさんとしても、相当量加護をぶっこんでるだろう邪鬼・汪の情報は、できる限り他の神々に知られないようにしておきたい、って考えるのはフツーでしょうよ」


「そう、ですか……。………。あの、お聞きしたいんですが」


「ん?」


「ウィペさん、って……もしかして、ゾシュキアさまって、邪神ウィペギュロクと、面識があるんですか?」


 それなりの覚悟を持って真正面から問うと、ゾシュキアはその質問が来ると思っていた、という顔でにやっと笑った。


「それはまた、別の質問として扱わせてもらうけど、いい?」


「………いえ。次の質問の時までに、問いの内容を練っておきます」


「はい、おりこうさん。……さって、じゃあ、またこっちの質問なわけだけど」


「あ、はい」


「今度はネテくんかな。相手へ向けた自分の心情、がっつり詳しく説明してみて?」

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