独裁者の鉄道旅行

@MUL630

第1話

 その国は、とある独裁者に支配されていた。

 親の七光りで育った独裁者は常識がなく、機嫌を損ねると、すぐに誰かを刑務所に送って処刑してしまうという、なんとも理不尽な国家だった。


「ふーむ、退屈だ。ここは一つ、新しく建てた別荘にでもいってみようじゃないか」

「それは素晴らしいお考えです、閣下!」


 側近のT氏は、またいつもの気まぐれと思いながらも、笑顔でそう答えた。

 

「よし、明日の朝、私専用の列車で出発するとしよう。完璧に準備をしておけよ」

「はい、もちろんでございます。必ずや、閣下の満足されるご旅行になりますとも」


 独裁者が自室に戻るのを見届けると、T氏はあわてて各所に連絡を取った。

 当日は不測の事態に備え、何人もの使用人を同行させ、超小型の無線機で指示を出すことにした。


「この人数を用意すれば、きっと何があっても大丈夫だろう。機嫌を損ねて私が処刑されてしまう、なんてことは避けなければ」


 次の日、独裁者とT氏は、用意したリムジンに乗り込み、運転手に駅まで行くように伝えた。


 駅に着くまでにほかの車や人に会うことはなく、すべての信号が青になっているというほどの徹底ぶりだった。


「閣下、駅に到着いたしました。それではホームまでご案内いたします」


 T氏がリムジンのドアを開けると、何十人もの使用人が頭を下げ、それがホームまで続いていた。気分を良くした独裁者は、ふんぞり返りながら足を進め、目当ての列車の前までたどり着いた。


「いやあ、いつ見ても素晴らしい列車ですな、閣下! 一流シェフのいる食堂車に、書斎に改造された車両、さらにバスルームまで完備しているとは恐れ入ります」

「ふふふ、よくわかっているじゃないか。さあ、出発だ」


 独裁者は勇んで乗り込んだが、席に着いたとたん、うとうととし始めた。そして、窓のカーテンを閉め、すっかり眠りこけてしまった。それを見てT氏は、ふうと息を吐いた。


「……お休みになられたか。別荘につくまでの3時間ほど、私もゆっくりできそうだ」


 しかし、いくら待っても列車は動かない。不審に思ったT氏は、いったん列車から降りて、駅員を問い詰めた。


「一体どういうことだ、なぜ列車が動かないんだ!」

「申し訳ありません、エンジンが急に故障してしまい、発車できません」

「なんだと、3時間後には、別荘についていなければいけないんだぞ。すぐに修理するんだ。それと、使用人たちは、何があってもいいように車両の周りで待っているように!」


 仕方がなく、一度T氏は列車に戻ると、独裁者はまだ席でいびきをかいている。

 とにかく、なんとかしなくてはいけない。しかい、いい考えが浮かぶこともなく、ただ時間だけが過ぎていった。


「ううむ、少し眠っていたらしい。あとどれくらいで到着するのだ?」

「お目覚めですか、閣下。あと半分、といったところです」

「そうが、おや? 列車が進んでいないような気がするな」

「おお、そういえば、列車とは動くときには揺れるもの。きっと、列車も閣下のご命令を待っているのでしょう、どうかご命令を」


 刑務所行きだけはなんとか避けたいT氏は、苦し紛れに一計を案じた。


「ようし、列車よ、進むのだ!」


 独裁者の言葉と共に、T氏は無線機に向かって『ゆすれ』とささやいた。

 その言葉を聞いた使用人と駅員は、一斉に車両を揺らし始めた。


「おお、やはり閣下の言葉は偉大ですな。列車が動きましたぞ」

「ううむ、普通列車とは、ガタンガタンと鳴るものではないか?」


 再びT氏は無線機に、『音を出せ』とささやく。すると今度は、外にいる者たちは、工具やパイプなどを手に取り、車両を殴りつけた。


「さすがは閣下、音もしっかり鳴っておりますぞ」

「うむ、やはり私の命令は絶対ということを、列車もわかっているようだな」


 独裁者は満足したが、問題が解決したわけではない。もう別荘に着くということはない状況を、なんとかごまかさなければいけない。


 そこに、事情を知らない一人の男が通りかかった。

 独裁者専用の列車を何十人もの人が取り囲み、揺らし、凶器を持って叩いているのを見て、その男は叫んだ。


「か、革命だー! 革命が起こったぞー!」


 すると、国中の人々は大いに混乱し、騒ぎとなった。そしてその情報は、すぐにT氏の無線機にも流れてきた。


「な、なにが起きたんだ!?」

「閣下、革命が起こったとのことです!」


 独裁者は激怒し、床を踏みつけながら、大声で怒鳴った。


「おい、すぐに引き返すんだ! 急いで駅まで戻れ!」


 T氏は晴れやかな笑顔で、列車のドアを開けた。

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