記憶喪失君とヤンデレ風婚約者と時々うさぎと

ナナシノ

1 目覚めはうさぎと記憶喪失と和服美人

 身体が痛い、身体が重たい。

 目覚めとしては最悪の感覚を覚えながら俺は目を覚ました。目に映るのは天井は木目、横を見れば襖に障子、床は畳の上に布団。どうやら和室のようだ。


 身に覚えの無い痛みに耐えながら上半身を少し起こすが布団の上には何故か兎が数匹、俺の顔を覗くように座っていた。


「……何故に兎が?」


 俺が起き上がった事に驚き半分、喜び半分といった様子で兎達は布団の上から跳ね上がり畳の上でくるくると駆け回る。


 なんともファンシーな光景だ。おまけに俺の身体はあちこちが包帯に巻かれている。頭に限っては顔が露出している事以外は包帯でぐるぐる巻き。これではまるでミイラ男だ。


 一体俺の身に何が――


「……俺は、何だ? 名前、名前名前名前……何だっけ?」


 自分の身体がこうなったのもそうだが、自分の名前そのものがまるで浮かんで来ない。思い起こそうとしても縄か何かで締め付けられるような痛みだけが頭に走る。


「くそっ、どうなってんだ……? まさか、記憶喪失って奴か?」


 自分が記憶喪失だと認識できる辺り、基本的な知識までは失ってないようだ。失っているのは、自分に関する『記憶』だけ、らしい。


 お先真っ暗とはこの事だ。ここが何処なのか、何でこんな大怪我を負ったような姿でいるのか、それ以前の問題だ。目覚めの感覚だけでも最悪だったのに、自分の事がまるで分からない。思い出そうとしても頭が軋むだけ。


 諦めた。


「マジかよ……どうしよう」


 脱力して布団の上に倒れ込む。するとまるで心配でもするかのように兎達が俺の顔をまた覗き込んで来た。


「……おまえ達俺がナニモンか知ってるか?」


 思わず兎達に聞いてしまう。当の兎達には人語など話せる筈も無く、その首をちょっと傾げるだけだ。


「おーヨシヨシ。かわいい奴らめ」


 記憶も無いままに思考もブン投げて兎の頭を撫でてるとスーッと襖が開く音が聞こえた。誰かがこの部屋に入ってきたようだ。


「あ……」

「わぁ綺麗な人」


 部屋に入って来たのは、和服を着たとびきりの美人さんだった。その人が入って来たと同時に兎達が美人さんに駆け寄る。どうやら飼い主らしい。

 記憶喪失になっておいてこんな事を思ってる場合じゃないが、見ていて惚れ惚れするぐらいの美貌だ。腰元まで伸びた黒髪。無駄なく着こなしてる着物姿。まさに和服美人といった趣き。精巧にできた日本人形を可愛くデフォルメすればこんな風になるのだろう。


「あ、見惚れてる場合じゃねぇや。あの……世話してくれたの多分アンタだと思うんだけど、ならお礼を――」

「目が、覚めたのね!」


 この美人さんがこの家の人なら手当等をしてくれたんじゃないかと思い、礼を言おうとした時だった。美人さんはまるで歓喜余ったかのような顔をして俺に抱きついてきた。


「う……」


 余りに急な事で俺には驚く声を上げる間も無い。というか美人さんの力が思いのほか強すぎてただでさえ包帯に巻かれた身体から悲鳴が聞こえて来そうだ。

 一方の美人さんは俺の身体に頬擦りまでしてくる始末だ。記憶が無いだけにこの人が何故こんな事をしてくるのかまるで理解出来ない。


「あ、あのちょっと離れて貰えます!?」

「何故? 私は一ヶ月も待ったのに」


 一ヶ月? 待った? 

 この美人さん、俺の事を知っているのか。


「アンタ、ひょっとして俺の知り合いか何か?」

「どうしてそんな事を聞くの? まるで初めて会ったみたいに」


 流石に美人さんも違和感を感じたのか抱き着くのを止めて俺から離れる。

 その目には涙。喜びと、まるで何かに裏切られたかのような悲しみの混じった、複雑な目だった。


「あー、怪我のせいなのかどうかは分からんけど……記憶喪失って奴になったらしくて。自分の名前すら思い出せんのよ。だから、アンタが俺の、何だったのかも……」


 そう告げると、急に美人さんの涙が引っ込む。まるで感情の一切が消えたかの如くスン、と。


「やっぱり、なのね」


 そして一人何かに納得したかのような声が美人さんの口から漏れた。何だ、何を飲み込んだのか。


「アンタ、どうしたの?」

「いえ大丈夫。うん。分かってた筈よ。お医者様もこの可能性があるって……」


 美人さんは俯いたまま自分に言い聞かせるようにブツブツと呟く。聞こえた限りはどうやら俺は既に医者の見立てに掛かっていたようだが。


「名前、忘れちゃったのね?」

「え? ああ……アンタが知ってるなら、教えてくれるんならありがたいけど」


 この美人さんは明らかに俺の事を知っているのは確かなようだ。自力で思い出せないなら誰かに聞くしか無い。


「貴方の名前は、桃園 蘭太郎。私の、婚約者」


 桃園 蘭太郎。それが俺の名前のようだ。結構派手な名前だ。


 いや、ちょっとまて。美人さんはなんて言った?



 婚約者だと?








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