第37話 崖の上に待つのは何?
「ヒナツ!」
ヒナツはその手にたくさんの小瓶を抱えている。
「これは薬なんだ。だってそうだろ? 僕がわざわざ風狼族の集落まで行って買ってきたんだ。だから、これが間違いなく薬なんだ。ウルズが持ってきた薬は毒薬だ。はやく、村の皆を救わなければ――」
「ヒナツさん。まさかそれはボク達に飲ませてたあの小瓶じゃ――!?」
「あぁ、やぁ。ミラさん。やっぱり僕の薬が効いたんですね。さぁ、もっともっと飲んで元気になりましょう」
気のせいか、ヒナツの目の焦点が合わない。
虚ろな目が赤く光っている。
「カナタ、これってもしかして今から村中にあれを撒くつもりなんじゃ」
「そうかもしれねぇ」
「そんな事! ボクが絶対に許さないんだから」
戦いになるかもしれない。獣人同士の戦いってどうなるんだろう。ウルズさんとスクさん、大人二人がオークに立ち向かう戦いを思い出す。どう見てもヒナツはカナタ達より大人だ。だから、やっぱりヒナツの方が力は強いかもしれない。
「医療道具作成!!」
私はもう一度白衣を纏う。もちろん、皆の分も作った。カナタはどうしてかブカブカの白衣になってしまった。いきなり着せられた服にも戸惑っている。
『ハイ、ハルカ。カナタに着せる白衣のイメージが大人のサイズでした』
わーっ!? こんなところでもしかして私の中の彼方先生のイメージが出てしまった? 今からでも小さく出来ないかな。
だけど、そんな時間はないみたい。
カナタが腕まくりをサッとして走り出した。戦闘が始まってしまったみたい。
「ハルカちゃん、こっちきて!」
「え?」
「まわりにもいる」
ミラの横に私、ライム、ソラが集まる。
「囲まれてる」
「そうなの? 全然わからない……」
「とりあえず、母ちゃんに知らせなきゃ」
ミラが大きく息を吸おうとして突然むせ始めた。
「どうしたの!? ミラ」
「ケホッ、わかんない。だけど、これじゃあ遠吠え出来ない」
『変な匂いモャ』
『変なもの撒かれてるラム!?』
見つかった時の遠吠え対策もしてあったって事なのかな。それじゃあ、私達でこの人達全員をとめないとダメってこと!?
「ミラちょっと見せて」
視診をする。おそらくだけど状態異常のとこに遠吠えが出来ない表示があった。
カナタも遠吠え出来ないとわかったから先に動き出したんだろう。
どうしよう。私がここにきたせいだよね。
「ハルカちゃん、今は自分の事責めてる場合じゃない。ボクが道をひらくからソラ達と村に走って!」
「無理だよ。私、ミラ達みたいに走れないよっ」
何人かわからない。ヒナツについてきてた人だろうか。ぞくぞくと姿を見せた。
私の足がまるで病院にいた頃みたいに重く、動かなくなった。
怖い。怖いよ。
毎日近づいてくる、死の気配。それに似てる。ゆっくりと真っ黒な何かが近付いてくる。
「ハルカちゃん、お願いね!!」
「ミラ!!」
ミラもカナタみたいに飛び出して行く。私だけがその場に残された。何も出来ない。無力な私がそこにいる。元気になって退院していく人達を眺めてたあの日みたいな――。
「助けて、お母さん!! お父さん!! 彼方先生っ――」
ミラが目の前で捕まった。地面に押し付けられ顔が痛みで歪む。
「ハルカっ、はやく逃げろ!!」
ヒナツが小瓶をカナタにぶつけた。割れた途端、咳き込みだすカナタ。
「カナタぁ!!」
解毒薬……はやく作らなきゃ……。間に合わない?
もし毒が、あれを薄めて使うのだったら? あれが原液だったら?
『危ないモャ!!』
『ハルカ、すまんラムッ!!』
ライムとソラにぶつかられ私はよろめいてそこから移動した。
二人がそこにいたはずの私の代わりに吹き飛ばされる。
「ライム! ソラ!!」
違う。私は今助けてもらう側じゃない。私が、皆を救う側なんだ! だって、私皆を救う【もふもふのお医者さん】なんだからっっ!!
動け!! 私の足! 私の体!!
皆を確認するため前を見据えると眩しい光が飛び込んできた。
「な……に――?」
目の前がキラキラする光に塗りつぶされた。カナタもミラもライムもソラも、誰も見えない。
ううん、違う。誰かがいる。
いったい――、誰?
『ハルカ』
「もふちゃん?」
もふちゃんに似た女の子が立っていた。だけど、彼女みたいな羽はなくて、かわりにカナタ達みたいな獣耳や尻尾がある。
『皆を救って――』
声ももふちゃんと同じだ。この世界に来た時に聞いた声。
「もふちゃんなの?」
女の子は首を振ってにこりと笑った。
『ワタシは――――』
目の前の光が消えた。
ううん、消えてなくて――、私の体にくっついていた。
足が軽い。今なら、走り回れそうな気がする。私は足に力をこめた。
まずは、ふっ飛んでいくソラとライムを空中で受け止める。
そして、次はミラを押さえつけてる人達を押し上げ投げる。次々にくる相手すべてをふっ飛ばし続けた。
「ライム、ソラ! 保定!!」
『了解ラムッ』
気絶する相手なら、巻き付くのは簡単なようだ。次々とライムは自分の体を伸ばし、絡みついていく。
自動回復では遅いと思い、ミラに回復魔法をかけ、次へと飛んだ。
「カナタ! 今行くね!!」
カナタのもとに駆けつけ、毒がかかった場所に手を当てた。
「
カナタの咳き込みが止まる。
残るは……。耳が足音を捉える。ヒナツと別に二人。
「ライム! 追加二人!!」
カナタをミラのとこまで引っ張っていき、ライムに叫ぶ。
「行けるラム!!」
再び足に力を入れて私は駆けた。私より大きい大人の男の獣人二人をライムに向けてふっ飛ばしていく。
すごい聴力、跳躍力、そして攻撃力。私の体、どうなっちゃったんだろう。
耳がいつもより高い位置にあるような気がする。髪の毛も伸びてるし、……って、白くない!?
お尻のあたりに自分の意志とは関係なく動く尻尾……。しっぽ!?
気になるけど、今はヒナツを止める方が先だ。
「ヒナツさん!!」
ヒナツの前に立つ。彼はとても驚いた顔をしていた。
「イーシャ……、イーシャっ!!」
私に近付いてきているのに、私じゃない名前を呼ぶ。
「まっててくれ。もうすぐイーシャが好きだって言った村の人全員、イーシャのところに連れて行くから。僕もすぐその後に」
「ヒナツさん!! イーシャさんはそんな事望んでいません!!」
「イーシャ……? 何言って……」
「イーシャさんは病気の子を……皆を救いたいって言って神様のところに行ったんです」
「違う。違う。違う!! 僕じゃない。僕じゃない。僕のせいじゃない。僕はちゃんと薬を……。この薬が皆を救うんだ!! イーシャ、君も――」
小瓶が私に向かって飛んでくる。それを割れないように受け止めた。
「ヒナツさん、もうやめて――」
そう伝えようとした。だけど、目の前に飛んでくるのは毒の小瓶。ヒナツが持っているのを次々と投げてくる。
「危ない!!」
カナタが私の前に立ち、飛んでくる小瓶を次々と受け止めた。
「カナ兄、こっちはボクがっ」
「おぅ!!」
小瓶をミラに渡し再びカナタがヒナツへと向かっていく。
反撃に転じるヒナツの目が赤い。もしかして――。
「
ヒナツを見る。オークやソラ達が以前なった症状がヒナツの状態異常のところに表示されていた。
アルラウネの花粉? でも、アルラはカナタの部屋に……。
でも、これなら治せる。もしかして、話が通じるようになるかも。
カナタは足をかけヒナツを地面に伏せさせた。
「カナタ、そのままおさえてて!!」
「ん、わかった!!」
体格差から時間はあまりない。私は足に力をこめてヒナツとカナタがいる場所まで飛んだ。
「毒よ、消えろ!!
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