第32話 飛んでいって欲しい痛みって何?
「ハルカ、おい。大丈夫か!!」
「カナタ……」
「くっ、次がくる」
カナタが必死に引っ張って最初の一撃から守ってくれたようだ。ただ、その衝撃で彼は背中に傷を負っていた。
「おい、ソラ!! さっきみたいにでっかくなってくれ!!」
カナタは歯を食いしばりオークの左腕を私を抱えながら躱すけれどまた衝撃を受けた。庇われている私でさえ一瞬気絶するほどの衝撃だ。それを直接受けているカナタは――。
「マル!! やめろ!! こっちだ! こっちを見ろ!! お前の魔素不足を埋められるのはオレだ。だから、こっちを向けっ!!」
イツキが叫びオークは反応する。だけど、目だけはずっと私達を見ている。
『ハルカ、今日はもう変身使っちゃったモャ』
そう、カナタ達を助けるのに今朝変身を使ってもらっている。
「カナタ、ソラはもう変身出来ないって」
「――ッ!? なら、俺がやるしかないか!」
「無理だよ!! その怪我じゃ!」
「カナ兄っ!!」
反対側にいるミラにカナタが叫ぶ。
「ミラ、父ちゃんを呼んできてくれ! はやく!」
「カナ兄――、わかった!!」
ミラが走り出す。
私ができる事……、カナタの怪我をなんとかしなくちゃ。
「ライム、回復薬を」
『ないラム!!』
そうだ。余分にあった回復薬、カナタやウルズさん達に使ってしまった。
「ごめんね、カナタ。回復薬全部使っちゃってて」
痛みを我慢してる。なのに、カナタはなんとか笑顔を浮かべている。
「大丈夫。俺がハルカを守るんだッ! ずっとハルカに守ってもらってばっかりでっ。今度こそ俺が守るッ!!」
私を抱えながらすれすれで躱していく。
だけど、何度目かの攻撃で足にオークの爪がかかりカナタは倒れてしまった。しかも私が傷つかないよう庇うように倒れたせいか、足を挫いたようだ。
「ハルカ、逃げろ!」
オークの腕が振り下ろされてくる。私はとっさにカナタの上へ覆いかぶさった。その上にライムとソラが被さってきた。
「……あ、あれ?」
何の衝撃も来なくて顔をあげるとオークは腕を振り下ろす直前で動きを止められていた。
オークに長い鞭のようなものが巻き付いている。
「はやく、あんまりもたないぞ!!」
巻き付いているのはイツキの武器らしい。だが、時間の問題のようだ。ずりずりと彼は引っ張られている。オークに力負けしている。
「カナタ、行こう!!」
「無理だ、走れない。ハルカはやく行ってくれ!!」
「嫌だ!!」
「ハルカっ」
嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
もう救えなかったなんて絶対にしたくない。
だって、あんなに悲しくて苦しいんだ!!
必死にカナタの体を引きずろうとする。だけど、少しずつしか動かせない。
諦めたくない。諦めたくない――。
『――ハルカ、回復魔法を』
もふちゃんが呟く。もし、バレたら私はいなくならないといけない……?
カナタに抱きつく。例えバレたって、何もしなかったら私は後悔する。
「痛いの痛いの、お願いカナタから飛んでいってぇぇぇぇッッッ!!」
ブチッと何かが千切れる音がした。オークが自由になったのかもしれない。だけど、私は目の前のカナタの治療に集中する。私が抱きしめてたはずなのに、ぎゅっと抱きしめ返された。そのまま、すごい勢いで横に体が飛んでいった。再びカナタは跳躍が出来るようになったみたいだ。
「カナタ! カナタ! 痛くない? 大丈夫?」
「なんかよくわかんねーけど痛くない! それどころかさっきよりはやく動けそうだ!!」
「こっちだ!!」
イツキさんが少し離れた崖の上をさしている。
そういえば前にカナタも高い場所に逃げてたっけ。
イツキが長い鞭で引き付けながらそこへと向かう。だけど、考えるのは最初と同じ結末だ。オークを静めないと暴れ続けてしまう。
「イツキさん。魔素は!?」
「だから、言ったろ。ないんだよ!」
「魔素、作って食べさせればいいんじゃないですか!?」
「オレは魔素が作れないんだ! お前と違ってオレはッ!?」
「じゃあ、私が作ります!!」
「ダメだ!! 魔物使いと契約してる魔物は契約主以外からの魔素は受け取れないんだっ」
「そんなっ!! じゃあ、どうすれば」
崖の上に登り下を見ると、オークは何度も突進してきていた。
「……契約を切って自然に返すしかないか」
「それで助かるんですか?」
「マルは……死ぬ」
「え?」
「安全対策だよ。魔物の魔核に契約魔法を打ち込んでおくんだ。主人や人に危害を加えそうな時には契約破棄してそれを発動させる。すると魔核が破壊され死ぬんだ。魔物使いの習わしだ。それをしてない魔物は強すぎる場合村や街に入れないからな」
「他に手は!?」
「ないだろ。魔物使いの聖域まであの状態のマルを引き連れては行けない。ごめんな。マル――」
「待って下さい!! 魔素が本当に受け付けないのか試してからでも」
「無理なんだよ。すでに試されてるんだ。何代も何代も!!」
でも、イツキがすごく辛そうな顔をしているのがどうしても見逃せなかった。まるでお父さんが私を見る時みたいな。大切に思ってる相手を見る。その表情だと思いたい。
「もふちゃん、何かいい手はない!?」
『ハイ、ハルカ。魔力魔素変換の材料を変えれば問題は解決すると考えられます。契約主のものしか受け付けないのであれば、その材料は目の前に――』
「そっか!!」
手を突き出すイツキ。私はその手に掴まった。
「な、おい。何するんだ!?」
「私が魔力を魔素にします。だからイツキさんは魔力を私に下さい!!」
「は、いや、そんな事できるわけ。そもそも魔力を渡せって。なんだよ、もふちゃんって……」
「私に使っていいって許可して下さい!」
「は、あ、使って……いいぞ?」
たじろぎながらだけど許可はもらった。さっきの魔素を作った時の感じを思い出す。自分の体の中からあったかい塊を手ですくい上げるみたいな。あれをイツキさんに向かってすればきっと――。
「魔力魔素変換!!」
見えない手をイツキさんに伸ばす。イツキさんのは冷たいジュースの缶みたい。ひんやりしてるそれを取り出して小さく砕き固めなおす。
「は、嘘だろ。でき……たのか?」
ラムネ瓶みたいな色のきれいな魔素玉が出来上がる。
「オレの魔素の色だ」
これ、人によって色が違うんだ。私のはみかん色だったもんね。
「イツキさん、はやくしてあげましょう」
魔素玉を手渡し、もう一度オークを見る。口に放り込めるような気が全然しない。
どうやったら食べさせられるだろう。
「ハルカちゃん、カナタ、無事か!!」
「カナタ、ハルカちゃん、どこっ!!」
ウルズさんとスクさんの声。
「父ちゃん、ここにいる! ハルカも無事だ! 今からオークに魔素を飲ませたいんだ。だから動きを」
「わかった! 少し傷付けるかもしれんがそこは我慢してくれ」
オークの左右に別れウルズさんとスクさんが駆け回る。オークの腕や足を少しずつ傷付けながら、動きを遅くしていく。
「やっぱ父ちゃん、母ちゃん、すげぇ」
「オレも止めに行く」
イツキが飛び下りていき、加わる。オークが倒れるのももうすぐだろう。
『ライムも行くラム』
「え、ライム!?」
ドスンと大きな音がする。オークが地面に倒れ込んだ。だけど、手や足はまだ完全に動きを止めていない。あの手に当たって魔素を吹き飛ばされたら大変だ。
「わかった。ライムあの手足を保定して!」
『了解ラム!!』
小さなソラがライムを乗せて崖をくだっていく。
ライムだけなら変身前でも問題なく乗れるみたい。
オークの前でぴょんと背から飛び降りライムが伸びる。ぐるぐるとオークの手足に巻き付くとまわりの木々にも巻き付く。すごい伸びてる。あんなに長く伸びれるんだ。
『ハイ、ハルカ。ハルカのレベルアップにより、ライム、ソラのレベルも上昇しております』
あ、そうか! ライムも強くなってるんだね。
「イツキさん、魔素を!!」
「わかってる!!」
イツキは、噛みつこうとしているのか何度も開閉するオークの口に魔素を放り込む。
「頼む、マル! 戻ってきてくれ!」
口の中に入り、飲み込んだような仕草があった。効果はすぐに出た。
口の開閉は止まり、目の充血が引いていく。
動かそうと必死だった手足が静かになっている。
視診をすると、ほとんどなかった魔素のバーは半分くらいに戻っていた。
「イツキさん、オークさんどうですか!?」
イツキは顔をあげる。だけどすぐ、膝をついて泣き出してしまった。
え、え? 駄目だったの!?
「マル、マル、まるぅぅぅぅ!!」
『主、大丈夫ですから落ち着いて……』
「うぁぁぁぁぁぁん」
子どもみたいに泣くイツキと体が動かず上を向いたまま落ち着いてと繰り返すオーク。
どうやら、オークが無事だったからイツキは泣いてるみたいだった。
良かった。あとは傷の分の回復薬ともう一個魔素玉を作ってあげれば大丈夫……かな。
私は戻ってきたライム達を抱き上げた。
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