第24話 番外編・嫌な予感(カナタ視点)

 父ちゃんはまだ帰ってきていない。なのに、ウチに向かってくる足音がした。かなり静かに歩いている。俺達が音を消して歩く必要があるのは、狩りをする時だ。

 嫌な予感がする。

 まずはミラを起こす。同じ音が聞こえるか確かめてもらう。


「ボク、カナ兄ほど耳よくないからわからないよ」

「そっか……」


 だけど、胸騒ぎはおさまらない。父ちゃんがいない今は俺がこの家で一番年上の雄なのだ。皆を守らなきゃならない。


「ライム、ハルカをいつもみたいに体の中にいれろ。もしかしたら、危険が迫ってるかもしれないんだ」


 ハルカのスライム、ライムを起こす。なんか抗議してるみたいだが、俺には魔物の言葉が聞き取れない。


「ハルカ、ハルカ!」

「んー、何? カナタ」


 翻訳してもらおうとハルカを起こすがだいぶ近くまで迫っている気配だった。今度はミラも聞き取れたようで一緒に急かしてくれる。

 ゆっくり説明している時間はなさそうだ。

 俺とミラ、二人が焦っていたからかライムはハルカを飲み込んでくれた。俺もああやって飲まれてたのか。っと、そんな事気にしてる場合じゃなかった。


「ミラ。お前も一緒にライムの中に入ってくれないか?」

「え、ボクもカナ兄とここで」

「ミラは体が治ったばっかりだ。動けるかどうかもわからないだろ? ライム、ミラも頼む」

「え、カナ兄!?」

「ハルカを中に引きとめてくれ」


 ライムは何かを察したのか俺の言う通りに動いてくれた。

 これで、中から出てこなくなるよな。

 ハルカが外に出るのは、ライムが出すか、ハルカが指示したときだろう。ハルカがミラの体を気づかってくれるならたぶん。いや、絶対に出てこないで様子をみてくれるはずだ。


「ライム、お前が安全だと思うか、俺が安全だって言うまでお前はハルカを出さないでくれ」


 俺は魔物の言葉はわからない。だがおそらく魔物は俺達の言葉を理解している。その証拠に、ライムは頷くような仕草をしたあとソラの横にくっついた。


「お前らは小さいから、どこかに入って隠れられるだろう。アルラは、花にしか見えない……よな? よし、俺は母ちゃんのところに行ってくる」


 部屋を出る。そこには母ちゃんが立っていた。


「母ちゃん」

「カナタ、聞こえたのかい?」

「うん。ミラ達はライムの中に入って隠れてもらってる」


 耳がいいやつらに聞こえないように口の形だけで話す。狩りの時に使う話し方だ。


「父ちゃんじゃないね」

「あぁ、ウルズならドスドスいい音で帰ってくるはずさ。カナタ、あなたもミラ達のところに」


 俺はぶんぶんと顔を横に振る。母ちゃん一人守れない雄がこれから家族を持つなんて出来っこないだろ?


「まったく。ウルズそっくりだね、そういうところは」


 一人入口に近付いてきた。数人の足音は家のまわりで止まっている。逃げられないように取り囲んでいるんだろう。


「こんばんは――」


 父ちゃんと村長の座を争っているヒナツの声が入口からした。


「はい、こんな夜中にどうしたんですか? ヒナツさん」

「スクさん、すみません。ウルズさんが怪我をしまして今こちらで止血をしているのですがもし薬がおありでしたらと」

「どういう事だ!?」


 俺は外に飛び出した。


「お前が父ちゃんに怪我させたのか!?」


 噛みつく勢いでヒナツに飛びかかる。

 だけど、軽々と避けられてしまった。


「おっと、誤解しないでください。我々は怪我をしたことを伝えに来ただけで、怪我をさせたのは薬の順番を待てなかった子どもの親なんですから」

「なっ」


 たった数刻の差で治るはずだったのに、それすらも待てない人がいたのか。俺の胸の音がドッドッドッとはやくなる。


「薬は……ない。父ちゃんが全部持ってるはずだ」

「……そうですか。それでは」

「カナタ! 逃げなさい!!」


 母ちゃんが飛び出してきて、俺を突き飛ばす。

 高く突き上げられ隣の家の屋根の上に降りた。


「母ちゃん!?」


 ヒナツの他に三人、四人と母ちゃんを捕まえて動けなくしていた。すぐに家の中に他の獣人も入っていく。何が起きたのかわからないまま、俺は走った。

 父ちゃんのところに行かなきゃ……。あの強い父ちゃんが帰ってこれないほどの怪我をする訳がない。


「父ちゃん! 父ちゃん!」


 父ちゃんの匂いを探し走る。父ちゃんの匂いが強い方に…………。


「父ちゃ……」


 たどり着いた場所には赤黒い血溜まりがあった。

 後頭部に衝撃を受ける。俺の視界はそこで真っ暗になった。


 ◇◇◇


「……………………カナタっ! カナタ!」

「母ちゃん……?」

「カナタ! 痛くない? 大丈夫?」


 後頭部がズキズキする。だけど心配させたくなくて俺は平気なふりをした。


「大丈夫。……母ちゃんは、怪我とかしてない?」

「大丈夫。わたしは大丈夫よ」


 声だけしかしない。どこにいるんだろう。

 腕も足も体もぐるぐると縄で縛られている。噛みちぎりたいけど口にまで拘束具がつけられていた。

 話すことは出来るけれど、鼻から口にかけて覆われたそれは噛む事をさせないための道具だ。


「ここ、どこだ?」

「……村の中で暴れた者を反省させるためにつくられた牢屋ね」

「なんで、そんなとこに?」

「わからないわ……」

「そうだ、父ちゃんは? ミラは?」


 木で出来た柵は体当たりすれば壊れるかもしれない。その対策のためにか内側に大きな棘が伸びている。体当たりをすれば傷つくだけでなく、返しによって身動きが取れなくなるか大怪我をするだろう。


「ミラは運ばれてきていない。ウルズは……」


 足音がして母ちゃんの言葉がとまる。


「ウルズさんなら丁重に扱っていますよ。ご安心下さい。罪人を裁く前に死なせてしまっては皆に面目がたちませんからね」


 ヒナツが再び俺の前に立った。


「罪人? 何のことだ!!」

「カナタ君、君は賢いからどうすればいいかわかるよね?」

「俺が聞いてる事に答えろよ!! 罪人って何だよ!?」

「この薬は誰が持ち込んだんだい?」


 ヒナツの手にはハルカが作った解毒薬と回復薬があった。


「知らない!! 父ちゃんは!? 父ちゃんはどこだよ!!」


 はぁとため息をつきヒナツは薬を懐にしまった。


「朝が明けたら会えますよ。処刑台でね」

「なっ!?」

「あぁ、ミラ君をどこに逃したか教えてくれれば、カナタ君は助けてあげてもいいよ」


 俺は口をつぐむ。

 喋ったら、今度はミラそれとハルカが危険になると感じて。


「そうですか。残念です」

「今の話、ミラも助けてくれるの?」

「えぇ、スクさん。ミラ君が素晴らしいものに目覚めたのであれば大切にしますよ。大切に、ね」


 もしかして、ミラが調合スキルに目覚めたと思われているのだろうか。でも、ミラがそうじゃないとわかったら……。


「母ちゃん!! 駄目だ!!!!」


 同じ事に思い至ったのだろう。母ちゃんは口を閉じた。


「そうですか。なら捜索を続けるしかありませんね」


 そう言って、ヒナツは俺の前から立ち去った。

 まだ、見つかっていない。なら、逃げられる。

 ライム達が機転をきかせてくれればミラはきっと逃げられる。旅をしてきたハルカならきっと上手くしてくれるはずだ……。

 俺は自分の無力さに歯軋りはぎしりした。

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