3 ブラッドリー・モーガン 9

 それからのアドルフは本当に人が変わったかのようになってしまった。あれ程成績が良かったのに、あっという間に落ちていき……勉強すらしなくなった。


 乱暴な言葉遣いや態度で屋敷の使用人達を怯えさせ、家族もどうすれば良いのか困っていた。けれど、頭を強く打ってしまった後遺症のせいだろうということでアドルフの横暴な振舞を見過ごしていた。


 そして、それはエディットに対しても同様だった――




****



 いつもと変わらない週末。俺はアドルフの家にやってきていた。そして毎回酷い言葉を投げつけられるエディットが性懲りもなく訪ねて来た。


 アドルフに会う為に……。



 「あの……週末なので伺いました。わ、私……クッキーを焼いてきたので一緒に食べませんか……?」


 サンルームで二人でカードゲームをしていると、エディットがオドオドした様子で現れた。


「何だよ? エディット、また来たのかよ。しかも毎回毎回甘いお菓子を持ってきやがって……。俺はなぁ! 甘いお菓子は大嫌いなんだよ!」


 バシンとカードをテーブルに叩きつけるアドルフ。するとその言葉にエディットの肩がビクンと跳ねる。全く……見ちゃいられない。


「まぁまぁ、そんな事言うなって。エディット、作ってきたクッキーを見せてくれよ」


「は、はい……」


 俺は笑顔で立ち上がると、エディットから紙袋を受け取った。開けてみると形の良いクッキーとバニラの甘い香りが漂う。

 エディットはこれをアドルフに渡す為に……。嫉妬心が湧き上がるのを必死に堪える。


「うわ〜すっごく美味そうじゃないか? そう思うだろう? アドルフ?」


 アドルフを振り返って声を掛けるも、あいつの口からはいつものそっけない言葉が出て来る。


「ふん! 知るかよ。だったらブラッドリー。お前が全部このクッキーを食べればいいだろう? 俺は食わないからな」


 多分半分強がりで言っているのは分かった。何故なら腕を組んでいるあいつの腕が少しだけ震えていたからだ。


「そうかい。なら俺が全部もらうよ。いいだろう? エディット」


「は、はい……どうぞ……」


 俯きながら頷くエディット。まるで仕方なしに俺にあげるのだと言われているようで、やり場のない怒りや悲しみが込み上げてくる。

 そこで俺は当てつける為に全ての手作りクッキーを二人の前で食べてやった。


 それでもまだアドルフとエディットの間には見えない絆で繋がっているように思えて非常に気分が悪い。

 何故ならアドルフはいつも週末はエディットがやって来るまで出かけようとしないからだ。


 すると、案の定アドルフはエディットに声を掛けた。


「何だよ。エディット、まだここにいたのかよ?もう用事は済んだんだろう?さっさと帰れよ」


「で、ですが……今日は週末で……が、学校もお休みですから……」


「俺達はこれから町に遊びに行くんだよ」


 アドルフはエディットから視線をそらせながら口にする。まるで心の動揺を知られないようにしているように俺には見えてしまう。


「だったら私も一緒に……」


 これ以上二人が会話をしている姿を見るのは耐え難かった。そこで俺はアドルフの肩に腕を回した。


「悪いな〜。実は俺たち、これから女の子を釣りに行くんだよ。な? アドルフ」


「あ、ああ……そうだ」


 ますますアドルフは俯き加減になる。本当に分かりやすい奴だ。


「う、嘘ですよね……アドルフ様……。わ、私達……婚約しているんですよ?」


「うるさい!だから何だって言うんだよ!さっさと出ていけよ!」


 するとエディットの目に見る見るうちに涙が溜まって来る。まただ、結局いつもと同じだ。

 歓迎されないエディットはアドルフに冷たい態度を取られて泣いてしまう。お決まりのパターンだ。


「エディットが出ていかないなら俺たちが出ていこうぜ!」


 アドルフは顔を背けると俺に声を掛けて来た。


「あ?あ、ああ……」


 アドルフが部屋を出て行くので俺も慌てて後を追った。そして通りすがりに彼女に声を掛けた。


「エディット、俺は君の味方だからな?」


 

 そうだエディット、早くアドルフのことを嫌ってしまえ。それであいつとの婚約なんか破棄してしまえばいいんだ。


 そうしたら、今度こそ俺の婚約者になってもらうからな。大丈夫、俺はエディットを幸せに出来る自信がある。



 けれど……後に目論見が見事に破綻することになるとは、このときの俺は思ってもいなかった――

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