昇降(仮)
@traveler31
昇降(仮)
横浜に夢を叶えるエレベーターがある。
あなたがそのエレベーターの前に立っても、何も起こらない。スイッチが光ったり、音がなったり、ましてや扉が自動で開くことは決してない。ただ鼠色をした鋼鉄の扉がしんと立ちはだかるだけだ。
あなたがこのエレベーターに乗りたいのなら、自らの手で開けなければならない。両手が塞がっていようとも、今すぐに乗りたかったとしても、慎重に、優しく開かなければならない。
しかも扉は一枚ではない。あなたは重い外扉を開けたとしても、次にはひし形の格子が美しい、蛇腹状の内扉が現れる。この扉も、指を挟まぬよう気をつけながら開けなければならない。
ここで粗雑に扱えば扉は固く閉ざされ、あなた―――だけではなく、すべての人が永遠にこのエレベーターに乗ることができなくなるだろう。
二枚の扉が開かれれば、あなたはエレベーターの内部に入ることができる。余裕があれば、古びた床の上で一度深呼吸をしてみるといい。埃っぽく、少し錆びた鉄の匂いに、六十年を超える歴史の重みが混ざっている。
もしかしたらあなたは怖気づくかもしれない。
―――これが、本当に動くのか、と。
ここで焦ってスイッチを押してしまうと、当然ながらエレベーターは動かないだろう。扉を開けたなら閉めなければならない。先程開けた外扉と内扉をしっかりと、最後まで隙間なく閉めた上でスイッチを押す。そうすれば、エレベーターはゴドッと鈍い音を立てて上へ動き出す。
電光表示がない代わりに、あなたは内扉の隙間から、薄暗い外扉や壁や柱が下に流れていく様を覗くことができる。時たま見える白い数字で、確かに2、3、階と上昇していることを確認でき、あなたは少し安堵する。
エレベーターの振動はお世辞にも快適とは言えないが、身を任せてみれば、生き物の鼓動のような親しみを感じることもできるだろう。
それも束の間だ。すぐにエレベーターは目的の階に到達する。そしてあなたはまた繰り返す。内扉を開け、外扉を開ける。どれだけ面倒でも、繊細に労るように。
そうすれば、あなたの眼前にはエレベーターに乗る前とは違う景色が広がっているはずだ。似たような色彩、似たような外観のフロアであっても、あなたはエレベーターに乗り、上階へ移動した。その事実は揺らがない。
きっとあなたの夢は叶うだろう。数日後か一ヶ月後か一年後か、はたまた数年後かは分からない。投げやりのように感じるかもしれないが、この話にオチはないのだ。
◆
「運が上がるエレベーターだけに……なんつって」
ブッコローは大きく咳払いをし、姿勢を正してから話を続けた。
「で、これは二次創作じゃなかったんで選考対象外になっちゃったんですけど、僕、これ読んでパァーーッと思いついちゃったんですよ。第二回の小説企画として、二次創作に限らず、有隣堂伊勢佐木町本店のエレベーターを舞台にした小説を募集するのはどうかって。そして、プロの先生方にも別で依頼して、プロ・アマ合作の夢のアンソロジーにするんです! あのおなじみの先生方にもぜひ!」
ブッコローは一気にまくしたてると、両翼を大きくバサバサと羽ばたかせる。
「そしてここからがメインとも言えるんですが、出版記念に、長期休暇でリアルイベントを展開するんです。
『あの伝説のエレベーターに乗れる!? 一日お一人様限定!! 手動式エレベーター体験の世界!!』
客単価は平日5000円、土日10000円あたりですかね。こうしてエレベーターによる収入を得ることで、修理の方もなにか別の道を見つけ……ゆくゆくは中華街! ハマスタ! 赤レンガ! 有隣堂伊勢佐木町本店!! と、横浜の一大観光地として名を連ねていきましょうよ!! これぞまさに、エレベータードリーム!!!」
ブッコローの野望は、有隣堂の社長室からいつまでも響き渡っていたーーー
おしまい
昇降(仮) @traveler31
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