怪談短編集
紫水Shisui
第1話 お化けの正体
「唐笠お化けって本当に居るんですよ」
そう口を開いたのは、大学で知り合った後輩のA君です。学校帰りに寄り道をするのが僕達の習慣で、その日もファミレスでドリンクバーだけを注文しダラダラと取るに足らない雑談をしていました。
彼はオカルト方面には興味の無い現実主義かつ飄々とした性格で、例えば、夏に仲間内で心霊スポットに行くという話になれば、
「幽霊なんて居るわけないじゃないですかw」
と少し馬鹿にした風に茶化すような人間でした。
ですからそんなA君からこのような言葉が出てきてとても驚きました。
以下にA君が話した内容をまとめておこうと思います。
しかし、後述しますが、僕はこの話を信じる気にはなれないでいるのです。
******
A君がまだ小さかった頃、おおよそ小学生くらいの時、彼は母親とはあまり仲が良くなかったらしいです。今風に言うと毒親で、下手したら虐待に当たる様なことをされていたと言います。例えば、親の言うことを聞かなかったら食事抜きとか、ぶたれるとか、家を追い出されるとか。
そんなだから、Aはよく数日間の家出をしていたそうです。向かった先は近所にある公園。その公園は、入り口を入ると左手に滑る所が筒状になっている大きな滑り台がありました。大きなホースの中を滑り降りる、ウォータースライダーなんかでよく見る形状の物だそうです。これが公園横の道路のすぐ近くに配置されていました。
ある時、A君は家出して、いつもの公園へ向かいました。その日は小雨が降っていて雨風凌げる場所が必要だったので、先述の滑り台の中に避難したんだそうです。
その中で、持ち込んだお菓子を食べたり漫画を読んだりして数時間が経った時、音が聞こえてきたと言います。
「ピシャッ、ピシャッ、ピシャッ」
A君は最初、雨の中誰かが歩く音だなと思って、あまり気にせず手元の漫画に目を落としていたんです。
「ピシャッ、ピシャッ、ピシャッ」
足音の主が近づいてくるので、この公園横の道を通り過ぎるのだろうなんて思っていたA君ですが、この時、何か違和感を感じたそうです。
「ピシャッ、ピシャッ、ピシャッ」
ついに、自分の滑り台の真横にある道まで足音が近づいてきた時、A君は違和感の正体に気づいて物凄い恐怖に襲われたと言います。
文章で伝えるのは難しいですが、普通雨の中を歩く足音は、
「ピシャッピシャッピシャッピシャッ」
みたいに、足音は一定のリズムであるはずです。
つまり、今自分のすぐそばに居る何かは片足で跳ねながら移動していたのです。
この時、A君は明確な理由があった訳ではないけれど、これは人ではないと直感したと言います。
「(得体の知れない化け物が外にいる!)」
そう思ったA君は息を殺して"何か"が去るのをひたすた待ちました。
そうしていると、足音は自分に気付く様子もなく通り過ぎで行いきました。緊張の糸が解けて安堵したA君ですが今度は逆に好奇心が出てきて、その"何か"がどんな姿形をしているのか確かめたいと思ったらしいです。恐る恐る外を覗くと、そこにいたのは唐傘お化け。幼稚園においてある児童用の絵本とかによく出てくる、我々もよく知っているあのままの姿だったと言います。拍子抜けしてしまったA君は、この時完全に恐怖心を失ったらしいです。
A君から聞いた話はこれで終わりです。冒頭で、僕は彼の話を信じてないって書きましたけど、何を信じてないって、その“何か”って本当に唐傘お化けだったのか? と言うことです。
「幼少期の記憶は自分でも気づかないうちに書き換えてしまうことがある。特に、恐ろしい物を見た記憶ほど、可愛かったり、面白い物にデフォルメしてしまう。あるいは、恐怖の記憶そのものを深層心理の奥深くに封印して、思い出せないようにしてしまう。」
これは以前A君が言っていたセリフです。人間の脳には確かにそんな機能があるとどこかで聞いたことがあります。ただ、いざ自分が当事者となると、これがなかなか気づかないものです。
話し終えたA君の後ろには、片足が根元から千切れ、大きなレインコートを着た男が立っていたんです。所々破れているフードの隙間から見える血走った目が、A君を凝視していました。恐らくは彼には見えていないのでしょう……
A君はあの時一体何を体験したのでしょうか。真相はもはや、誰にも分かりません。
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