クールで素っ気ない彼女が今日も寝かせてくれない
くろい
1章
第1話4年目の彼女
冷房の効いた部屋のベッドに寝転んで、漫画を読んでいたときであった。
インターホンが鳴ったので玄関へ行きドアを開けると、ムワッとした外の熱気が部屋に流れ込んでくる。
それが不快で頬を引き攣らせながら、俺はやって来た人物に声を掛けた。
「あー、夏樹か……」
「私が来ちゃまずい?」
やや不機嫌そうな顔で俺の顔を見てくるのは
彼女との恋人生活はそろそろ4年くらいになる。
綺麗に整った顔立ちとスレンダーな体系。
そして、何よりもショートカット寄りなボブヘアーが非常に魅力的な子だ。
さて、夏樹が来たのが不味くて頬を引き攣らせていたんじゃなくて、熱気のせいだという弁解をしておかないとな……。
「玄関を開けたら暑くて嫌になっただけだ」
「そう? 私が来たのが面倒くさそうな顔をしたと思った」
「なわけないだろ。彼女が家にやって来たら嬉しいって」
「ふーん……」
「というか、いつまでも外にいないで上がってけよ」
俺は夏樹を部屋に招き入れる。
靴を脱いだ夏樹は部屋にある冷蔵庫を開けてお茶を飲みだした。
「勝手に飲むなよ」
「はいはい」
謝らない夏樹はそう言って、自分のカバンから新しいお茶のペットボトルを2本取り出して冷蔵庫へ仕舞った。
これで文句はないでしょ? 的な顔で。
まあ、確かに文句はないな。1本が2本に増えたのだから。
「で、今日はどうして来たんだ?」
「暇だから」
「じゃあ、どっか行くか?」
「ん~、どっちでも良いんじゃない?」
なぁなぁな返事をされてしまう。
実際のところ、俺も本気でお出掛けをしようと言ったわけじゃない。
暇な彼女がやってきたので、彼氏らしく言ってみただけで、本当はこんな暑い日に外になんて出たくない。
「なら、行かない方向で」
「うん」
夏樹は小さく返事をし、俺の部屋にあるベッドに寝転んでスマホを弄り出した。
わざわざ俺の部屋にやって来てまで、するようなことなのだろうか?
まあ、普通に気まぐれで恋人の部屋に行く……なんてことはあってもいいか。
勝手に疑問を抱き、勝手に解決した俺はさっきまで読んでいた漫画を再び手にして読むことにした。
そして、20分も経たないうちに漫画を読み終えた。
「ふぅ……」
漫画を読み終え、少し凝った背筋を伸ばした。
そして、俺は夏樹の方を見たら、彼女の引き締まった魅力的なお尻に視線が吸い込まれてしまう。
さすが、運動が好きで週3でプール付きのフィットネスジムに通っているだけはある。
俺は静寂が支配する部屋の中、気が付けば夏樹の尻に手が伸びていた。
が、しかし、邪な俺の気配を察知したのだろう。
「……さわるな」
尻に伸びていた俺の手を夏樹は汚物かのようにパシッと払いのけてくる。
ちょっと悲しい気分になった。
「前はいつでも触らせてくれたのに」
「はいはい」
文句に対し、なんで触らせてくれないかの理由を夏樹は教えてくれなかった。
まあ、なんとなくわかる。
付き合いたての初々しい頃なら、相手からのボディタッチなんて気にならない。
しかし、もうそろそろ恋人になってから4年が経とうとしている。
そりゃあ、いきなりお尻を触られるなんていう行為に煩わしさを感じるのは無理もないんだよな。
などと、一人で納得していたら、夏樹はひょうひょうと俺に聞いて来た。
「エッチしたいの?」
「したいと言ったら?」
「ん~、今は無理」
期待させるようなことを言っておいて、期待を裏切るのが夏樹という彼女。
昔は、俺が誘ったとき、バツが悪いときには「ごめんね?」と申し訳なさそうに謝ってくれたのに。
「じゃあ、なんで聞いたし」
「……」
小さな声でちょっとした愚痴を溢すも、夏樹に無視されてしまう。
まあ、今のは俺も声が小さかったから独り言みたいだったし無視されるのもわからなくもないけどさぁ……。
ただ、別にまあ。
「何でニヤニヤしてんの?」
うげげという顔で、夏樹は俺を見てくる。
そりゃまぁ……、確かに夏樹は昔に比べたら凄く素っ気ないのは間違いがない。
ただ、だからといって……
「夏樹ちゃんは今日も可愛いなって」
別に嫌いじゃないどころか、普通に大好きである。
初々しさや恥じらいは失ってしまったが、今の方が昔よりも気楽に一緒に居られて心地が良いのだから。
「ありがと。きっしょいけど……」
ツンとした態度で褒められて罵倒もされる。
これがツンデレという奴なのだろうか?
いや、待てよ? 今のはお礼が先で罵倒が後だから……デレツンか?
「にしても、ツンツンになっちまったよなぁ……。前はデレデレだったのに」
夏樹の変わりようを嘆いた。
すると、夏樹はため息を吐いた後、俺の頬を両手でぎゅっと押しつぶした。
「いつまでもデレデレしてるのってキモくない?」
「しょうですね」
頬を押しつぶされてひょっとこのような顔をしていることもあり、俺は舌ったらずでそう言った。
そして、夏樹は不満げな顔で話に広がりを持たせる。
「てか、
俺の頬をぎゅっと押しつぶす手を離しながら、熱のこもった感じで夏樹は言った。
もしや、俺が甘やかしてくれないから夏樹はツンツンと……。
と思い、甘やかそうと頭を撫でようとしたら、
「きしょいから」
パッと手を払いのけられた。
うん、だと思った。
「これが倦怠期ってやつか……」
「はぁ……。なんで、こんな男と付き合っちゃったんだろ……」
「じゃあ、別れるか?」
「……別れない」
髪の毛をいじいじしながら夏樹はむすっとした顔で言った。
しれっと別れないというあたり、夏樹の愛を感じて嬉しい。
別れるという話題を振られたからか、俺はとあることを思い出した。
「そろそろ付き合い始めて4年目なわけで……。一応、
「じゃ、ケーキでも食べよっか。でも、お金ないから安いので」
「お前がそう言うならしょうがないな」
恋人1周年は、結構ちゃんと祝ったのを覚えている。
でも、4年目となればこんなもんなのかもしれない。
日々、薄れていっている恋人との刺激的な日常。
それをひしひしと感じる。
「今の俺達って前に比べて淡々とした感じだけど……。夏樹はどう思う?」
「そんなもんでしょ、4年も付き合えば」
「それもそうか。さてと、そろそろお昼時だけど……外に食べに行くのは微妙だな」
外は燦燦と太陽が輝き、セミの声がひしめき合う。
季節はまさしく夏。外へ出れば、容赦なく暑さが襲って来るに違いない。
ご飯を食べに行くためだけに、外に出るのはご免被りたいところだ。
「じゃあ、私が作ってあげよっか」
違う。そうじゃない。
暑くて外食したくないという俺の発言を、夏樹は彼女の手料理が食べたい的なあれと受け取ってしまったようだ。
彼氏に手料理を所望されたと思い、夏樹はなんか嬉しそうな顔だ。
はぁ……、しょうがない。
外に出たくなかったけど……。
「材料を買いに行くか」
※
冷房は消さずに俺と夏樹は食材を買いに外へ出た。
部屋を冷やすときに大量の電力を消費するわけで、ちょっとの外出ならエアコンはつけっぱなしの方が得なのだ。
「暑いな」
「湊が私の料理を食べたいって言ったんだからしょうがないでしょ」
夏樹に文句を言わないと窘められる。
いや、俺は本当は外に出たくないだけだったんだけどな……。
お前が勝手に勘違いを……と言ったら、怒られそうなので黙って置く。
「何を作ってくれるんだ?」
「何食べたいの?」
「カレー」
「ベタだね。まあ、うん。そうしよっか。福神漬けは?」
「いや、カレーと言えばらっきょう漬けだろ」
「福神漬けでしょ。カレーを頼むと高確率で付いてくるじゃん。つまり、福神漬けこそカレーのお供として一番」
「いやいや、福神漬けは安い。らっきょうは高い。だから、らっきょうをつけるお店が少ないだけだろ」
「違うし。らっきょうは福神漬け以上に好みが別れるし、残すときも存在感が出て残しにくいだけ。美味しければコストなんて無視してらっきょうをつけるでしょ?」
相容れない意見。付き合いたての頃であれば、互いにじゃあ、どっちもにしよっか。などとふざけた折衷案を出しただろう。
しかし、そろそろ4年目を迎える俺達は初心ではない。
互いに一歩も譲らずに討論を続けた。
結局、結論は宙ぶらりんのままスーパーに辿り着いた。
人参、ジャガイモ、玉ねぎ、豚肉、カレールウを買い物かごに入れた後、俺と夏樹は福神漬けとらっきょう漬けもかごに入れる。
「まあ、それぞれ好きな方をつければ良いか……」
「別に高い物じゃないしね」
料理に必要なモノをカゴに入れ終えた俺達は、レジで会計を済ませ再び灼熱地獄の外へ出た。
全ての買い物袋を俺が持っていると、夏樹は俺を見ながら言う。
「買い物袋のひとつくらい持つのに」
「か弱い彼女に重い物を持たせられないからな」
「4年目でも変わらないんだね」
「変わって欲しかったか?」
「ううん。これはそのままで」
態度は素っ気ないけど、たぶん上機嫌な夏樹は短い髪をなびかせ俺の横を歩く。
もう数えられないほど一緒に歩いて来た。付き合う前、付き合いたての頃は一緒に歩くだけでドキドキとしたけど今はそうじゃない。
それでも――
彼女である夏樹のことが好きなのは変わらない。
「ふ~、暑い。帰ったら、シャワー貸してよ?」
夏樹は胸元に滲む鬱陶しい汗を服でぬぐいながら、俺に優しく微笑んだ。
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