第121回 カクヨム再考

 デジタル・パブリッシングのオープンカンファレンスが9月に開かれた。ここでは大手小説投稿サイト、小説家になろう、エブリスタ、カクヨムの三つのサイトの代表が一堂に会して、「小説投稿サイトのいま」という話題で話し合った。

 前提となるのは文芸書が売れないという出版不況の問題である。ただし出版不況も大人向け文芸書が売れないだけで児童文芸書は好調なのは断っておく。

 いっぽうで小説投稿サイト発の作品は商業出版やアニメ化、そして初版数万部でのスタートなど恵まれた面も大きい。

 かつて雑誌が担っていた小衆・分衆の拠り所が、webに移ってきたというのは興味深い。いかにそうした分けられた大衆をサイトに集めるかという議論も交わされた。


 近年の状況はwebでは数打てば当たるという状況から、投稿サイトで支持された作品がデビューに至る外れ率の低い状況に変化したという。いわばPVが取れない作品は需要がないという帰結になってしまうが、これもビジネスの話なのでじっくりと腰を据えて考えよう。専門家の言うこうした状況は8年経った今でも加速している状況だという。投稿サイトが雑誌の代わりになったという見方である。たしかにいつでも見られるスマホで閲覧できるweb小説は雑誌より手堅いツールであろう。雑誌メディアで育った私から見るとすこし寂しい気もする。時代は完全に移り変わったのだ。


 ただここで小説投稿サイトのあいだでは書き手の争奪戦が繰り広げられる結果となった。上記の三つのサイトのほかにも、ノベルデイズやノベルアップ+、アルファポリスなど書き手の集まる小説サイトはあるだろう。

 こうした状況下で書き手と読者の関係性(コミュニティ)をどのように舵取りしていくかが議論の的になっている。カクヨムで言えば、それは基本コンセプトの「書く、読む、伝えられる」に集約されている。

 またカクヨムではwebのみで収益を得られる環境づくりに尽力している。これはカクヨムロイヤリティプログラムやサポーターズパスポートといったサービスを用いて作家と読者のコミュニティを形成するのだ。これは縦軸でそうした取り組みがあり、横軸で基本コンセプトがある、ふたつの軸は相互に矛盾しないようになっている。カクヨムというサイトの上手いところだと思う。


 さらにカクヨムネクストというサービスは課金プラットフォームの整備というミッションを担っている。投稿サイトの更新を追いかける熱量の高いユーザーを取り込もうというわけだ。これは先ほど挙げたコミュニティづくりと地面の下で繋がっている。出版されたときを見据えて利益を上げる狙いだ。

 

 ただカクヨムでもランキング上位のような作品が読まれる傾向に対しても細やかな気配りがなされている。それは読者と作品のマッチングをいかにするかということだ。読まれる作品が読まれるだけでは多様な作品を置くwebサイトにはなりえない。様々な層にアプローチできる土壌をweb小説サイトの可能性と見るのは当然だろう。小説家になろうでは注目度ランキングの設置を、カクヨムではアプリの改善に努めている。アプリからギフトを送れるようになったのは記憶に新しい。これも書き手と読者のあいだを縮めていく取り組みだ。カクヨムのアプリの改修はなにも今日昨日に始まったことではない。かなり前から着々と進展してきた。こうしてみるとカクヨムのなかには未来的なビジョンがある程度見えていると考えていいだろう。書き手と読者のあいだをさらに縮めるのだ。


 前にカクヨムのアンケートで作家にサイト内でメールアドレスを設置してメールが交換できるサービスがあるとしたら魅力的かと問われたことがあったが、様々な模索が続いているのだろう。こうした取り組みについて、たとえばpixivのようなwebサイトが目標に近い存在として挙げられるのかもしれないと私は思う。

 コミュニティを設置するサイトという意味でpixivは成功しているサイトだろう。

 

 ただカクヨムのビジネス的な立ち位置は微妙な点だ。

 

 カクヨムはサイト単体では収益を上げるビジネスとしては見ていないとする。あくまで投資事業とその立ち位置を定めている。過剰な儲けより、新たな作品のプラットフォームとしての機能に期待しているのだ。ゆえに編集にコスト負担をさせないとしている。私のなかで今まで疑問に思っていたことが氷解した気がした。

 編集者がカクヨムで口出しする機会はだいぶ少ないように思われたからだ。なるほど、投資事業だから。これが答えだろう。


 そこで新たに私にとってカクヨムを考え直すと、カクヨムは読者との窓口であり、それは基本的には書き手と読者の関係性をどのように醸成するかという視点に集約されるだろう。こうして見たとき、投稿サイトでは書き手と読者のグラデーションは曖昧であり、読者が書き手になることもある。これは読者から教えられることもあるという逆説を生む。旧来的な先生と呼ばれる存在はもういない。


 カクヨムのコンセプトである、「書く、読む、伝えられる」を実践するのがシンプルな書き手にとっても戦略になるだろう。


参考サイト:https://hon.jp/news/1.0/0/52707 小説投稿サイトは8年前とどう変わったか? 「小説家になろう」「カクヨム」「エブリスタ」に聞く【HON-CF2024レポート】

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