第114回 すこし・ふしぎとBRUTUS「夏は、SF。」

 マガジンハウス刊行のBRUTUS。7月15日号で「夏は、SF。」という特集号が編まれた。SFファンのみならず、SFが好きならば読んでおきたいトピックが満載のすばらしい出来である。表紙はドラえもんであり、SFの共通言語がある種の移行期に達したのだなという感想を抱く。

 いや移行期などというのは雑な感想で、過渡期というのが正しいのかもしれない。ある意味、SFを形作ってきたマニア層がライトな層に向けて発信する構図自体は珍しくないが、こうした雑誌として編集された結果、SFも面白くなってきたと感じるのがいい気がしている。


 ところでカクヨムコン9でエンタメ総合部門を受賞した作品はすこし・ふしぎの部類に入る。ここで言うすこし・ふしぎというジャンルはSFではどんな構図になっているかを簡単に述べることにしたい。

 すこし・ふしぎというのは藤子・F・不二雄が自身の作品を表したものである。1959年のSFマガジン創刊時からSFマニアであった藤子が科学的な厳密性を重んじるハードなSFとは違い、日常生活のなかに不思議が入り込み、それらが隣り合い、片足は現実と、片足は空想にあるような作品群と言われている。海外作家で言えばロバート・シェクリィやフレドリック・ブラウン、レイ・ブラッドベリが志向したようなSF群がそれにあたるだろう。


 またドラえもんを始めとしたすこし・ふしぎ作品。さきほど挙げたBRUTUSではすこし・ふしぎの三要素として以下を挙げている。


 1.日常のなかに奇妙な存在がいる。

 2.価値観と倫理が入れ替わる。

 3.時間と空間を飛び越える。


 カクヨムに関わらず、SFの世界はさまざまな相が重なり合って存在する。SFの編集者でさえ、SFのことを「その作家の数だけ存在する」と言わせたほどである。すこし・ふしぎも、そうしたさまざまな相のなかのひとつだ。

 そうした意味で藤子の作品を眺めたとき、その量と質の両方に驚くことは間違いない。有名どころの作品をざっと概観してみる。


 ・ノスタル爺

 浦島太吉は昭和20年の終戦を知らずに孤島のジャングルで一人籠もっていた日本兵である。30年ぶりに帰国を果たした彼はかつて暮らした立宮たつみやがダムの底に沈んでいることや自身が出征直前に結婚した妻、里子が夫が亡くなったとの誤報を受けて再婚せずに亡くなったことを知り不憫に思う。彼は悔やみながらダム湖を眺めつつ、かつての若い自分と里子との甘酸っぱい思い出に浸る。そんな彼のもとにダムに沈んだはずの立宮が姿を現した――。

 かなり不思議な筋立てとネットミームにもなっている太吉の「抱けぇ! 抱けぇ!」しか記憶に残らないと思うことがある。しかし名前のもじりなどから浦島太郎をモチーフにしたと思しき内容で読ませる。捻じれた時空など数学的に面白い構造を取る、すこし・ふしぎ作品だ。


 ・ミノタウロスの皿

 宇宙船の故障で遭難した主人公の男はイノックス星に緊急着陸する。彼は美しい少女ミノアに救出される。ミノアとともに何不自由ない暮らしを送る彼は、その星を支配するズン類の存在を知る。ズン類は人間に似た種族をある目的で繁殖させていた。

 これはショッキングな内容であるが、人気の作品であることも疑いようがない。勘のいい読者なら気づいているかもしれないが、まずはすこし・ふしぎの醍醐味を味わえるなら、この皿である。


 ・宇宙人レポート サンプルAとB

 宇宙人が地球人の様子をレポート形式で観察する作品である。作品のストーリーはシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」であるが、ロマンチックな描写がすべて無味乾燥な記述によって冷静に纏められている。藤子作品としては異色であると感じるが、これもいい味が出ている作品だ。


 ほかにも傑作は存在する。たとえば「カンビュセスのくじ」、「ウルトラ・スーパー・デラックスマン」、「気楽に殺ろうよ」などなどである。

 また藤子・F・不二雄にとっては「ヒョンヒョロ」がSFマガジンに掲載されており、ある意味象徴的な作品なのではないかと思う。


 ところで藤子・F・不二雄を語るとき、語らずに通れないのが「ドラえもん」である。


 ・ドラえもん

 22世紀の未来からやってきたネコ型ロボット、ドラえもんと勉強もスポーツも苦手な野比のび太が繰り広げる日常を描いた作品群である。ドラえもんが四次元ポケットから取り出すひみつ道具に毎回心を躍らせた読者も多いのではなかろうか。


 


 今回はざっとすこし・ふしぎに焦点を当てて、SFを眺めてみた。すこし・ふしぎを起点としてSFの世界に分け入っていく楽しみを皆さんにもこの夏、体験していただきたいと思う。




 参考文献 


・マガジンハウス、BRUTUS7月15日号「夏は、SF。」


・ノスタル爺

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AB%E7%88%BA


・ミノタウロスの皿


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%9A%BF


・ドラえもん


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%81%88%E3%82%82%E3%82%93

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