第10話デブ男と二つの武器
亜弥と歩夢が警察官に深々とお辞儀をすると、
二人は大河の元に歩いてきた。
亜弥「バカたれ」
大河「すいません。またご迷惑を・・・」
歩夢「これで、貸しは2つだな。後輩ができたらそいつらに返せよ」
大河「本当にすみません」
亜弥「私のプランがダメだったわ」
大河「ごめんなさい」
大河が警察署まで連れて行かれると、
亜弥はすぐに歩夢に電話をかけ応援を呼んだ。
歩夢はすぐに空港に向かい、
到着するなり別室で警察署の職員と話をした。
その後大河が警察官の胸ぐらを掴んだ件については、警察側の態度にも問題があったということで、厳重注意だけに済まされた。
歩夢は大河が解放されると
「他のアシストがある」と言って
すぐにどこかへ消えていった。
大河と亜弥も歩夢を見送った後に、
本社へ帰ることにした。
帰り道の車内で大河は亜弥に深く謝罪した。
大河「本当にすみませんでした」
亜弥「いや、もう大丈夫だよ。二人とも無事だったんだから」
大河「つい、あの警察の態度にカッとなってしまって」
亜弥「うん。分かるよ。人が大切にしてる時計に向かってあんなこと言われたら」
大河 「・・・・・・」
亜弥「もしあの警察が私のナバーナに触って、同じこと言ったら撃ち殺してるね」
大河「それ・・冗談ですか?」
亜弥「いやガチだよ」
大河「怖い」
亜弥「そのうち慣れるって。だから、それくらい大河くんが怒ったのは不思議じゃないし、よく耐えたと思うよ」
大河「ありがとうございます」
亜弥「それに、邪意識も解達できたじゃん」
大河の右腕につけた銀の腕時計の針は時刻が1時16分に変わっていた。
大河「まさか本当に時計の針が動くなんて思いませんでした。
それに、警察署であの人の目に光を当てるのも簡単でした」
亜弥「でしょ。おめでとう」
大河「何がですか?」
亜弥「前科一犯」
大河「いや、捕まってないですよ」
亜弥「冗談だよ。初めての解達おめでとう」
大河は「あ、そういえば」と言い、
再び腕時計を見た。
平和協会の本社に着くと亜弥は
「今日はお疲れ。運転ありがとね。
明日は休みだからゆっくり休んで」
と言ってから自分のバイクに乗りかえ
去っていった。
次の日、大河は休日であったが
自宅のパソコンで挨拶魔の解達に関する報告書を書き上げた。
大河「よし、明日亜弥さんに見てもらうか」
大河は左手につけた黒い腕時計を見ると、
その時計はいつの間にか傷がついていた。
大河は一息ついて時計を外すと、
家を出て車に乗り込んだ。
ショッピングモールに到着した大河は
真っ先にPandora(パンドラ)ショップに入っていった。
店内では、最新の高画質機能を搭載した携帯や、ワイヤレスイヤホン、パソコンなどの機器がたくさん並んでいた。
大河は最近発売したばかりのPandora Watch Ultra (パンドラウォッチウルトラ)という腕時計が置いてあるブースを眺めた。
大河「それにしても、パンドラの会社はすごいな。創業者のスティービー•ジョンソンが死んでからもう10年以上経つのに、今でもかっこいい商品を出し続けてる・・・」
展示された腕時計を大河が眺めていると、
隣で同じ時計を眺めていた小太りの男が大河に声をかけた。
男「高いよねえー。でも欲しい」
大河は値段を確認しようと時計の近くを探したが、値札のようなものは置かれていなかった。
大河「いくらでしたっけ?」
男「14万」
大河「14万かあ・・・そんな価値ありますかね?」
男「あるよ。だってこのPandora Watch Ultraは、とにかく頑丈だから何年もずっと使える。耐水性は完璧で、熱にも寒さにも強い。水深40メートルに入れても壊れないし、ダイビングコンピューターの機能もある。かと思えば、気温50度の灼熱地帯でも極寒のマイナス20度の雪山の中でもバッテリーがイカれない。もし充電ができる環境にいなくても、バッテリー自体最大60時間持つんだ。遭難した時でもGPSもコンパスも付いてるから大丈夫。もちろんパンドラの家電全部と完全に連動できるから、パンドラウォッチのマイクに話しかけるだけで、家のテレビをつけたり、チャンネルを変えたり、携帯やパソコンも遠隔操作できる。1番驚きなのは、これは自分の緊急時にめちゃくちゃ役に立つ。声を出せなくて助けを呼べない状況でもボタンひとつで80デシベルのサイレンを鳴らせる。ちなみに80デシベルってのは最大180メートル先まで聞こえる爆音ね。もし持ち主が事故に遭うと、この時計がそれを検知して登録した緊急連絡先に自動で連絡が入る。意識不明で病院に搬送された時も完璧だよ。この時計で日頃からトラッキングしてる健康情報を医者が見たら必要なことは大体わかる。そこらへんの保険に加入して毎月金を払うなら、よっぽどこのPandora Watch Ultraに毎月9,000円払う方が安心だ。こっちは手遅れにする前に持ち主を助けられる。保険に高い金を払ってても本人が助かる可能性は1%も上がらない。お兄さんだったら、どっちを買う?」
大河「ウルトラ買います」
男「お金持ちだねー。でも正しい選択だと思うよ。もしわからない事があれば僕がなんでも教えてあげるよ。で、レジはあっち」
大河「ありがとうございます!!!」
大河は入店してから、たったの5分で
パンドラウォッチウルトラを購入した。
店員「お支払い回数はどうされますか?」
大河「一括でお願いします」
(よかったあ。この間亜弥さんと歩夢さんのおかげでもらった報酬があって)
大河は店を出るとすぐに箱からパンドラウォッチを取り出し左手に着けた。
大河「かっけええええ」
大河が店を出た後も、その男は展示された腕時計の前に立ち続け、話しかける客をみんなレジに向かわせていた。
大河の後ろからも、パンドラウォッチウルトラを買った人が次々と店から出てきては
すぐに箱からそれを取り出し腕に着けていた。
大河は自分でも驚くほどに早く買い物が終わったので、他の店にも入ってウィンドウショッピングでもしてみようかと考えていた。
すると聞き慣れた女性の声が聞こえた。
亜弥「へー、大河くんもああいうの引っかかるんだ」
大河「え?!亜弥さん!」
亜弥「おっす」
大河「何してるんですか!こんなところで!あ!まさか休みの日まで僕のことを監視しようとしてたんですか?」
亜弥「大河くん、自意識過剰って言葉知ってる?」
大河「あ、はい。って誰が自意識過剰ですか」
亜弥「普通に買い物に来てただけだよ私も。まあ、ついでに会わなきゃいけない男がこの店にいるっていうからここに来たら、大河くんが狩られてただけ」
大河「狩られてないですよ!騙されて悪いもの買ったみたいに言わないでください」
亜弥「言ってない言ってない」
大河「なんかこんなことどっかでもあった気がする」
亜弥「時計買ったんだ。かっこいいじゃん」
大河「そうなんですよ!これめっちゃすごいんですよ。パンドラウォッチウルトラっていうんですけど」
亜弥「あーやめてやめて。うざい」
大河は買ったばかりの腕時計を亜弥に自慢したくて仕方なかったが、亜弥に一言で話を終わりにされ悲しくなった。
亜弥は店に入ると、持っていた大きな袋を腕時計の前に立つ男に渡していた。
亜弥は店の前で待っていた大河のところに戻ると
「あいつ、ここでバイトしてるらしいよ」と言った。
大河「え?店員?しかもバイト?」
亜弥「キモいよね」
大河「え、亜弥さん、どういうご関係ですか?」
亜弥「なんの関係もない。持ちたくもない。アイツ平和協会の会員だよ」
大河「ええ!そうなんですか?事務所で見たことない」
亜弥「当たり前だよ。あいつなんでもオンラインでできるから」
大河「ああ、リモートワークってやつですね」
亜弥「もしあいつが事務所にいるなら私がリモートワークだけにするもん」
大河「めっちゃ嫌ってるじゃないですか」
亜弥「だってキモいんだもん」
大河「確かにみすぼらしい見た目してますね」
亜弥「でしょ?君は仲間だ大河くん」
大河「お名前は?」
亜弥「デブタデブオ」
大河「いやあ、悪意ありすぎるでしょ、そのあだ名」
亜弥「いや、あだ名じゃないのよ」
大河「え?本名ってことですか?」
亜弥「そう。本名。出蓋 手二男(でぶた でぶお)」
大河「かわいそうすぎる」
亜弥「いや、豚になったのはあいつの選択だよ。体鍛えて運動でもすれば、かっこいい出蓋くんにもなれたのに。そうしないことを選んだ」
大河「神は残酷ですね」
亜弥「アーメン」
大河「アーメン」
二人は働いている手二男を眺め終わると、「それじゃあ、お疲れ様です」と言ってそれぞれ別の店に向かって歩いていった。
翌日、
大河が平和協会の事務所に出勤すると、
そこには手二男の姿があった。
大河「あ!デブオさん!」
手二男「What’s up new guy! I'm Dave, Call me Dave, or Deff, Davy or David, whatever you want except デブオ」
手二男は突然英語で大河に話しかけ、
握手をしてきた。
大河「ごめんなさい。英語わからなくて」
大河は心の中で、(ダメだ。この人。苦手なタイプだ)と思った。
手二男は「デイブって呼んで」と言って強く握った大河の手を上下に動かした。
大河「あ、デイブさん。よろしくお願いします。昨日はありがとうございました」
手二男「いやあ、こちらこそだよ大河くん。大河くんみたいな人達のおかげで僕あの副業バイトで月100万も貰えるんだ」
大河「う、嘘でしょ?」
手二男「僕も嘘かと思ったよ。僕はただ好きな製品の話とレジの場所を教えてるだけなのに、こんなにもらえるんだ。いい副業だよね」
大河「才能を、持て余してませんかそれ」
手二男「そうかな?でもそれのおかげで、作ってみたいガジェットの素材が無料で手に入ったんだから」
手二男は大河の左腕につけられたパンドラウォッチウルトラを片手で取り外し、大河の顔の前に出した。
大河「え?どうやりました?壊しました?」
手二男「ちょっと見せて。30分だけ借りていい?」
大河「えー!昨日買ったばっかりなんですよ?」
手二男「知ってる。お願い。絶対価値100倍にして返すから」
大河「絶対壊さないでくださいね」
手二男「うんわかった。絶対一回ぶっ壊すけど、進化させて返すよ」
それに対する返事を大河がする前に
手二男は事務所の奥にあるデスクに向かって
逃げるように走っていった。
すると事務所のドアが開いて亜弥が入ってきた。
亜弥「おはようございまーす」
大河「亜弥さん!亜弥さん!」
亜弥「おお!大河くんおはよう」
大河「おはようございます。今日来てますよ。デブオさん、あ、違う。デイブさん」
亜弥「知ってる」
大河「早速僕の買ったばっかりの時計取られました。しかも壊すって」
亜弥「キモいよね」
大河「はい。僕正直、あの人とは合わないかもしれません」
亜弥「同志よ。君は仲間だ大河くん」
大河「はい。一生ついていきます」
亜弥「アイツ、キモいのが、何故か私のことをキャサリンって呼ぶんだよね」
大河「キモいっ!」
大河と亜弥が小声で話していると、部屋の奥にいた手二男が亜弥に向かって両手を振った。
手ニ男「Hey! hello Catherine! What are you guys doing there? Oh guess what? I got something beautiful for you! But give me a sec! I will get you soon 」
大河「なんて言ってるんですか?」
亜弥「昨日私が預けたスケボーの改造が終わったからちょっと待っててだって」
大河「亜弥さんスケボーやるんですか」
亜弥「昔、仲間達と公園でよくやってた」
大河「どんな子供だったんですかそれ」
亜弥「複雑な女の子」
大河「デブタさんって本業は何やってるんですか?」
亜弥「シーカー」
大河「シーカーって邪意識の情報更新したりとか、会員のアプリ作ったりする人ですか」
亜弥「そうそう。でもあいつは特別で、そういう仕事は全部AIにやらせて、本人は製品の改造とかIT系の講師とかやってる。
大河「エリートや・・・」
亜弥「頭だけはすごくいい」
大河「デブタさんも解達はできないんですか?」
亜弥「いや、できるよ。でもキモいのが、アイツのナバーナなんだと思う?」
大河「え、パソコンとかですか?」
亜弥「違う」
大河「ヘッドホンとか?ゲームとか?スマホ?」
亜弥「違う」
大河「ええ?なんですか?」
亜弥「ゲップ」
大河「ひぃっ!キモっ!!」
亜弥「アイツが私の為に改造してくれたスケボーの名前知ってる?」
大河「分かりません」
亜弥「AIXcate (エイクスケイト)」
大河「かっこいいじゃないですか」
亜弥「意味が、AI✖️キャサリンのスケボー」
大河「キャサリンってなんですか?」
亜弥「アイツが私のことをキャサリンって呼ぶって言ったでしょ。Catherine(キャサリン)のCate(ケイト)をAI(人工知能)のついた電動スケートと組み合わせたDX(デジタルトランスフォーメーション)なんだって」
大河「ひぃっ!キモいキモいキモい!何言ってるかひとつも分かんない」
亜弥「大河君も買った時計、渡したんでしょ?」
大河「はい。渡したというか取られました」
亜弥「改造してるよ今多分」
大河「ふざけ倒せあのデブ」
大河は鬼の形相で手二男の元へ向かっていったが亜弥はそれを引き止め、手二男から遠い席に大河を座らせた。
大河と亜弥は二人で同じパソコンを眺めながら、
昨日大河の書いた報告書を手直ししていた。
二人が報告書を完成させ、協会に送信した時
手二男は大河の腕時計と亜弥のスケートボードを持ってきた。
手二男「はい。じゃあこれ。二人とも大事に使ってね」
大河と亜弥は「ありがとうございます」と言ってそれを受け取ると亜弥はすかさず、
「Dave, you got a meeting, right?」と言った。
手二男は「Oh shit! Yeah, I gotta go」と言って急いで事務所を出ていった。
大河「なんて言って追い出したんですか?」
亜弥「ミーティングあるんでしょって」
大河「へえ、亜弥さんは他のメンバーのそんなことまで分かるんですか」
亜弥「いや、なんとなく。ああいうやつは大体いつもミーティングで忙しいんだよ」
大河「亜弥さん、占い師やった方がいいんじゃないですか」
亜弥「大河くんがそれでもいいなら」
大河「いや冗談です」
二人が話していると、二人の携帯にほぼ同時のタイミングでメッセージの通知が来た。
亜弥「デブオだ。仕事早い」
大河「あ、僕もデブオさんからだ」
そのメッセージには、手二男が改造したパンドラウォッチウルトラと、スケボーの説明が書かれていた。
亜弥「なんて書いてある?」
大河「ああ、ええと、トランクルワイズガン?」
亜弥「ああ、トランクウィライザーガンね。麻酔銃って意味」
大河「言いづらっ!」
亜弥「そうかな?」
大河「でも時計なのにガン?麻酔銃ってどういうことですかね」
大河は亜弥に携帯を渡した。
亜弥「これ、麻酔の液体が入ってる」
大河「麻酔液?マジですか?」
亜弥「なるほどね。この麻酔液を誰かの飲み物に入れたり、なんかに吸収させて使ったら麻酔銃よりも自然に人の動きを止められる」
大河「キモっ!マジで犯罪者の考えだ」
亜弥「これ使うのは大河くん次第だけど」
大河「僕は犯罪者になりたくありません」
亜弥「そう?じゃ、私がもらおうか?」
大河「いや、いいです。それも怖い」
大河は腕時計を亜弥から遠ざけた。
それから3ヶ月、
二人は危険度レベルの低い邪意識から次々と解達していった。
大河のナバーナは昼間の明るいうちは楽に邪意織を解達することができたが、
辺りが暗いところでは時計に反射させる為の光を得ることができず、ナバーナが使えなくなることがあった。
しかし、
手二男が改造したパンドラウォッチの画面の明かりは懐中電灯よりも明るく調整することが出来た為、
大河はその機能を使ってナバーナに光を当て、
夜でも解達ができるようになった。
亜弥「これでようやく、
君も一人前のクリーナーだ。大河くん」
大河「今日まで色々教えてもらってありがとうございました」
亜弥「一応今日でトレーニングは終わりだから、
これからは別行動になることが多いと思うけど、
これからも一緒にチーム組んだりできるから、私が必要な時は言ってね」
大河「はい。本当に何から何までありがとうございます」
大河が事務所の自分の荷物をまとめていると
アシストで働く田中彰人が大河に声をかけた。
彰人「いやあ、すごいですよ大河さん」
大河「何がですか?」
彰人「トレーニング期間中だけで意識レベル3まで昇格した人なんて誰もいないですよ」
大河「え?そうなんですか?!亜弥さんもですか?」
彰人「あ、亜弥ちゃんもそうだ。でも僕が知る限り、その二人だけですよ。大河さんも将来が有望ですね」
大河「いやいや、そんな。亜弥さんの教え方が上手だったんだと思います」
彰人「へえー、でもよっぽどスパルタだったんじゃないですか?」
大河「はい。何度も死にかけました」
彰人「アハハ、冗談に聞こえないですね」
大河「冗談じゃないですからね」
彰人は「ですよね」と言ってコーヒーを飲むと
再び自分の作業に戻った。
次の日、
大河は一人で邪意織の調査に出ることにした。
大河 (ついに、危険度レベル3を1人で・・)
大河はゴクリと唾話を飲み、車のエンジンをかけた。
大河の手は微かに震えていた。
夢の国と呼ばれる千葉の大型アミューズメントパークでは、その日も大勢の客で賑(にぎ)わっていた。
一人の子供は手に持っていた風船を手放した。
その風船は高くまで上がっていくと、
突然破裂した。
風船の中からはサラサラとした白い粉が飛び出し、風で小さくなって吹き飛ばされた。
女「あれ?雨?砂?なんか振ってきた気がする」
女が空を見上げると、空は青く美しく輝いていた。
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