カムクローサー

@Kixasu0416

第1話 エセ霊媒師と意識の行方

「人は死んだらどうなるんだろう。

他の人間に生まれ変わるのかな。

別の生き物に生まれ変わるのかな。

いや・・・そもそも、

本当は生まれ変わりなんて、

ないのかもしれない。

ただ そこには何も無くて

何も感じなくなるだけだったりして。

・・・でも

それってどんな感じなんだろう」


一人の男が海に浮かび 小雨の降る曇り空を見つめていた。



日差しが降り注ぐ 晴れた夏のある日、


井戸の中で暮らす1匹のカエルの “リープ”は

友達カエルに奇妙なことを尋ねた。


「なあ、ジャンプ。お前は1番奥に見える、お月様の向こうにはどんな世界があると思う?」


友達カエルの “ジャンプ”は呆れた様子で答えた。


「また始まったよ。リープの意味わからない話。お月様の向こうってなんだよ。あれは近づいたら死ぬだけの暗闇だろう?」


「いや、そうなんだけどさ。俺は、あのお月様っていうのは、ただの大きな暗闇じゃなくて、実はこの世界の外に続いてる扉なんじゃないかと思うんだ」


「でたでた」


ジャンプはリープのバカバカしい話に付き合うのが鬱陶しく感じ、リープから離れていった。


「今俺達が生きてるこの世界は、実は無限のトンネルみたいなものだと思うんだ」

リープはジャンプを追いかけながらそう言った。


「なんだそれ。意味わからない」


ジャンプはリープの話にとっくに興味をなくし、どこか遠くへピョンピョンと跳んでいった。



井戸の近くを流れる川は穏やかに

その夏の暑さを水面に映していた。


少し離れたところで、川に流される一人の女は水面に顔を出そうと必死にもがいていた。


近くで泣き叫ぶ一人の小さな少年の

「誰か助けて」という声は誰に届くこともなく、ただそこを流れる美しい川音に

優しくかき消されていた。




亜弥(あや)は古い旅館の前に愛車のハーレーダビッドソンを停めた。

旅館の前には優雅に流れる川が見えた。

「いい天気だなあ」

被っていた白いヘルメットを外し、横から垂れた黒いストラップをバイクのハンドルにかけると、亜弥はタバコを一本口に加え、ポケットに手を入れた。


しかし、そこにあるはずであった、

固くザラザラとしたライターの感触は予想を裏切って、彼女の指をすり抜けた。


「あれ? ない」


亜弥は脳内に広がったライターに関する幾つかの過去のシーンを思い浮かべると、

それらを現在から順番に並び替えた。そして一瞬の間に、

亜弥の意識は彼女が今朝、家を出る間際の数秒間のシーンに辿り着いた。


そこにいた亜弥は、玄関の靴箱の上に置かれたライターに手を伸ばしていた。


しかし、彼女はライターの横に置かれていた

一枚の写真を見つめて固まっていた。


写真には、小さな亜弥の隣に

1人のスーツを着た長身の男、その正面に褐色の肌をした、亜弥と同じくらいの背丈の男が三人で食卓を囲み、笑っている姿が写っていた。


それは数秒の間、亜弥を幼い頃の記憶に浸らせた。


「Aya!What are you doing?! (なにしてるの?)」


「お前、日本人なんだろ?」


「亜弥! 遅刻するぞ!」




ポケットにしまっていた携帯のアラームが突然の出発の音を鳴らすと、

亜弥はハッとして、我に帰った。


手に取るはずだったライターは、

靴箱の上に置かれたまま、

開いたドアの隙間から入った光に一瞬照らされ、

そしてまた暗闇に包まれた。


「忘れた・・・」

亜弥はガックリと肩を落として、

口に咥えたタバコを元の箱にしまった。


すると、

それを近くで見ていた 一人の男が亜弥に声をかけた。

「よかったら 使いますか?」


亜弥は戸惑いながらもお辞儀をして

男からライターを受け取った。

「ありがとうございます」


男は「観光ですか?」と亜弥に尋ねた。

亜弥は咥えなおしたタバコに火をつけてから「いえ、今日は仕事で来ました」と答えた。


亜弥は男の着ていた制服を見て、

「ここの旅館の方ですか?」と尋ねた。

男は「はい、そうです」と言って

制服の胸元に書かれた旅館の名前を指さした。

亜弥は真剣な顔をして男に尋ねた。

「もし知っていたら教えていただきたいんですけど、この辺りで、お勧めのご飯屋さんってありますか?」



30分後、亜弥は男に紹介された蕎麦屋で注文票を開いていた。

店の中では常連客らしき60歳前後の女2人が話していた。

「山田くんって、ここに来る前に結構な借金をしてたらしいわよ。

それで家を追い出されてここに来たんですって」

「えー本当?若いのに大変ね。意外と男前なのに。そういえば山田くん彼女はいないのかしらね」

「どうかしらね、こんな山奥に働きに来るくらいだから、きっと独り身なんじゃない?」

「あら、じゃあウチは年寄りしかいなくてかわいそうね」

「なに言ってるのよー。まだ若いわよ私たちだって」


店内に置かれたテレビに流れるニュースでは近くの川が映っていた。

「一昨日未明、千葉県イズミ市で女性が川で溺れていると通報があり警察が駆けつけました。見つかった女性は病院に運ばれましたが、間も無く死亡が確認されました。この川では近頃事故が多発しており、警察は川遊びをする際は足元に注意をするように呼びかけています」


ざる蕎麦を食べ終わった亜弥は店主に「ご馳走様です。めちゃくちゃ美味しかったです」と言うと、会計を済ませてから店を出た。


「さて、やりますか」

大きく深呼吸をした亜弥はズボンのポケットを

ポンと叩いて近くの川まで歩き始めた。





大河(たいが)は一匹の蝶の姿になり

花の周りを飛んでいる夢を見ていた。

大河は花の周りをヒラヒラと舞っている内に、

このままいつまでも、こうして

花の周りを飛び続けたいと思っていた。

しかし、それと同時に、この至福の時間はそう長くは続かないということを知っているような気がした。


「あれ・・どうしてこの時間は終わっちゃうんだっけ。終わったらどうなるんだっけ。

まあいいか。どちらにしろ、そろそろ行かなきゃいけない・・・」

トンディンドン トンディンドン トンディンドンディン


携帯のアラームで目を覚ました大河は大きく背伸びをしてから

「そんなわけないか」と呟き、ため息をついた。

ベッドから起き上がると、すぐ側にあった小さなテーブルの上のタバコに手を伸ばし、火をつけた。

大河は自分の吐いた煙と、

指先で静かに燃えるタバコの灰をゆっくり眺めていると

1人の髪の長い女性の影が脳裏に浮かび上がった。

大河は首を横にブルッと振って、

鏡に映る自分に意識を戻した。

制服に着替え終わると両手で自分の顔をパンパンと叩き、部屋を出ていった。




亜弥はすっかり暗くなった周囲を携帯のライトで照らしながら歩いていた。

「来ない。なんで来ない・・・もう6時間も歩いてるのに。

そもそも昼に出るのか夜に出るのかくらい書いておけよなあ、"シーカー"のやつ」

亜弥は耳の後ろあたりをポリポリと掻いた。

「しゃーない。また明日朝から探してみるかな」

亜弥は昼間にバイクを停めた場所まで戻ろうと歩き始めると、少し離れたところに一つの白い光がゆらゆらと漂っていることに気がついた。

亜弥は目を細め、光の行先を追いかけると、その光は徐々に自分に近づいてきていることに気がついた。


「こんばんはー!お仕事、まだされてるんですかー?」


その光の正体は亜弥が昼間に出会った男が

手に持った携帯のライトだった。


「あー!さっきのお兄さんですか!

どうもこんばんは!何してるんですか?」


「今仕事が終わったばかりで」


「そうだったんですか。お疲れ様です。」


「帰ろうとしたら、お姉さんのバイク見つけたから、ちょっと心配になりまして。夜にここを歩いてる方はほとんどいないので」


「あ、すいません。ご心配ありがとうございます。ちょっとこの辺りに生息してる生き物の調査をしてて」


「そうだったんですね。もうかなり暗いですから気をつけてください」


「ありがとうございます。でも私も今日はもう帰ろうとしてたところです」


「そうでしたか、それはよかったです。

ちなみにここには何がいるんですか?」


「あ・・・私もそれを調査してまして」


「え?」


大河が何かを言いかけた時、亜弥の目の前にいたはずの大河は突如姿を消し、

彼の持っていた白く光る携帯は地面にボトっと落ちた。

「痛え!」という声が聞こえたかと思うと、

その直後に大河の叫び声がした。


大河は突然何かに足を取られ、転んだ拍子に地面に肘(ひじ)を打ちつけた。

足に感じた違和感は絶えず大河の足を引っ張り続け、大河の体は地面に引き摺られた。


大河は突如自分を襲った何かしらの存在に恐怖を感じ、高い声を漏らした。

自らに突如迫る危機に本能的に反応した大河の脳は高速で思考を回転させた。それは彼の頭を熱くさせ、そこで起こった数秒間の世界をスローモーションにして大河に見せた。


気がつくと、

先ほどまで足に感じた違和感は消えており、

大河は元々いた場所から数メートル離れた川の浅瀬まで移動していた。


腕には擦りむいた傷ができて

今にもそこから血が出そうになっていたが

大河はそれに気がつくことも痛みを感じることもできない程に心の余裕をなくしていた。



周囲をキョロキョロと見渡す大河の目には

すぐ近くで彼を囲む草や地面に転がった石、その近くを歩くアリまで鮮明に見えていた。

次の瞬間、

大河は何かに足を取られ再び体のバランスを崩した。

足に感じた違和感は先ほどのものと同じであると確信した時

大河の体はすぐ近くを流れていた川に入水していた。

足の違和感は尚もそこに纏わりつき、

彼の体を光の届かない川底へと誘(いざな)おうとしているようだった。

突如として体を包んだ川の冷たさに慌てながらも大河は急いで手足を動かして水面に顔を出した。

大河はすぐに助けを求めようとしたが、

声を発する前に、足を強く引っ張られ再び川底へと沈んでいった。

(死ぬんだ。俺。このまま)

数秒前まで聞こえていたゴポゴポという水泡の転がる音は次第に大河の耳には届かなくなり、やがて大河は暗闇と静寂に包まれていった。



しばらくすると

暗闇の真ん中に1つの小さな白い点が見えた。

白い点は次第に形を円に変えて大きくなっていった。

円の拡大は止まることなく

やがてそれは暗闇の全てを包み、

大河の視界を真っ白に変えた。



視界のまぶしさで眩(くら)んだ目を擦(こす)ると

目を開いた先に見えたのは1人の髪の長い女だった。

大河はその女に見覚えがあった。

「紗綾香(さやか)?」

女は大河を見て優しく微笑むと彼を強く抱きしめた。

その女の優しく、温かい笑顔とは矛盾して

彼女の手には一丁の拳銃が握られていた。

それは、大河が幼い頃に西部劇の映画でよく見た回転式の銃に似ていた。

「俺は撃たれるのか?」

大河が自分に迫る死を再び意識した時

突然

ドン!というニブい発砲音がした。







亜弥はバスタオルを首にかけて大河の部屋を見渡していた。

つい先程まで亜弥が着ていた、びしょ濡れになった衣類の入った乾燥機はガタガタと音を立てて震えていた。

一通り部屋を見渡した亜弥は小さな声で

「エロ本とか、あるのかな」とつぶやき、

風呂場の方を見た。

大河はシャワーを浴びながら30分程前に自分の身に起きたことを思い返していた。




約30分前

大河は亜弥に抱えられながら水面に顔を出した。

「大丈夫ですか?!」

大河は亜弥の言葉に返事をすることができず、

大きく咳き込みながら亜弥の体にもたれた。

亜弥が大河を川のほとりまで運ぶと、

二人は同時にその場に倒れ込んだ。


「大丈夫ですか?聞こえますか?」


「だ、大丈夫です。今のはなんですか?」


「カッパです」


「痛えっ!」

大河は痛みの先に視線を移すと腕は擦りむいた傷ができていて、そこから血が出ていた。


「ああ、痛そう。他にもどこか怪我してるところはないですか?」

大河は一通り自分の体を見渡してから動きを止め

「今なんて言いました?」と亜弥に尋ねた。


「あ、怪我をされてるところないですか?」


「あ、いやその前です。カッパってなんですか?」


大河が声を大きくしてそう言った時、

二人のいた川には

ゴオーという音と共に強い風が吹き、

途端に二人は寒気を感じた。

大河はたった今自分が死んでいたかもしれないという恐怖と、

濡れた衣服が風に吹かれた寒さで口がガチガチと震えだした。

亜弥は「ちょっと移動しましょうか。」と言うと大河もコクコクと頷き

「・・・そうですね。一回着替えてからゆっくり話しましょう。

すぐそこに僕の家があるので上がってください」

と言って二人は大河の家を目指した。




亜弥はベッドの下を覗き込むと、

靴が一足入るほどの大きさの四角い箱があるのを見つけた。

亜弥は時計の時刻を確認したあとで

もう一度風呂場の方を見てから

ベッドの下に腕を伸ばし、

そこにあった箱を引っ張り出した。

埃を被っていたその箱の蓋をゆっくりと開けると、中には1人の髪の長い女性と大河が映った写真が入っていた。


「元妻です。」


亜弥は聞こえるはずのない幽霊の声を聞いたかのように

ギョッとした様子で体を起き上がらせた。

「うわあああ!ごめんなさい!!

え!あの!すみません。勝手に触ってしまって」


「いや、大丈夫ですよ。

すいません。今お茶を入れますから」

大河は閉めていた居間のドアを開けたままにして、台所へ歩いていった。

大河は冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぐと、一つを亜弥に差し出した。

亜弥は「すみません」と言いながらそれを受け取ると、そばに置いてあった自分のリュックの中から名刺入れを取り出して大河に自己紹介をした。

「田中亜弥と言います」

名刺には"平和協会"と書かれていた。


「山田大河です。さっきは助けてもらってありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそありがとうございます。服までお借りしてしまってすいません」


「とんでもないです。それで、さっきは何があったんですか」

亜弥はお茶を飲んで一息つくと大河に尋ねた。

「大河さんはさっき起きたこと、どれだけ覚えてますか?」


「そうですね、何かに足を引っ張られた気がしたんですけど、暗くてよく見えなくて。正直何が起きていたのかあまり分からなかったんですよね。」と言った。

それを聞いてから亜弥はリュックの中から一冊の本を取り出した。

その本には “意識の行方”と書かれていた。


「大河さんはさっき、何かに襲われました」


大河は「カッパですか?」と尋ねた。


「はい。そうなんですけど、昔話や怪談話に出てくるような河童ではなくて、邪意識(じゃいしき)が宿った物質の一種を私たちはカッパと呼んでいます」


「邪意織?」

大河はこれから聞かされようとしていることが、どうやら怪しいものであるか、あるいは自分の想像の追いつかないことであることを感じ取り、胸の前で腕を組んだ。


亜弥は本を開くと “意識とは”と書かれたページを大河に見せた。

「人は皆、二つの意識を持っています。私達が普段生活している時に認識できる意識を顕在意識、認識できない方を潜在意識、もしくは無意識と言います」


「はあ」


「人の顕在意識が無くなった時、潜在意識はたまに、本人の体を離れて別の物質に移動することがあります」


「意識が移動する?それは魂みたいな話ですか?」


「もしかしたら魂と言った方がイメージしやすいかもしれませんね。でも私たちはそれを魂とは呼びません。」


大河は頭を掻き、やはり今行われようとしている会話は、おそらく理解ができない話であることだけを理解して「なるほど」と言った。


「潜在意識が本人の体以外の物質に入り込んだ時、その物質はまるで意志を持った生物のように動き出します」


「幽霊みたいですね」


「幽霊というと余計に信じてもらえないかもしれないですが」


「すいません。僕はスピリチュアル系のことにはメッキリうとくて、そもそも周りにもそういった経験をした人がいないんですけど、

田中さんはなんでそれが分かるんですか?」


「私が、その幽霊を除霊してるからです」


大河は飲みかけたお茶を吐き出すの抑えて口を拭った。

「え?除霊?霊媒師の方ですか?」


「いえ、霊媒師ではないんですけど、役割としては何となくそんな様なものだと思ってもらって大丈夫です」


「はあ・・・」

大河は既に亜弥の話を聞く気を無くしかけていたが、家に上げたこの若い女性の話を途中で打ち切る訳にもいないので、とりあえず質問を続けた。


「どうなるとその無意識は僕の体から抜けて他のところへ行くんですか?」


「顕在意識が消えた時です。例えば、人が深い眠りについている時とか、あるいは」


「死んだとき・・・とかですか?」


亜弥は話の続きを大河が予測したことに驚いた。

同時に彼が何故その答えを予測することができたのか疑問に思ったが、それを表情に出さないまま「そうです」と答えた。


「んー。要はその無意識が入った幽霊的なものに僕は襲われて・・・田中さんは助けてくれたってことですか?偶然近くにいたから・・・?」


「そうですね。偶然というか、大河さんも知っているかもしれませんが、最近そこの川で人が溺れてるニュースが報道されていたので、調査に来ていたら

大河さんが被害に遭ってしまった現場に遭遇したという感じです」


「でも、さっきはどうやって僕を助けてくれたんですか?」


亜弥は少し黙って考えたあと、大きく息を吸ってからテーブルの上に一丁の拳銃を置いた。


「これです」


「え・・・これは・・・・」


テーブルの上に置かれた拳銃を見た大河は、つい先ほど夢の中で一人の女が拳銃を握っていたことを思い出した。その朧(おぼろ)げな記憶


「これは"ナバーナ"といって、邪意識を超意識に変える道具です」


「邪意識?超意識?ってなんでしたっけ?」


「言ってみれば邪意識は人間に悪さをする意識で、超意識は人間に干渉しない意識です。それで、超意識は邪意識が成熟した時に達する意識のことです。」


「なるほど。その邪意識が超意識になるのが除霊みたいな感じですか」


「はい。私達はそれを “解達(げだつ)” と呼んでいます。邪意識は時間が経つと私たちの力がなくても自然に自ら解達することもありますけど」


大河はここまでの話をなんとか頭の中で整理しようと口を挟んだ。

「そうなると・・・」


「人に危害を加えなくなります。反対に、解達するまでは、いつまでも邪意識として人に危害を加え続けます。このナバーナは、邪意識に向けて使うことで邪意識を強制的に解達させることができます」


「じゃあさっきはこれで僕を襲ったカッパを ・・・ゲ・・・ゲノム?」


「はい、解達(ゲダツ)しました」


大河は大きく体を後ろに反らしながら自分の首の後ろを撫でた。

「正直、さっき僕を助けてもらったことには感謝しているんですが、

僕はそういう類の話をあまり信じられないんですよね」


「ですよね・・・すいません。いきなりこんな話をしてしまって」

亜弥は携帯を取り出すと、画面を大河に見せた。

「これがさっき大河さんを襲った邪意識だと思います」

携帯の画面には"カッパ" 危険度レベル3と書かれていた。

「私たち平和協会の会員は、こういった邪意識の情報を集めて、人への危害を減らすために活動しているんです」


「へえ。ちなみにこの危険度レベルみたいなのが高いほど危ないってことですか?」


「そうです。」


「じゃあ例えば一番危険な邪意識っていうのはどんなのがいるんですか?」


「一番危険度が高い階級に属する邪意識を私たちはクローザーと呼んでいます。

今まで確認されたことがあるクローザーで言えば、例えば人間に入り込んで通り魔殺人をさせたりとか、自殺させたりとか・・・」


それを聞いた大河は眉をひそめ、低い声で呟いた「自殺?・・・」


「でも普通の人からすれば邪意識が関わってるなんて分からないので、事件になっても誰も異変に気づかないのが当たり前です。

もしかしたら、大河さんが今まで聞いたことのある事故の中でも、邪意識が原因で起きた事故があったりするかもしれません」


その言葉を聞き終える前に大河は突然大きな声を出した。

「適当なこと言うなよ!!」


亜弥は落としていた視線を上げ大河の目を見た。

「え?」


「適当なことばっかり言うなって!

さっきから聞いてたら言ってることが全部めちゃくちゃだよ」


「あ、すみません。私、説明が下手で」


「そういうことじゃないよ!こんなこと言いたくないですけど、正直あなたは何かに洗脳されてるよ!

さっきからずっと意識がどうとか、自殺がどうとか、なんの根拠もないことばかり言って。平和教会?邪意識?そんなの人生で一度も聞いたことがない。

本当はなんかの詐欺集団じゃないのか!」


亜弥は大河と同じように声を大きくして言った。

「そんなことはないです。現にさっきあなたを助けたのは私じゃないですか」


「それもどうせ仕組んだんだろ!よく考えたら俺が突然誰かに襲われて、偶然通りかかったあんたに助けられるなんて、ありえない!」


「いや、何言ってるんですか!いきなり」


「そうやって人を騙して洗脳してるんじゃないのか!残念ですけど、僕はそういうの信じないので、もう帰ってくれませんか?」


「帰りますよ。そんなこと言われるなら助けなきゃよかった。明日死体で見つかっちゃえばよかったのに」


「はあ?!そんなこと言ってる奴が人を救うなんてますますありえない!早く出ていけ!エセ霊媒師!」


大河に怒鳴られた亜弥は立ち上がると居間のドアを強く閉めて風呂場に行った。

乾燥機に入っていた自分の服を取り出して着替えると、もう一度居間のドアを開け、さっきまで着ていた服を大河に投げつけた。

「そんなんだから奥さんに捨てられんだよカス!」

亜弥はそう怒鳴ってから大河の家を出ていった。

大河は投げつけられた服を顔から退かし床に投げつけると亜弥を追いかけて玄関まで出ていった。

外に停めてあったバイクの前でヘルメットをかぶる亜弥に向かって大声を出した。

「ふざけんなクソ詐欺師!二度と来んな!」


大河はそう言い放ってからドアを閉めると、玄関の壁を力強く殴りつけた。

拳は熱くジンとしたが、それで気は紛れることもなく、テーブルの上に残された亜弥のコップを手に取り床に叩きつけた。

散らばったガラスの破片を眺めてから

大河は荒くなった息を鎮めようとタバコの箱を開けた。しかし、そこには一本のタバコも残っておらず、それが大河の頭を更に熱くさせた。

「うあああああ!」

タバコの箱を玄関のドアに向かって投げつけた大河は「・・・クソ女」とつぶやいてから家を出ていった。



大河の部屋に置かれ、開かれたままになった一冊の本は、

家の扉が開いた拍子に部屋に入りこんだ風でページがパラパラとめくれた。


偶然開かれたページにはこう書かれていた。


邪意識との共存

"その邪意識は人間に入り込み、その人間は7日目になると高いところから飛び降りることが確認された"


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