第32話 昨夜の出来事 2

だと。


 この期に及んで、今度は何を言い出すんだ。」


 大野が颯斗の話を止めるように、声を荒立てた。




「すみません、大野刑事。


 颯斗さんの話は、まだ途中です。

 このままちゃんと最後まで話を聞きましょう。」


 大野の話をすぐに止めに入り、姫子は颯斗に話を続けるよう促した。






「刑事さん、これは本当の話なんだよ。


 俺が部屋に入った時、父さんはもう亡くなっていたんだ。




 俺は『父さん』と呼びながら軽く何度も体を揺さぶってみたんだ。


 しかし、父さんの呼吸が戻ることは無かったよ。






 まだ体は温かかったんだよ・・・


 顔色だって普通だった・・・


 だから、本当に死んでいるなんて信じられなかった。






 ・・・なのに、なのにどうやったって、父さんは、んだよ。






 俺は、どうすれば良いのか何も分からなかった・・・。

 とりあえず、仰向けの姿勢で床に父さんを静かに置いて、しばらくその顔をジッと見つめていたんだ。


 どの位見つめていたのかな?


 そして



 ようやく頭でそう認識する事が出来たよ。










 ・・・でも昨日の俺には、あの時すぐに皆を呼んで、父さんの死を知らせることが頭に浮かんでくる事が無かったんだ。





 昨日の俺は、本当にどうかしてしまっていたんだと思う。


 

 頭の中に浮かんで来たのは、ドロドロとした醜い考えばかりだった・・・




 父さんの死後、当然のことだが兄さんが社長に就任する。


 でも俺は、何も変わらない。





 ・・・そんな考えが浮かんで来ていた。





 そして、それがどうしようもなく悔しくて、そうなる事が嫌で嫌でたまらなくなっていったんだ。




 そして俺は、どんどんその考えに、頭の中を支配されていったんだ。





 やがて・・・




 それならばいっそのこと、兄さんが社長になれないようにすればいいと考え始めていたんだ。








 そんな時だったよ。机の上に置いてあった、兄さんのペーパーナイフが目に入ってきたんだ・・・。








 父さんに、をしてしまうなんて・・・。

 動かなくなったその身体を目掛けて、ペーパーナイフを突き立ててしまうなんて・・・



 俺は、昨日の俺は、どうしてあんな恐ろしい事が出来たんだろう・・・




 そしてついさっきまで、兄さんを陥れようとあれこれ画策して行動していたなんて・・・。




 俺は、俺は・・・








 本当に・・・、本当に申し訳ありませんでした。」


 そう言うと、颯斗はガックリとうなだれて、そのまま床に膝をついて座り込んでしまった。








「颯斗・・・。

 あんたがそんな考えに囚われてしまっただなんて、信じられない…。




 巌の体を傷つけてしまうような、そんな恐ろしい事をしただなんて・・・



 その上、それをしたのが悠馬さんだと陥れようとしていただなんて・・・






 信じられない・・・・」


 美和の目からとめどなく涙が流れ落ちていた。


 そして彼女は、そのまま声を出して泣き出してしまいそうになるのを必死にこらえていた。手で口を強く押えて、声が出ないように堪えながら、颯斗の事を悲しく見つめ続けていた。







「颯斗さん、話して下さってありがとうございました。




 あなたは、昨日の自分の行為を心から後悔し、全てを自供して下さいました。


 ですから、今はその心の弱さを振り払うのだと、私は思います。






 そして、その勇気は、が与えてくれたのだと思いますよ。


 


 颯斗さんの話を聞いていて、思いました。

 昨夜颯斗さんが目覚めたのは、偶然ではなかったと。


 お父様を心の底では心配していた颯斗さんが、

 お父様の部屋の方でした、お父様の倒れた時の音に反応して目覚めたのではないかと・・・


 そして、虫の知らせで部屋に行かなければと無意識に思ったのだと。


 とは、例え表面上は揉めているように見える時でも、心が通じている家族の間では、ちゃんとどんな時にでも通じているものなのです。

 


 お父様が突然亡くなってしまったショックがあまりに大きすぎて、心の闇に囚われてしまい、一時的にその悪の強さに負けてしまったが為に、今回の颯斗さんの悲しい行動は起きてしまったのでしょう。


 ですが、それは、颯斗さんが本当にしたかった事だとは、私は思いません。


 真実を話して下さった勇気のある颯斗さんこそが、本当の颯斗さんの姿だと思います。



 ですから、本当に家族を大切に思っている事に気が付いた今の自分の気持ちを、もう二度と忘れないようにして下さいね。」


 姫子は、颯斗の隣に歩いて行き、床に座り込んだままの颯斗の肩に手を置きながら優しく話しかけていた。

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