第19話 心の中の闇
「なあ、瑠璃・・・・。
さっきの悠馬の話だと、悠馬は、俺が父さんの近くで仕事を手伝う事を嫌がっていたって事だよな。」
颯斗は、自分の異動の話に対して悠馬がした反応が気に入らなくて、隣に座っている瑠璃に小声で話しかけていた。
「そうだったかい?
私は、そんな風には聞えなかったよ。
悠馬さんは、嫌だなんて一言も言っていなかったじゃないか。
まだ時期が早いだけで賛成しているって、刑事さんに話していたよね。
お前が巌さんの仕事を手伝うだなんて、私だったらまず賛成なんてしないのに、悠馬さんは優しいなと思っていたくらいだよ。」
颯斗の話が聞こえてきた美和が、小声で答えてきた。
「母さん!
母さんは、俺の仕事をしている様子なんて知らないだろ。
なのに母さんは、そうやっていつも悠馬の事は、立派な人扱いをするよな。
俺は転職してからずっと頑張っていたんだよ。一日でも早く父さん達のようになりたいって。
だけど、結局会社の人達も母さんと一緒で、いつも父さんと悠馬が別格っていう態度なんだよな。
全く、母さん位自分の息子を応援しようとは思わないのかよ。
言わせてもらうけれど、さっき悠馬が偉そうに自分たちの案のように話していた若手の画家を起用する案だって、俺たちの部署の発案なんだぞ。
いや、俺の考えたアイデアだって言ってもいい位の話だ。
それに画家について色々事前に調べたのだって、俺達の部署なんだからな。
母さんだって知っているだろ。俺は美大出身だろ。だから元々の知識もあったし、画家たちの選出では、俺が中心になって決めていたんだよ。
だけど、そういう俺の努力は、母さんや会社の人達は、いつも全然分かってくれないよな。」
少し興奮気味になった颯斗が、美和に話し始めていた。その声は、もはや小声ではなく、かなり大きくなっていた。
「颯斗、それは君も少し思い違いをしているよ。
昨夜の夕食の時に、父が母に話していた話をを覚えていないのか?
お前が仕事を頑張っているって言っていただろう。
あの話が、まさにその画家の候補の選出をお前がしたという報告を受けて、喜んでいた父の反応だったんだよ。
そして、その報告がそもそものきっかけだったんだよ。
それを聞いた父が、もう一人前になってきている颯斗を、自分の下に今すぐ呼びたいと言い出したんだよ。」
颯斗が美和に話していた会話が耳に入った悠馬が、その話に加わってきた。
「な、何だよ、そんな事を急に言ってきて…。
会議でした話なんて、もちろん俺が知っている訳がないだろう。
悠馬はやっぱりいい人ぶりっこだな。そういう風に俺のいい事を話しているようにみせかけて、結局は話をしている悠馬本人の株がちゃんと上がるように話すんだよ。
ああ、またみんな悠馬がいい人で、その悠馬に悪口を言っていた俺が悪者になるんだよな。」
話を聞いて慌てていた颯斗だったが、最後は吐き捨てるように悠馬の悪口を付け加えて言っていた。
「そうやってすぐにひねくれて考えない。颯斗、そうじゃないでしょう。
悠馬さんがそんな風に考えているなんて、何で考えるんだい。」
美和が言い聞かすように颯斗に言った。
「違うよ、颯斗。
そうだよ。僕は、いい人なんかじゃないよ。
父が颯斗を褒める話を聞いて、ずっと頑張ってきた自分の事をどうして父は少しも褒めてくれないんだろうと考えるような男なんだよ。
そして、自分の下積み時代よりも短い期間しか働いていない颯斗の事を、もう父の下に来させようとしている話だって、面白くなく聞いていたよ。そしてさっきまでその事が君にバレるのが嫌で、ずっと隠すように話していたじゃないか…。
僕は、そんな器の小さな人間なんだよ。
颯斗が言ってくれたようないい人間なんかじゃないんだよ。
でも父がこんなことになってしまって、今はもう後悔の念しか浮かんでこないんだ。
どうして自分は、昨日父と揉めてしまったんだろうって。
颯斗が仕事を早く覚えてくれて父の下に来る事は、自分にとっても一緒に何でも相談しながらやっていける相手が出来る事だったんだよ。
そう、何も反対することなんかじゃなかったんだよ。
父の考えた通り、むしろ喜ばしい出来事だったんだ。
それなのに、父の話を聞いた時はそんな当たり前の事に気が付かずに、さっき話した醜い感情に負けて、素直に父の意見に賛成する事が出来なかった自分が、今では本当にどうしようもなく情けなく思えてしまうんだよ。」
悠馬が、颯斗に言っていたのか自分自身に向かって言っていたのか、もう分からないような話し方で言った。
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